城砦は天を殴るように#2 荒野の向こうへ◆2(終)
_レイシィは無事東の村へとたどり着くことができた。煉瓦建ての小さな家が並ぶ寂れた村だったが、時間の流れは優しさを感じさせる。幾年の努力を重ねたのだろうか、不毛の灰土のはずが、村周辺の畑は見るからに肥沃で農村特有の香りを漂わせる。 この村で技師の助けを借りる。 41
2016-08-26 19:28:01_技師を連れて城跡に戻ったときには、魔法使いは姿を消していた。彼が作ったであろう城は、土台を残して破壊されている。 (勝てたのかな……勝てたよね) 見上げる青空がそう予感させた。蒸気車は修理の末に復活する。 42
2016-08-26 19:32:42_その後、その魔法使いに出会うことは無かった。名前も聞かずに別れたのが心残りだった。 (雨に打たれて、風邪をひいてないかな) 少しの心配もする。あれほどの熱を持った人間がずぶぬれになった程度で逃げることもなく、無理をするのは容易に想像できる。 43
2016-08-26 19:37:50_レイシィは荒野の中を北へ向かっていた。蒸気自動車が晴れ渡った青空の下たった一台で駆け抜けていく。どこまでも広がる火山灰の土壌。ただ今回は前回と違って巨岩が多く見える。風が強く、岩は奇妙に削れていた。 (急がなくちゃ……でも、悪い予感するんだよなぁ) 44
2016-08-26 19:43:01_突然岩陰から兎が飛び出す! 急ブレーキ! 何かが砕ける音! (やったか!?) 無傷の兎が跳ねていくのが見える。安堵よりも大きい不安。ブレーキを放し、アクセルを踏む。無反応。レバー操作。無反応。蒸気の漏れる音。 (あー、やっちゃったか) 45
2016-08-26 19:49:28「もー!」 声を上げて唇を尖らす。機関部を停止させて、水蒸気を逃がす。外へ出てボンネットを開けるが、やはり何もわからない。それでもボンネットを開けたくなるのは、怖いもの見たさだろうか。 「ポンコツが!」 勢いよく蓋を閉める。 46
2016-08-26 19:54:45_理不尽に殴られたときに、誰もが殴り返せるわけではない。暴力というものは容易く人の心をくじき、立ち上がれないほどまでに打ちのめす。 膝を抱えて、涙にぬれる夜を過ごす。レイシィだってそうだ。 (あらゆる運命が私を裏切る……) 47
2016-08-26 19:58:54_車内から引っ張り出した背嚢の中からチョコを取り出し、一口食べる。 (誰もが彼のように生きれるわけじゃない) 甘いチョコが彼女の心を落ち着かせる。 (私は嵐に立ち向かうことはできない) 見上げる青空。怒りはない。 (だから……) 48
2016-08-26 20:04:51(だから、私は憧れるんだ。彼の生き方に……) 目を細めて太陽の光を浴びるレイシィ。強風が彼女の前髪を揺らす。そして背嚢から紙束を取り出した。それはこの周囲の地図だ。今回は前もって助けを借りれる村の場所を把握しておいたのだ。 「よし、西の村が近いぞ」 49
2016-08-26 20:10:59【用語解説】 【チョコ】 カカオの実は南部の密林地帯に生育する。チョコレートとしての利用は古代神秘帝国時代まで遡り、儀式の霊薬として重宝された。旧エシエドール帝国はそれを商業化し、カカオの大規模栽培が始まる。現在でもその資源は受け継がれ、毎年2月にはチョコレートを食べる風習もある
2016-08-26 20:19:51【次回予告】 帝都の曇り空の下キノコを売る店。看板娘のメイは奇妙な客と出会います。初期の掌編を加筆修正、新たな味を追加しました。 次回「看板娘」 全31ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-08-26 20:29:04