願いが叶う井戸の底で#2 思い出す日◆2(終)
_ロームゥはゆっくりと目を開けて、恐る恐る自分の両手を見た。しわくちゃの老人の手。大地と同一化したはずのそれは、元の人間のそれに戻っていた。 顔をあげる。目の前に立っている三人。レジルと、ミレウェと、吸血鬼。 「流石に大地と同化するのは時間がかかりすぎる」 41
2016-07-27 19:45:54「どういう……?」 レジルはカイゼル髭を撫でて言った。 「もっと簡単ですぐに叶う願いを挟ませてもらった。即ち……吸血鬼の彼を人間に戻すという願いだ」 「どうして……」 ロームゥはびくびくと吸血鬼の顔を見る。彼の顔はすっかり老人になっていた。 42
2016-07-27 19:50:31「俺も同じだったんだよ、ロームゥ。吸血鬼になって、不老不死になって、一度は喜んだ。けれども血なまぐさい血液を摂取する毎日は苦痛だった。体質が変わっても、価値観と感覚は変わらない。この泉はそういう意地悪をするんだ」 「そんなァ……お前の永遠の命が……」 43
2016-07-27 19:54:39「すまなかった、ロームゥ……お前は本当に、純粋な夢を見ていたんだな……俺は不老不死に目がくらんでしまった。けれども、お前は最後まで世界の終わりの夜明けを見ることを信じていた……」 「このお二人を裏切った時点で同じですさ」 44
2016-07-27 20:01:03「夢のために他人を蹴落とすことくらいよくあるものだよ」 レジルは手を取り合う二人にカメラを向けた。 「さ、仲直りの一枚を撮らせていただいてもよいかね?」 「いいですさ、きっと記念になりますさ」 パシャリ、と間抜けなシャッター音。ロームゥと友人の表情が和らぐ。 45
2016-07-27 20:06:50「願いの泉、伝説通りでしたわ! すばらしい名跡でしたわね! もっとも、伝説が正しければ……」 「いけねぇ! 水が来ちまう!」 そのとき、地響きの音と振動、地下水の量が見る見る増えていく。4人は再び隧道を這って進む。 46
2016-07-27 20:15:36_ロームゥは見た。隧道を抜けた先、巨大神像のあったホール。いかなる技を用いたのか、巨大神像は床に横たわり、関節が粉々に砕けている。七色の光を放つ流星がその上を舞っていた。 「ひぃ、これをやったのですさね……」 「ゴーレムだから再生するはずですわ、先を急ぎましょう」 47
2016-07-27 20:20:58_老人のロームゥと友人は走ることはできなかったので、途中からレジルとミレウェに背負われて進んだ。背を屈め、床をスケートで滑るように進む。 そしてとうとう井戸から飛び出した4人。背後で井戸から噴水の様に地下水が飛び出し、雨を降らせた。 48
2016-07-27 20:25:18「また50年後……わしらはもう生きていないですさ」 近くの岩に腰を下ろして休むロームゥ。彼の友人は周囲の森を眺めながら言った。 「もう、見ることはできないのだな……」 「見たですさ。わしは……」 ロームゥは目を細める。 49
2016-07-27 20:31:21「井戸の底で、わしは一度願いに触れた……それだけで十分ですさ」 「ああ、願わくは二人の最後の時まで、共にいれたらいいな」 二人は再び手を取り合う。 「ささ、今度は4人で記念写真はいかがですかな?」 レジルはそう言ってカメラを掲げたのだった。 50
2016-07-27 20:38:10【用語解説】 【魔法陣の綻び】 魔法は人間の編み出した術であり、人間が完全な存在でない以上魔法もまた完全ではない。それはルールを生み出すという最高峰の魔法、魔法陣であっても同じである。いつしかそのルールは人間の不完全な感情から生まれる綻びによって、抜け穴だらけの歪なものに零落する
2016-07-27 20:43:16【次回予告】 長編「イミルアの心臓」を大幅加筆修正! 再公開します。 観光客フィルとレッドは、寒風吹きすさぶ寂れた観光地で、忘れ物を探します。しかしそれを妨害する市長! そして謎の美女……こうご期待 #減衰世界
2016-07-27 20:47:33