イミルアの心臓#2 少女の願い◆3(2016加筆修正版)
「……すべては市長の妄執から始まったの」 シンクアイは通路を歩きながら、これまでのいきさつを話した。市長に就任の後、彼は記念に自分の忘れ物を探しにこの館を訪れたという。そこで、どうしても手に入れたいある忘れ物を見つけたというのだ。しかしそれは市長の忘れ物ではなかった。 51
2016-08-03 19:29:41「自分の忘れ物以外持ち帰ってはいけない、それがルール……」 その忘れ物は市長を拒絶した。魔法陣はねじ曲がり、市長は館の外へ弾き飛ばされてしまった。 市長は誰かによってその忘れ物が持ち去られるのを恐れた。そして、館は閉鎖され観光客は殺されるようになったというのだ。 52
2016-08-03 19:34:22「その凄い忘れ物というのは……」 「イミルア……という名の女性」 「人間の忘れ物まであるのか……」 「なるほど、さぞかし美人なのですね」 シンクアイはそれを聞くと思いつめた表情で俯いた。館のなかは真っ暗で、フィルは光源を使用して辺りを照らす。 53
2016-08-03 19:38:37_シンクアイの険しい表情が光に照らされる。 「増えすぎた忘れ物たちはいずれ許容量を超え、暴走し館を飛びだすでしょう。魔法陣のルールは壊れ始めています。幾度となく市長を拒絶しましたが、次も成功するかは分かりません。お願いです、その前にイミルアを……ここから解放してください!」 54
2016-08-03 19:44:13「そういえば君も忘れ物を取りに来たのかい? 随分ここに詳しいみたいだけれど」 「私は……」 そのときフィルは「静かに」のジェスチャーをして会話を遮った。何か機械の駆動音のような音が聞こえる。 通路の奥を見た。濃い魔力の霧が通路を闇に閉ざしている。 55
2016-08-03 19:48:31_ミシッ……ミシッ……と館の床板を重い物が踏む音が聞こえる。フィルとレッドはその場に立ち止まって迎え撃つ。 やがて巨大な鎧が闇の中から姿を現した。滑らかな群青に光る装甲、関節で稼働するガスモーター。フィルとレッドはこの鎧に見覚えがある。モスルート製の戦闘機動鎧だ。 56
2016-08-03 19:54:49「あの女性……イミルアと言うのか。素晴らしい名だ」 鎧の隙間から市長の声が聞こえる。その声は歯ぎしりが聞こえそうなほど震えていた。意識が戻って出直してきたのだろう。 シンクアイは市長をきっと睨む。 57
2016-08-03 20:00:36「他人の思い……他人の記憶を踏みにじることなど許されません。あなたにはきっとイミルアは微笑まないでしょう。もう、やめてください!」 シンクアイは市長に訴える。市長の表情は窺い知れないが、そんな言葉で考え直すようなら観光客狩りなどしないだろう。 58
2016-08-03 20:06:37_通路の天井を擦りそうな巨体が、立ち止まった。 「そんなことは分かっている……だが、私にはもうどうすることもできないのだ。私自身が破滅するまで、私はイミルアの形を追い求めてしまう。だから……」 ぎしり、と固く拳の握られた腕を掲げる。 59
2016-08-03 20:11:03【用語解説】 【戦闘機動鎧】 モスルートが開発した輸出用の量産パワードスーツ。身長2.5メートルの巨体で、250個のシリンダーが埋め込まれ大量の魔法をマウントできる。関節を動かすのはガス圧モーターで、ガスの循環も魔法が行う。都市国家の支配者層の魔法使いに飛ぶように売れたという
2016-08-03 20:23:28