イミルアの心臓#3 抜け落ちた心臓◆3(2016加筆修正版)
「カラール、そう言わずに持って帰ってくれよ。いま大変なことになってるんだ」 レッドはカラールに市長の暴走を告げた。 「魔法使いの館から姫を救い出して一件落着にはならないのかい」 しかしカラールは口をきゅっと結んだだけだった。頭を振りイミルアに背を向ける。 81
2016-08-06 19:05:57「僕はイミルアの人形が欲しいんじゃない。イミルアの心が欲しいんだ。この館のどこかにあるはずだ。僕の失くしもの……」 そして彼はイミルアのことについて教えてくれた。静かなバスルームにカラールの声が淡々と響く。フィルとレッドはそれを聞いていた。 82
2016-08-06 19:11:25_イミルアとカラールは同じ街に生まれ、幼い時を共に過ごし、将来を誓い合った仲だった。しかしイミルアの美しさに惹かれた男たちが幾人も彼女につきまとう。イミルアはそれが嫌で、いつも悩んでいた……。 「情けない、僕はそのときはあんなことになるなんて思ってもいなかった」 83
2016-08-06 19:18:31「イミルアはある日の夕暮れ、突然姿を消してしまったんだ」 カラールはその時の様子を詳細に語ってくれた。 夕暮れの中、街を見下ろす丘の上でイミルアはカラールと歩いていた。丘の上からは、赤煉瓦の街並みとそこらじゅうに開いた坑道の縦穴を見渡せる。 84
2016-08-06 19:24:43「ねぇ、カラール。二人だけでどこか遠くへ行きたいね」 「うん」 幼い二人はそんな夢をいつも語り合っていた。暗くなってきた夕暮れの公園、ガス灯に火を灯して去っていく人。家へ帰っていく子供。蝙蝠が暗い夕空を切り裂くように飛ぶ。 85
2016-08-06 19:29:43「でも最近誰かが囁くんだ。遠くにいけるのは一人だけだって。静かで安らげる場所には、私しか行けないって」 「どういうこと?」 イミルアは一人駆けだして、街灯から外れ少し暗くなったところで立ち止まった。追いかけようとしたカラールを彼女は制止する。 86
2016-08-06 19:36:34「みんな私を忘れた方がいいの。そのほうが……みんな幸せに暮らせるから」 彼女はカラールに背を向け、夕暮れのさらに深い闇を見つめながら言う。 「嫌だよ。そんなの。僕は忘れないよ」 イミルアは振り返って、笑ったような気がした。それは夕闇に包まれ良く見えなかった。 87
2016-08-06 19:42:53「皆が私を忘れてくれる場所、そこが私を呼んでいるの……」 そう言ってイミルアは夕闇に向かって走り出した。カラールは急いで追いかけるが……いくら探しても彼女を見つけることは出来なかった。 「僕は探し続けた。何年もたってやっと、忘れ物が集まるこの館のことを知った」 88
2016-08-06 19:47:42_そのとき、バスルームへ下りる階段からがらくたが転がり落ちてきた。陶器の人形だ。カラカラとセラミックプレートの床を転がっていく。フィルとレッドは身構えた。ズムズムと何かが這いずる音が聞こえる。 「イミルア……オオ……イミルア……」 89
2016-08-06 19:55:24_がらくたが入口から溢れかえる! 中心にいるのは鎧を身に纏った……市長だ。鎧は完全にがらくたの群れと同化している。執念ががらくたを取り込んだというのか。 「こいつは……ヤバいぜ」 市長はすでに正常な思考を持っていないのか、獣のような叫び声を上げ足を踏み出した。 90
2016-08-06 20:03:03【用語解説】 【ガス灯に明かりをつけるひと】 街灯のガス灯は点灯員が各街灯を巡り一つずつ火を灯していく。早朝、同じように点灯員が火を消していく。ヴォイドジェネレーターによる電力の安定供給が実現し帝都の街灯は電灯に変わったが、発電所を持たない地方では引き続きガス灯が用いられた
2016-08-06 20:07:14