幾夜幾花

エス的な呟きを気ままに更新していくのであった……。 女学生的なアレで思い浮かべる大正~昭和初期の少し前、女子は6年制の尋常小学校を出て後は義務教育ではなく、高等女学校>実科高等女学校(必ずしも4年制でない)という形でした。大正9年から高等女学校の5年生が認められ、4年生よりも5年生の高等女学校が最難関となりました。「幾夜幾花」シリーズはその辺りをふわふわした設定で書いているので、大正っぽい話から戦後の六・三・三制の話みたいになったりと設定は浮遊します。 続きを読む
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洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

わたくしのお姉様は聡明で凛々しい素晴らしい方でしたが、時折変わった行動をなさる方でした。ある夏の宵、わたくしは茶道部の活動を終え、待っていて下さったお姉様と学園の桜並木を歩いておりました。お姉様はまだ青白い空に浮かぶ透明な月を指さして「あなたみたい」と仰いました。 #一夜一花

2016-07-23 01:36:59
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

そのお言葉の意味を図っていると、お姉様は礼拝堂の方へとわたくしの手を引いて行きました。校則で開放が厳禁されている扉が、その日にはなぜか開いていたのです。いえ、もちろん鍵はいつでも開いているのですが、扉までもが堂々と開きっぱなしになっておりました。 #一夜一花

2016-07-23 01:40:23
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様に促されるままに自己流の礼拝をしたわたくしは、前から三番目の列に座って、お姉様のお話を聞きました。お姉様が卒業後にお見合いをする事、わたくしとの関係を終わりにしたい事、それがわたくしのためになるという事。お姉様は嘘を仰らない方でした。 #一夜一花

2016-07-23 01:45:03
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

しかし、お姉様はご自分のことを何一つ語ってはくれませんでした。わたくしはただ泣いて、お姉様はわたくしを慰め、最後の契りをなさってくださいました。わたくしはお姉様の指に貫かれ、マリア様の前でお姉様に純潔を捧げたかったのですが、お姉様はそれを許しては下さりませんでした。 #一夜一花

2016-07-23 01:48:08
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様と最後に交わした口付けは今もよく覚えております。あの気丈なお姉様の、たった一筋の涙が、わたくしに海の味を思い起こさせました。わたくしとお姉様が別れてから半年が経って、お姉様は卒業と同時にご結婚。今は遠い九州の島で暮らしているとのお話を小耳に挟みました。 #一夜一花

2016-07-23 01:52:26
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

わたくしは海へ行くとお姉様を思い出します。聡明で凛々しく、ちょっと変わった行動をなさるお姉様の御気性は、きっと海のようだと思うのです。ある時は静かで、ある時は激しく打ち寄せるこの海のようなお姉様……わたくしの、たった一人の大切なお方。浜朴のようなお姉様を、わたくしは。 #一夜一花

2016-07-23 02:01:11
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

別れ話とはつらいものであります。わたくしのお姉様は写真を何より愛しておりまして、何処へ行くにも小さなカメラを後生大事に持っておりました。お姉様は「美しいもの」を所有したい、と常日頃仰っていました。わたくしは、お姉様のそんなコレクションの一部だったのです。 #一夜二花

2016-07-24 01:58:43
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

わたくしは幸せでした。一人っ子のわたくしは両親にも死なれ、叔母の下で育ったものですから、自分の人生で、誰かの愛情を受けることがあるなどとは思ってもみなかったのです。それがどんな形であれ、わたくしはお姉様の御寵愛に心から感謝しておりました。 #一夜二花

2016-07-24 02:01:50
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様と過ごした二年間はわたくしにとって宝物です。あぁ、美しいものに執着するあまりご自分の美しさを識らなかったお姉様。お部屋の隅から隅まで美しいもので飾り、何冊ものアルバム帳をお写真で埋めていたお姉様。わたくしにとってはそんなお姉様こそが一等美しかったのです。 #一夜二花

2016-07-24 02:06:10
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

沈丁花が綺麗に咲いている、冬の名残。いつもお姉様と御一緒させていただいた喫茶店で、お姉様はわたくしにお別れを言いました。「私は美しいものが好きよ、私の一番美しい園子」園子とはわたくしの名前です。「だけどね、美しいものは永遠に美しくなければ駄目なのよ」 #一夜二花

2016-07-24 02:14:22
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「だから私は永遠に美しいあなたを持って去ります」お姉様が仰っていたのはアルバムのことでした。「お姉様はお優しいですね」わたくしは所有物、反抗などできようはずもございません。ただ、お姉様が本当を仰っていない事だけは分かってしまったのです。「優しくなどありません」 #一夜二花

2016-07-24 02:17:43
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様は箱からカメラを取り出してそっと置きました。「私はあなたを所有しているつもりでした。美しいものはなんでも手に入ったのですから。だけれど、それは違ったわ。私ね、卒業したくなんてないのよ。あなたから離れたくないの。私があなたの所有者のはずなのに、可笑しいでしょう?」 #一夜二花

