高橋健太郎さんによる『音響メディア史』批評。

批判論点:中村とうよう、油井正一クラスの人だって聴けてなかったものが、今は何千曲と聴ける。サウンドに触れない、マシーンにも触れない、過去の研究書などを引いて、そのパッチワークで歴史を俯瞰する音響メディア史論 目次: 1.『音響メディア史』批判(1)(Page-1) 2.『音響メディア史』批判(2)(Page-1) 3.とうようずチルドレンとして・エンジニアとして(Page-1) 続きを読む
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1. 『音響メディア史』批判(1)

kentarotakahashi @kentarotakahash

去年、出版されている『音響メディア史』(ナカニシヤ出版)という本を図書館で借りてみたんだが、いやはや、これは酷いな。史実に関しても間違いだらけだし、そもそも、書いている人が「音響メディア」に触れていない、ゆえに理解していない感がありあり。 pic.twitter.com/OTgo3KXf20

2016-10-19 23:40:01
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kentarotakahashi @kentarotakahash

よくまあ、こんなデタラメばかりが書けるものだと、2、3ページ進む度にのけぞるわ。

2016-10-19 23:41:28
kentarotakahashi @kentarotakahash

ちょうど今、サンレコ連載で書いている初期テープレコーダーのあたりを見てみる。「1942年に制作された「マグネトフォンK-7」では、すでに既存の蓄音機を凌駕するほどの音質の向上がみられた」。ホントかよ? pic.twitter.com/RQcWRU23J4

2016-10-20 00:01:50
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kentarotakahashi @kentarotakahash

K-7は1938年に発表されたK-4のステレオ版で、1944年製作と言われるが、実在したかどうかは確証がない(それらしき写真はある。実機が確認されたのはK-8)。いずれにしろ、マグネトフォンの音質向上はK-4で実現。ただし、交流バイアスに仕様変更した1940年以後だ。

2016-10-20 00:07:49
kentarotakahashi @kentarotakahash

なので、ヒットラーがラジオ用の演説をマグネトフォンK-7で録音していたというのはありえない。そもそも、演説の録音にステレオ・レコーダーは必要ないしね。

2016-10-20 00:10:18
kentarotakahashi @kentarotakahash

次のページ。「当時の人気歌手であったビング・クロスビーが偶然この「モデル200」の性能を知り、後述の通り自身のラジオ番組の放送のために同期を使用することによって〜」。ありゃ、ビングとアンペックスの有名なエピソードすら、完璧に間違えてる。 pic.twitter.com/GxRDXnVACw

2016-10-20 00:17:34
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kentarotakahashi @kentarotakahash

ビングがテープレコーダーを知ったのはAEGのそれをコピーしたRANGERTONE社のテレコが最初。次いで、ジャック・マリンがドイツから持ち帰ったAEGの改造機で、1947年10月からビング・クロスビー・ショーを録音するようになった。だが、そのAEGを使い続けるのには限界があった。

2016-10-20 00:23:37
kentarotakahashi @kentarotakahash

そこでマリンはビングに彼がコンサルティングをして、テープレコーダーの開発を進めていたAMPEX社への出資を持ちかける。ビングが5万ドルの出資をして、AMPEX社は最初のモデルであるAMPEX200の生産体制を整え、第一号機をABC放送のビング・クロスビー・ショー用に納品した。

2016-10-20 00:27:19
kentarotakahashi @kentarotakahash

なので、ビング・クロスビーは「偶然この「モデル200」の性能を知り」どころか、5万ドルを投じて、AMPEX社にモデル200を作らせた人間なのだよ。

2016-10-20 00:29:30
kentarotakahashi @kentarotakahash

次のページ。「これ(それ以前の蓄音機)に対しテープレコーダーは、購入者たちの個人的な「録音」を可能にする装置として商品化された」。さっきのビングとアンペックスの例からしても、まずはプロ用機器として商品化されたのは明らか。一方で民生用の録音機は以前からあった。 pic.twitter.com/JEZ4w0CVJ2

2016-10-20 00:42:26
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kentarotakahashi @kentarotakahash

エジソンのフォノグラフはもちろんのこと、30年代後半には民生用のディスク・レコーダーが発売されて、ヒットしていた。ウィルコックス・ゲイ社のレコーディオはその代表。レコーディオで育った録音を趣味とする大学生が録音したのが、1941年の『ミントン・ハウスのチャーリー・クリスチャン』。 pic.twitter.com/Q8JqRb1ums

2016-10-20 00:47:45
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kentarotakahashi @kentarotakahash

ページをめくる度にこんな感じなので、イライラせざるを得ない。10年以上前に書かれた本だったら、まだ分からないでもないけれど、去年、出版された本でこの内容はありえないだろう。この10年、インターネットのおかげで、リサーチは恐ろしく進んだのだ。

