_油の匂いを頼りに、ドイラは闇の中を進んだ。ドイラは清掃局員だから、仕事柄そういう匂いには敏感だった。油汚れが近くにある。それも、とてつもなく危険な油が。 「実に汚れているな、ここは」 彼は、明かりのない地下通路を歩いていた。 1
2016-11-11 19:35:16_帝都の地下にはどこまでも深く地下街が築かれている。それは年を経るごとに掘り進められ、いまやその全容を知るのは全知者か、帝都の魔王くらいであろう。 だからといって、その暴走を放置するわけにはいかない。 「ノールトリア公衆衛生局は遍く全ての汚れを取り除く」 2
2016-11-11 19:42:19_ギルドの標語を小さく呟き、ドイラは右手に持った光源装置を点灯した。シリンダーの光源魔法は残り30分。大切に使わなければならない。そもそも、なぜそれほど時間を消費してしまったのか。 それは、今回の仕事が大変に大変だったからだ。 「ここも石油スライムの巣だ」 3
2016-11-11 19:49:21_明かりに照らされたのは、黒く艶やかなスライムの塊だった。 石油スライム。エシエドール旧帝国が開発した、増殖する燃料である。餌は生ごみ等。エネルギー問題の救世主だった。ただ、それは厳重に管理されている時代の話である。 現代は、十分に管理されていない時代である。 4
2016-11-11 19:56:12_管理から離れ、石油スライムは帝都の地下で繁殖を続けた。広大な地下街に適応しすぎてしまったのだ。そして、たびたび燃えた。駆除はいくつかのギルドが連携して行う。 「まってろ、いま綺麗にしてやる」 ドイラは噴霧器を起動させる。ポンコツの噴霧器からは牛が唸るような轟音。 5
2016-11-11 20:01:23_石油を分解する薬剤を振りかけると、スライムは白い石灰のような塊となって失活した。地道に、人海戦術で、スライムを固めていく作業。もし燃えたら、廃棄物処理ギルドに連絡する。単純だが根気と精神力を必要とする作業だった。そのとき、誰かの声。 6
2016-11-11 20:06:03「やめろよ! ここはぼくの家だぞ!」 声のした方を照らす。そこには、スライムに飲み込まれそうなあばら家が一軒、錆びた鉄骨とひび割れたコンクリートの隙間に立っていた。 家から出て箒でスライムを叩く少年。ドイラは噴霧器を止める。薬剤は人間にも毒だ。 7
2016-11-11 20:10:30「今助ける!」 「……誰!? ギルドのひと?」 「そうだ」 噴霧器のノズルを交換し、槍の形にする。これで突き刺し、直接薬剤を注入するのだ。突き刺され、白く凝固するスライム。その隙に脱出する少年。残念ながら潰れる家。 「ああ……お家が」 8
2016-11-11 20:15:34「家などいくらでも建て直せばいい」 そこでドイラは奇妙なことに気付く。先程までこの区画には明かりが灯っていなかった。少年の家があるということは、明かりがあるのだろうか。そう考える。 「少年、明かりをつけてくれないだろうか」 「明かり? 無いよ」 9
2016-11-11 20:23:44_少年は得意げに緑の目を指さした。 「僕の目はシルフに鍛えてもらったんだ。だから、闇でもよく見えるんだよ」 ドイラは再び考え込んでしまう。シルフが人間と交流する? シルフは人間に悪戯するものと決まっているのに。 10
2016-11-11 20:34:41【用語解説】 【ノールトリア公衆衛生局】 帝都の巨大ギルドの一つ。衛生管理を一手に引き受ける。宗教に近い理念で街をきれいにする。活動資金は税金や寄付で成り立っており、半分官営ギルドである。病院の運営も一部で行っているが、営利組織とは言い難い。女子制服はメイド服に似る
2016-11-11 20:41:40