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    TLで見かけた「理論とは/方法論とは何ぞや」的出発点は、今はKKVより少し緩い(?)ヴァン=エヴェラ http://amzn.to/l43OfS が一先ずの共通了解なのだろうけれど、この巻末の「心構え」的なものも結構大事ですよね…とベンヤミン著作集斜読み中思い出したので以下連投。
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    承前)【書誌情報】ヴァルター・ベンヤミンによる「文士作法13カ条」(「張り紙お断り!」より引用、『ヴァルター・ベンヤミン著作集 10 (10) 一方通行路』 http://amzn.to/mSuvXX 所収:晶文社刊、1979年=原著1928年、訳・編集・解説:幅健志・山本雅昭)
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    Ⅰ ちょっと大きな作品の執筆にとりかかろうと思うものは、気持ちをゆったりと楽にもって、一日分の仕事を終えたあとは、仕事の続行にさしつかえのないことなら何でも心のおもむくままにすることである。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅱ(1/2) できあがったところまでについて話すのは、君の勝手だ。が、作品の完成をみないうちに、その一部を他人に読んで聞かせてはならない。そこから得られる満足は、何しろ君のテンポを落とす。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅱ(2/2)この養生訓を遵守するなら、報告したいという願望が、いやましにつのってきて、それが結局完成への原動力となるのである。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅲ(1/3)いったん仕事の中に身を置いたら、平常の中庸というやつは、つとめて避けたまえ。中休みも、くだらない雑音を伴ったものは、品位をおとすものになる。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅲ(2/3)それにひきかえ、その合間を、習作をものにしたり、人声の騒がしく交差するなかに身を置いたりして過ごすなら、夜の、耳に聞こえそうな静謐と同じ位に、仕事にとって意義のあるものになり得るのである。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅲ(3/3)かりに後者が、内なる耳を鋭く研ぎすますとすれば、前者は、表現法の試金石となる。そもそも、充実した表現法は、とてつもない雑音を己れ自身の内に埋めてしまうものなのだから。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅳ 道具を選ばぬ、というのはいけない。ある種の紙、ある種のペン、ある種のインクにペダンティックに固執するということは、有益なのである。贅沢は駄目だが、こうした好みの用具を充分にとり揃えることは不可欠だ。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅴ いかなる想念も、その正体をあきらかにせぬままやり過ごしてはならない。雑記帳への書きこみは、その筋が外国人登録簿をつけるのと同じ位きびしく、やることである。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅵ(1/2)霊感というやつに対しては、君のペンをつれなく当たらせるがよろしい。そうすると、先方から磁力でもって、コチラを引き寄せにかかるものである。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅵ(2/2)なにか思いつきを書きつけるのに、思慮深く、手間暇かければかけるほど、それだけ成熟した展開をみせて、その思いつきは君に身を委ねてくるだろう。談論は思考を征服する。しかし、文字は支配する。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅶ 何も思いつくことがないからといって、けっして書くのをやめてはならない。何か遵守すべき期限(食事、約束)がきたとか、あるいは作品が完成したとかいったときにのみ、筆をおくというのが、文学的節操というものだ。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅷ 霊感が途切れたら、できあがったところまでを浄書したりなどして間をつなぐことである。直観はそうするうちに目ざめてくるだろう。(ベンヤミン・文士作法)
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    Ⅸ 一行なき一日もなし――だが数週となると、どうだろう。(ベンヤミン・文士作法)
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    (一行なき一日もなし――ガイウス・プリニウス・クンドゥス・マイヨール(23~79):ローマの軍人。著述家。『博物誌』で知られる。)
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    Ⅹ 夢中になったあまりに思わず徹夜になってしまったといったことが一度もない作品を、完璧などとは、ゆめにも考えてはならぬ。(ベンヤミン・文士作法)
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    ⅩI 作品の結末は、いつもの仕事部屋で書いてはならない。そんな所にいては、その気にならないはずだ。(ベンヤミン・文士作法)
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    XII 著述の諸段階   思考――文体――文字。その定着の過程で、注意が、もうわずかに美筆という一点だけに払われるというのが、清書の意味である。思考は霊感を殺し、文体は思考に枷をはめ、文字は文体に報酬を支払う。(ベンヤミン・文士作法)
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    XIII 作品は、構想のデスマスクである。(ベンヤミン・文士作法)
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