2016-07-24 02:21:49
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「私の園子。本当はあなたこそ、私を所有していたの。そしてそれに気付いてしまった私は、あなたをこれ以上美しくはできないのよ」お姉様は泣いていましたけれど、同時に嬉しそうでもありました。「だけれどお姉様、お互いに所有するのが恋ではありませんの?」 #一夜二花

2016-07-24 02:25:51
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「それは違うわ」お姉様はわたくしの手を握ってくださいました。「きっと、どちらも相手を所有しようなんて思わないのが恋なのよ。園子、あなたの美しさは私から離れてはじめて永遠になるの。私の手から、何処までも広い世界へ行ってこそあなたは……」「お姉様……」 #一夜二花

2016-07-24 02:30:06
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「このカメラはあなたに。私を思い出す縁にでもしてくださいな」お姉様はカメラをわたくしに手渡しました。「お別れね、園子。どうか喜んで頂戴、思い出の中のあなたは永遠に美しくなるのだから」きっと、お姉様の御考えは間違っていなかったのでしょうと、今なら思います。 #一夜二花

2016-07-24 02:36:22
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

わたくしは、それから間もなくの卒業式の日、凛としたお姉様の御姿を一枚だけこっそりとカメラに写しました。わたくしの唯一所有するお姉様の永遠の肖像。沈丁花の喫茶店には、それから一度も通っておりません。少し残念な気も致しますが、きっとこれが、正しい恋の終わり方なのでしょう。 #一夜二花

2016-07-24 02:44:38
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

朝顔の花が大好きだった私の妹。生まれつき体が弱くて、一度も学校に行けぬまま遠くへ去ったあの子。「小学生はみんな夏休みに育てるのですよ」と私が贈った朝顔の、成長記録を絵にてつけるのが楽しみだった可愛い子。「わたくしもこれで小学生になれたかしら」花が枯れると涙したわね。 #一夜三花

2016-07-25 01:34:35
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

朝露のように澄んだ涙で、水彩絵の具が霞んでしまった。淡い紫の輪郭線が溶け消えて、白い跡だけが残ったわ。私は毎年朝顔を植える。あの子も今年で二十と五つよ。立派な淑女(レディ)になったのよ。 #一夜三花

2016-07-25 01:39:01
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「おいで、おいで」とその人は手招きしました。待宵草の黄色い花がやっと咲き始めたお祭りの此岸、その人は紺の浴衣に紫の帯で、赤い欄干の橋の向こうに立っていました。幼かった私は躊躇わず橋を渡りかけました。ですがどうにも足が出ません。懸命に動かしているのに、橋を踏めないのです #一夜四花

2016-07-26 01:06:11
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

提灯の仄かな紅が、宵闇の薄青にぼんやりと浮かんでおりました。彼の人はまだ手招きしております。気まずくてふと橋のかかる湖の水面に目をやれば、そこに映っておりましたのは私の現在の姿だったのです。幼き私は歳の離れたお姉様が沈んでおられると勘違いして「もし」と呼びかけました。 #一夜四花

2016-07-26 01:10:56
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

水鏡の向こうの私は首を横にゆっくりと振りまして、それっきりはたと見えなくなったのです。墨汁のような湖面にはお祭りの明かりが反射しているだけで、漣さえも立っていませんでした。私が不思議に思いながら顔を上げますと、眼前に先ほどまであったはずの橋が跡形もないではありませんか #一夜四花

2016-07-26 01:14:07
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

先ほどまで私は夢を見ていたのかと思って頬を抓って見ると、やはり相応に痛く、では狐に化かされでもしたものと無理矢理納得した私はお祭りを愉しもうと踵を返しました。ですが途端に背後から、「もし」というしっとりと落ち着いた声が聞こえたのです。 #一夜四花

2016-07-26 01:17:30
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

意を決して振り向けば、今度はしかとこちらの岸部に、息を呑むほど美しい先ほどのお方が立っていたのです。きっと先ほどは御舟に乗っていらしたのだわと私は思い、橋の幻を見たのよ、と言い訳をしました。美しいお方は待宵草を一房摘んで、私に手渡して下さいました。 #一夜四花

2016-07-26 01:21:21
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「えらいわね」と、夜の闇に澄んでしまうほど透明な肌に提灯の明かりを微かに映して微笑んだ待宵草の君。その細長く滑らかな御手を翳して私の頭を二度三度撫でて下さり、「さあ、もうお行きなさい」と優しい手つきで私の背中を押して下さいました。 #一夜四花

2016-07-26 01:27:55
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

私は今度は振り返りませんでした。西の空はもはや活況を失い、白銀の月は寂しげに輝いております。地上は星々に代わってぼんやりと燃えるように光りて、暑き昼間に宿した熱を各々が漲らせつつ、人の群が湖岸を埋めておりました。 #一夜四花

2016-07-26 01:32:24
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