2016-10-20 00:52:14
kentarotakahashi @kentarotakahash

あと、この本に限らないけれど、アコースティック録音時代がおざなり。19世紀終わりのフレッド・ガイズバーグとエンリコ・カルーソの話が出てきたかと思うと、アッという間に電気録音の時代が来た、みたいなことになる。アコースティック録音は1890〜1925年の35年間あるんだよ。

2016-10-20 00:56:40
kentarotakahashi @kentarotakahash

1925年に電気録音になってから、ディスク録音は25年間くらい。アナログのテープ録音が40年くらい続いて、デジタル録音になって25年くらい<今ここ。で、人間が初めて録音というものに向かいあったアコースティック録音時代こそは、実験に次ぐ実験だった訳で、たいていのことは始まってる。

2016-10-20 01:06:40
kentarotakahashi @kentarotakahash

アコースティック録音・電気録音に関するよくある誤解。。「囁くような甘い歌声をレコード音楽に記録できたのはマイクが小さな音量でも録音できるようになったから」。「マイクはスタジオのみならず普通の生演奏においても〜」「マイクは録音の世界のみならず音楽実践全般に」 pic.twitter.com/cZjZsW5SiH

2016-10-20 01:17:55
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kentarotakahashi @kentarotakahash

まず、マイクが発明されたおかげで小音量の歌や楽器も録音できるようになったかというと、アコースティック時代にも録音はできた訳です。収音用のホーンに近づけばいいだけなんだから。20年代にはホーンを複数化して、音量の小さいスライド・ギターとか、女性歌手に向けるという技術もできていた。

2016-10-20 01:22:03
kentarotakahashi @kentarotakahash

次に、マイクがスタジオで使われるようになったのは1925年以後。レコーディングの世界はとても遅れていた。それよりも先に、PAシステムにおいて使われ(1910年代半ばから)、ラジオにおいて使われていた(1920年代始めから)。だから、「スタジオのみならず」というのはおかしな表現。

2016-10-20 01:26:46
kentarotakahashi @kentarotakahash

小さな声を大きくするのはマイクではなくてアンプです。電気増幅のアンプのおかげで、シンガーは声を張り上げなくても良くなった。でも、レコーディング・スタジオではそれ以前から、声が小さくても何とかなったんですよ。ステージ歌手とレコード歌手は違う職業で、後者は抑制された歌唱を求められた。

2016-10-20 01:39:16
kentarotakahashi @kentarotakahash

実際、ビング・クロスビー以前からクルーナーな歌手はいた訳です。アート・ジルハムとかニック・ルーカスとか、彼らはアコースティック録音時代にすでに歌唱を残している。あるいは、最初期の人気レコード歌手、ダン・W・クィンはステージ経験もほとんどなく、いつも一人で小さな声で歌っていた。

2016-10-20 01:44:31
kentarotakahashi @kentarotakahash

でも、彼はレコード歌手になり、人気者になった。きちんと歌詞を聴かせたのが人気の理由。抑制された歌唱で、譜面通りに何度でも歌った。レコード歌手はステージ歌手のように爆発しちゃいけない。針が飛んじゃうから。ところが、なぜかアコースティック録音時代の歌手は大声だったと思われている。

2016-10-20 01:49:25
kentarotakahashi @kentarotakahash

これ、たぶん元凶は細川周平さんの『レコードの美学』。「機械録音の代表としてエンリコ・カルーソー、電気録音の代表としてビング・クロスビーを挙げる」として細川さんは論を立てているけれど、カルーソーはまったくもってレコード歌手の代表ではない。オペラハウスを湧かせる本物のオペラ歌手。

2016-10-20 01:57:03
kentarotakahashi @kentarotakahash

本物のオペラ歌手の爆発的な歌唱がレコードから聴こえる。カルーソーはその特異性ゆえに、アメリカでも売れた。でも、他のレコード歌手は歌詞が聴こえるように歌わなければいけなかった。オペラ的発声では歌詞がよく分からない。カルーソーはそもそもイタリア語だから関係ない。

2016-10-20 02:05:24
kentarotakahashi @kentarotakahash

細川さんは「(クルーナー唱法は)マイクロフォン以前にはホールに響かせることが不可能だった声である」と書いているんだけれど、レコードに録音された声はホールに響かせる必要ない。初期のレコードはヘッドホンで聴かれることが多かったので、個人的な聴取だったのです。

2016-10-20 02:11:19
kentarotakahashi @kentarotakahash

そこでダン・W・クィンのような、ステージ経験のない、一人で(自分のために)小さな声で歌っていた人間が、レコード歌手となって人気を得た。個人が歌い、個人が聴く。そもそも、そういうものだった訳ですよ、レコードの聴取って(大勢で聴くようになったのはDJ以後と言えるかも)。

2016-10-20 02:15:30
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