ライトノベル作家・扇智史のつぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード2

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バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

**つぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード2**

2011-05-25 21:03:51
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

屋根を通過して落ちるホロ雪の向こうから、少女の輝く目があたしを興味深そうに見つめてくる。その瞳はとても純粋で、まるで、降り続く雪さえ透かして、あたしひとりを映しているかのよう。

2011-05-25 21:04:16
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ねえ、どうして? 特異体質? ちょーすごいコンタクトレンズとか? それともまさかロボット? フェッチ?」軽やかで鈴のような少女の声が、矢継ぎ早に言葉をぶつけてくる。その勢いにちょっと引いて、あたしは一歩後ずさる。足元が雪で滑りかけるのを、らっこが支えてくれた。

2011-05-25 21:05:30
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「そんな怖がんなくてもいいのに」「ちょっとあなた」少女の声を、らっこは鋭く制止した。かくん、と音を立てそうな動きで、彼女は首をかしげる。「何かしら」「この子に何かしたの? 怯えてるじゃない」「別に? ぶしつけにじろじろ見てたのは、そっちが先じゃないの?」

2011-05-25 21:06:56
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「あなたね――」まだ何か言おうとするらっこを、今度はあたしが手を引いて止める。「いいの、ごめん」「でも」「その子の言う通り」あたしは改めて、少女と向き合う。

2011-05-25 21:08:11
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

……とびっきり綺麗な子だ。真っ白い肌の上に、水墨画みたいにすっと引かれた眉と口、そして雫のような瞳。びっくりするほど非現実的だけど、だいたい、ホロキャラはこんなに生々しくもなまめかしくもない。生きた人として、彼女はそこにいるのだ。

2011-05-25 21:09:15
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ごめんなさい、気持ち悪かった?」あたしは会釈して謝罪。しかし少女は、むしろ楽しげだった。「全然? むしろ面白かったくらいだよ」びっくりするほど、裏表のなさそうな声音だ。クラスの女子の誰も、らっこやヒメちゃんでさえ、こんなふうに話すのを聞いたことはない。

2011-05-25 21:11:02
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「で。さっきの答え、もらってないんだけどさ」「え?」途惑うあたしの所へ、彼女は屋根の下を出て、地面から浮いてるような軽やかさで歩み寄る。足音がしない……「これ、見えてんだよね?」彼女の手は、頭の雪にちょっと触れた。

2011-05-25 21:12:22
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ホロ雪の上に、また雪が積もる。もちろん、この子の言ってるのは、ホロ雪の話だ。あたしは少しだけ警戒しながら、うなずく。「うん」「やっぱり! で、どういう理屈?」「ん……さっきの例で言うなら、特異体質」

2011-05-25 21:14:00
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ふーん」感心した風に、彼女は深々とうなずいた。「ね、それってどんな感じ? 生まれつき? それとも手術とかするの? ひょっとしてホロに触れたりもする?」「触るのは、さすがに」一気呵成の質問に圧倒されつつ、あたしは最後のにだけ答えた。「そうなんだ、わたしと逆だね」

2011-05-25 21:15:33
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「逆?」「触れるけど、見えない」彼女はあたしに向かって手を伸ばす。見とれるほど長くて白い中指の先っぽで、二種類の雪が重なる。「……どういうこと?」「特異体質、かな」そのまま言葉を返して、彼女は微笑んだ。

2011-05-25 21:17:00
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時間が止まった。寒すぎて、体温も消えて、一瞬、あたしは死んだのかと思った。

2011-05-25 21:17:56
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「あ、バス来たよ」すとん、と、らっこの手が肩に触れて、あたしは我に返る。見やれば、家の方角に向かうバスがのんびりと走ってくる。「あや、残念」苦笑する少女に、「乗らないの?」「遠くまで行くのよね」少女は肩をすくめる。遠く……なんか怪談じみている、って言ったら、怒るか。

