イミルアの心臓#2 少女の願い◆1(2016加筆修正版)
_遺失物の館は赤褐色のレンガが白い漆喰で固められた古い様式の建物である。ただ、それは増改築で見るも無残に歪められていた。 玄関の扉は開いている。 「館は歓迎していますね」 中は月明かりも届かないのでフィルは光源を浮遊させる。光源……光が宙に浮かび辺りを照らした。 31
2016-07-31 19:14:50_光源は広く普及する照明魔法で、初歩的な魔法の心得があれば簡単にガス灯とは比べ物にならないほど明るい光をもたらす。 空中に浮遊した光球は術者の意識に従って追従する。デメリットは魔法の購入費くらいだ。 二人は館の中の時が止まったような静寂に息をのむ。 32
2016-07-31 19:20:11_中は確かに無数のがらくたで埋め尽くされていた。それは進路を塞がずに積み上がっている。通路の先は魔力の闇に沈んでいた。 「誰かが並べているのかな」 疑問に答えは無かった。がらくたは埃まみれで、あちこち蜘蛛の巣が張っている。豪華なシャンデリアもいまは光を灯すことは無い。 33
2016-07-31 19:25:52「市長はなんであんなに観光客が憎いんでしょうか」 「観光客に持ち帰ってほしくない忘れ物があるとか……?」 「なるほど、それを観光するまで帰れないですね」 広い館の中に二人の靴の音だけが響く。まだ見ぬ、市長が妄執するほどの価値のある忘れ物に思いを馳せる。 34
2016-07-31 19:31:59_目に映るがらくたにそれほどの価値があるとは思えなかった。どれも日用品や玩具などのありふれたものばかりだ。しかしそれも、失くしたひとにとっては大切なものなのだろう。がらくたに踏まないよう歩く。 「ここに俺達の失くした物もあるのかな」 「あるかもしれませんね……おや?」 35
2016-07-31 19:36:34_フィルは立ち止まって耳を澄ます。二人以外の誰かの足音が聞こえる。 「レッド、誰かいる。念のため隠れよう」 二人は光源をコートの下に隠し、がらくたの陰に身を寄せた。遠くに別の光源がちらつくのが見える。遠くながらも光源の主ははっきりとわかった。 36
2016-07-31 19:43:04_ボロボロのマントに色あせたターバン、カラールだ。 「こっそり忍びこんでいたのか」 追いかけようとするが、何故かどんどん遠くなっていく。声をかけても届いている様子は無い。二人は走ってみるが距離は縮まらないどころか広がっていく。 「なんだ変だぞ。空間がおかしい」 37
2016-07-31 19:47:04_とうとうカラールを見失ってしまった。 「おい、この館ってこんなに広かったっけ」 二人は巨大な立体迷路になった周囲を見渡す。あちこちにがらくたが積み重なり、小さな光源だけでは照らしきれない巨大な闇が広がっていた。 「増改築しすぎとはいえ……」 38
2016-07-31 19:50:56_フィルは立ち止まって、頭をかいた。 「空間がねじ曲がっていますね。この館自体が巨大な魔法陣なんでしょうから、ありえますよ」 魔法陣……魔法使いが自分の好きなルールを適用できる空間。「無くしたものが見つかる」というルールはもちろん、いくらでも好きな現象を起こせる。 39
2016-07-31 19:55:48_そのとき二人の前に人形が現れる。それは子供くらいのサイズの大きな人形で、顔には笑顔が描かれている。その手には包丁。人形はゆっくりと歩み寄ってくる……。 「あ、どうもこんにちは」 挨拶するレッドに向かって、包丁が鋭く彼の心臓を狙う! 40
2016-07-31 20:02:18【用語解説】 【煉瓦】 灰土地域で煉瓦を大量生産するうえで障壁となったのが、焼成のための燃料の不足である。魔法で熱を与える方法や、石油スライムの飼育、赤皮獣のフンを燃やすなどによって苦労して作っていたが、最終的には採掘設備の発展によりガスを燃やして焼成するようになった
2016-07-31 20:16:09