壺【2016加筆修正版】◆後編
_私は、その世界が壺に描かれた風景そのものに思えた。遠くに森や山に抱かれる小さな庵が見える。平地は青々とした草に覆われ、雲はかすかに桃色がかり流れていく。川は川底が見えるほど澄んでいて、魚が飛ぶように泳いでいた。本当に、静かな世界だった。 10
2016-11-20 20:11:39_ふと、私は川辺で釣りをしているひとを見つけた。彼は異国の服をまとった青年で、釣りをしながらうとうとと居眠りをしている。私は彼の元へ歩いていった。彼ならこの世界のことを知っているかもしれない。近づくにつれ、奇妙なことに気付いた。 11
2016-11-20 20:17:07_青年の風貌は、どこか自分に似ているのだ。しかし、生き写しと言うほどそっくりでもない。彼の横に座って、挨拶をした。青年は目を覚ますと、にこやかな笑顔で挨拶を返す。彼は大きなあくびをすると、いい天気ですねと当たり障りのない話題を返した。 12
2016-11-20 20:20:04_この場所はどこですか? と私はいきなり問いかけた。青年は遠くを見つめながら返す。 「自分はやっとこの場所に辿りついたのです……長い、長い旅の果てに」 その喋り方はどこかで聞いた気がした。どこかで以前会ったような……。思わず声をどもらせた後、私は青年に名前を聞いた。 13
2016-11-20 20:27:05_そこで私の目は覚めた。どうやら取り合いをしている最中倒れたらしい。あの胡散臭い古美術商はとっくに逃げてしまっていて、家族はカンカンに怒っていた。あの壺は……地面に落ちて割れていた。取り合いの最中落としたのだろうか。私はため息をついた。 14
2016-11-20 20:34:02_しゃがんで破片をひとつひとつ拾い集めていると、先程の不思議な世界が記憶の中で甦ってきた。私はこの世界に行っていたのだろうか。破片の一つを拾い上げ、あることに気付いた。記憶にない……釣りをしている人の小さな絵が描かれているのだ。 15
2016-11-20 20:41:47_あのときの青年だろうか……あの世界の記憶の最後、青年の名前を聞いた気がした。彼は……楽園を手に入れたのだろうか。彼の名前は、奇妙なことに私の祖父と同じ名前をしていた。 16
2016-11-20 20:45:47_私は壺の破片を捨てることができなかった。家族には理解されなかったが、それでもよかった。私は予感がするのだ。私の追い求める世界が……この破片にあると。私は店からモルタルを買ってきて、作業に取り掛かった。 17
2016-11-20 20:53:28_壺の破片を注意深く小さくして、モザイク画のように並べ、モルタルで固め、一つの絵にする。そこには私の理想とする世界があるはずなのだ! 何故なら……釣りをしている彼の隣には、すでに私の姿が描かれていたのだから。 18
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