2011-05-25 21:18:46
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

停留所にバスが近づいてくる。古い車種だから、フロントガラスの上、行き先表示にはまだホロが併用されている。遠くから見ると、そのホロだけがぽっかり浮き出て、空中を漂っているみたいだ。あたしとらっこは、停留所の屋根の下へと歩き出す。

2011-05-25 21:20:06
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

見送るようにあたしたちを目で追っていた少女は、すれ違いざま、「そうだ。ね、名前教えてくれる? わたし、野々瀬糸伊(ののせ・いとい)」「あたし、猫柳小織(ねこやなぎ・こおり)」反射的に答える。らっこはつかの間、警戒するように黙った後、「……時任羅紗(ときとう・らしゃ)」

2011-05-25 21:21:23
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「小織に、羅紗、ね」糸伊、と名乗った少女は、にっこり笑って手を振る。「今度は、学校で会おうね」「……うん」うなずきながら、変な気分だった。同じ学校だろうから、会う機会もあるかもしれないけど、でも、糸伊さんは学校なんて似合わないような感じ……

2011-05-25 21:22:56
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

むしろ、この世のものじゃないみたいにさえ思える。「じゃあね」バスに乗り、ケータイを乗車パネルに触れさせながら、あたしは糸伊さんに手を振る。手を振り返す糸伊さんの姿がドアの向こうに隠れて、バスは走り出す。暖房と排気が混じったような、こもった空気があたしたちを包み込む。

2011-05-25 21:24:26
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

車内は満席だった。この雪だから仕方ないか。つり革をつかむらっこのそばで、あたしは銀色の手すりを握る。「変わった子だったね」「うん」らっこは険しい目つきを崩さない。「で、結局、何だったの? いまいち何の話してるのか、よくわかんなかったけど」

2011-05-25 21:26:03
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「え?」何、って……あ、そうか、らっこはホロ雪を見てないんだ。ちゃんと説明してなかった。「あの子の頭に積もってたの。雪が……ホロ雪が」「――本当に?」「本当に」

2011-05-25 21:27:27
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

強調するあたしを、じっ、と、らっこは睨む。「……信じてない?」「まさか」即答された。確かにらっこに疑われた記憶はないし、あたしだってらっこを欺したことは一度もない……はず。「ただのホロファッションじゃないの? 今時そんなの見ないけど」

2011-05-25 21:29:04
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「どうかな。着飾ってはなかったけど」「私もホロ見とけばよかったな……黒髪で、うちの制服だったよね?」「うん」しばらく二人の証言をつき合わせたが、目立った違いはなかった。あたしにだけ彼女のホロ装飾が見えてたわけじゃない、というわけだ。

2011-05-25 21:30:26
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

そもそも、あのつややかな黒髪や真っ白い指は、とても今のホロデのリソースで表現できるきめ細かさではなかった。生まれついて両方見えてるあたしでも、実物とホロの質感くらいは区別できる。「だとしたら、何だろう……」らっこはつぶやきながら、スマホを取り出す。

2011-05-25 21:32:01
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

分からないことはとりあえず調べる、彼女らしい挙動だ。あたしは、スマホの上にアバターが現れるのを横目に見ながら、ふと、後ろを振り返る。後部ガラスの向こうでは、ますます雪が強まっているらしい。高架が白くかすんで、消えかかっている。糸伊は、まだ、バス停にいるんだろうか。

2011-05-25 21:33:27
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

そういえば、何か忘れているような気がする。何だろ……荷物はあるし、らっこはそばにいるし、バス代は払ったし……「あっ」らっこが怪訝そうに顔を上げ、「何?」「糸伊さんのメアド、聞いてない」

2011-05-25 21:35:11
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

翌日、「野々瀬さん? 知ってるよ」1時間目の後の休み時間に、ヒメちゃんが教えてくれた。「ほんと?」「中学がいっしょだったから。あんまり学校来てなくって、喋ったことほとんどないんだけど。綺麗な子だったなー……」厚ぼったい唇を突き出して、ヒメちゃんは当時を思い出している様子。

2011-05-25 21:36:51
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