その魔法を空に向かって放て#2 灰色の空へ◆1
_スーツの男は自分の名を名乗った。 「ワシはアルコフリバスという」 「……」 アルコフリバスはルアニトルの肩に静かに触れる。幾分か身体が楽になったのを感じた。触れた所が暖かい。 「ついてこい。キノコスープを奢ってやる」 大きく腹が鳴ってルアニトルは赤面した。 31
2016-08-14 19:36:15_よろよろと歩くルアニトルの歩調に合わせて、二人はキノコスープ店に入った。席に着くなり有無を言わさずアルコフリバスは二人分の注文をする。 「一番栄養のつく奴だ。選ばせると躊躇するような」 ルアニトルは釈然とせず疑い深くこのスーツの男を見る。 32
2016-08-14 19:39:43「どうして僕を……」 「よくあるだろう、老人が若者に自分の若き日を重ね合わせるような」 「憐れまないでください」 ガス灯の灯る店内は火影がゆらゆらと揺らぎ、ルアニトルの顔を不安定に照らす。アルコフリバスは山羊のような髭を撫でた。 33
2016-08-14 19:43:31「好意に甘えろ。お前はいま痛めつけられているんだ。その分、いい目にあっていい。ガツガツと食えばいいんだ……駄々っ子の様にな」 アルコフリバスは鷹のような目を細め言った。やがてスープが運ばれてきた。キノコと肉、野菜がたっぷり入った豪華なスープ。 34
2016-08-14 19:56:04_静かにスプーンでスープをすくい、一口ずつ味わう。栄養を欲してた身体が取り合うように、スープは染み込んでいった。 「僕はどうすればいいんでしょう」 助けてくださいではない。魔界の律に……魔王に逆らうなどありえない。制裁を受けたうえで、彼はどうすればいいか分からない。 35
2016-08-14 20:00:51_スープを静かに味わってからアルコフリバスはルアニトルの目を見た。 「難しいことはない。背筋を伸ばして行け」 そこでようやく、ルアニトルは猫背になっていたことに気付き姿勢を正した。 「背筋を伸ばして何になるんですか」 何も変わらない、何の解決にもならない……そう思った。 36
2016-08-14 20:05:51「いいじゃないか、その調子だ」 アルコフリバスは店内の天井を見上げて、スッと手を伸ばした。動きは美しく洗練されていた。まるで何かの劇の様に。 「背筋を伸ばすとな、空が見えるんだ」 ルアニトルは唇を尖らせ、再び猫背に戻る。 37
2016-08-14 20:14:26「空なんて見たって、何の解決にもならない」 「そうだ、その通りだ。ワシと似たようなものだ。ワシはただの老いぼれ。お前に何も解決策を提示できない」 天井から視線を戻し、ルアニトルを見つめる。アルコフリバスは「老人のたわごとだ」と小さく呟いた。 38
2016-08-14 20:23:33「ワシは正しさをお前に提示できない。誰もがそうかもしれない。お前に正しさを押し付ける全ては欺瞞だ。お前に残酷なルールを突きつける全てがお前を苛む。そんな時、空を見上げるんだ……空だけが、お前に正しさを示してくれる。それは空に映ったお前自身の心だからだ。お前自身を信じろ」 39
2016-08-14 20:32:13「いや……これも押し付けなのかもな」 アルコフリバスの小さい呟き。ルアニトルは考え込んだ後、スープをガツガツとたいらげた。 「ごちそうさまでした」 「もう会うことはできないだろう。達者でな」 はっと顔を上げるルアニトル。そこにはキノコスープの代金だけがあった。 40
2016-08-14 20:39:28【用語解説】 【帝都とキノコ】 帝都は超巨大都市であり、莫大な人口を抱えている。その人口密度も高く、とてもではないが冷涼な気候の帝都で十分な食料を農耕や家畜で賄うことは不可能であった。そのため古来よりキノコが研究され毎日成熟し収穫されるキノコが生まれた。帝都はキノコが作ったのだ
2016-08-14 20:47:12