_クラウドシルフは歌声のトーンを上げ、カイミェルを威嚇する。なだめるように優しい声をかけるカイミェル。 『大丈夫、助ける。安心』 上位シルフ語は飛行船乗りの必須技能だ。拙い文法ながらも、必死に語りかける。彼はエンジンのハンドルをゆっくりと回した。 31
2016-09-25 17:26:41_とりあえず彼女の身体に触れないように、プロペラを逆回転させる。蒸気のような血液がそのたび噴出し、カイミェルの皮膚や服を切り裂く。 プロペラが軋むごとに、クラウドシルフは苦しい声を上げた。 『大丈夫、もうすぐ。自由になれる』 そのとき強い風で艦橋が激しく揺れた! 32
2016-09-25 17:30:45「うわっ!」 カイミェルは揺れた衝撃で命綱に宙ぶらりんになってしまった。話術機が落ちて雲間の闇に消える。 「しまった……」 腕に括り付けた光源装置が落ちなかっただけでも良しとするべきか。なんとか近くの手すりに掴まろうとする。空を切る手。 33
2016-09-25 17:34:43_光源装置の光の先に、ぼんやりとクラウドシルフの顔が見える。凶暴で残忍なクラウドシルフならば、好機と嘲笑うだろうか? しかし彼女は憐れむ目で彼を見ていた。 「僕の心配より、自分の心配だぜ。僕は大丈夫」 風に煽られる。手すりを掴むのを中止し、命綱をよじ登る。 34
2016-09-25 17:39:53_混乱した頭が冷静さを取り戻す。 「簡単なことだ……」 もしクラウドシルフが命綱を切ろうものなら一巻の終わり。命綱を手繰り寄せ、カイミェルは元の場所に復帰した。足場を踏みしめ、再びエンジンのハンドルを回す。 「そう、簡単なことだ」 35
2016-09-25 17:45:03_クラウドシルフに笑いかける。彼女は神妙な顔で彼を見ている。時折痛みからか顔をしかめる姿が痛々しい。 『――――』 流暢な上位シルフ語で語りかけるシルフ。突然のことで、カイミェルは聞き逃してしまった。 「え……?」 36
2016-09-25 17:51:04_聞き逃しはしたが、シルフは……「新しい恋は、見つけられた?」と……そう言った気がしたのだ。はっとシルフの顔を見る。 その表情はくしゃっと笑ったような顔だった。猛烈な風は二人の間を駆け抜け、言葉をかき消していった。 37
2016-09-25 17:54:51_そのころ、機関室ではエンジン爆破の手続きが進められていた。内圧を高めて爆破しクラウドシルフごと捨てようというのだ。 エンジンは無数にあるため一つ爆破しても支障は無い。カイミェルの話術機に何度も連絡を入れる。応答は無い。 デキリィ含め増援が後部甲板に集まる。 38
2016-09-25 17:59:34_艦橋によじ登ろうとする作業員。だが、風が強く全く近づけない。 「シルフの巻き起こす風で艦橋が折れる……シルフを爆破するしかない」 「そんな!」 デキリィが悲鳴をあげる。 「助けに行きます!」 「冗談はよせ!」 デキリィの目は本気だ……が、ここは飛行船だ。 39
2016-09-25 18:03:59_飛行船という特殊な状況において……秩序を乱せば墜落の危険がある。本気の目だったが、行動に移すことはなかった。動きたいのに、動くことは許されない。 機関長は安全装置を切りスイッチを押した。爆発音が微かに上空から聞こえる。 デキリィはそれを見上げることができなかった。 40
2016-09-25 18:07:58【用語解説】 【プロペラ艦橋】 飛行船のエンジンは干渉を嫌う。不完全な感情が近くで爆発していると不安定になるからだ。なので、鉄塔を飛行船から生やして、距離を置いてジャイロエンジンを配置する必要がある。多くは飛行船の後部から放射状に延びていて、向きを変えることで舵とする
2016-09-25 18:13:56