「おさな子は、森のかなた」

竹の子書房向け掌編「おさな子は、森のかなた」(上原尚子作)のまとめです。
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上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

@ts_p 竹の子書房向けに書いた小説をTLに投下致します。「@ts_p」を付けねばならぬというルールですが、140文字きっちりで原稿書いてしまいました。自分でtogetterにまとめますので、何卒ご勘弁下さいorz。tweet21本分です。よろしくお願いいたします。

2011-07-31 21:05:21
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

背丈が父の肩にとどくころ、その森の子供たちはひとつぶの種をさずけられる。そなたはもはやおさな子ではないと告げる言葉の代わり。一人前の森の住人となるための厳かな儀式のはじまりだ。まだやわらかな頬の子供のひとりだちには不安がつきまとう。父親たちは長く時間をかけて種を選ぶのが常だった。

2011-07-31 21:06:00
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

子供たちは自分のてのひらにある種と、いつになく真剣な父の顔を交互に見つめてとまどう。その森で生まれ育てば、だれもが知っていた。父もまた少年のころに父の父から種をさずけられ、森の奥へ行ったのだ、と。だが艷やかにかがやくその種が、いかなる植物のものであるかが語られることは決してない。

2011-07-31 21:06:35
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

さずけられた種がどんな木となりどんな花を咲かせるのかを知らされぬまま、子供たちは森の奥へと入っていく。そのときばかりは、おさな子の日々に連れ立って遊んだなかまたちとも別れ、たったひとりだ。やがて迎える青年期に思いを馳せ、それぞれに自分だけのとっておきの場所を探さねばならなかった。

2011-07-31 21:07:11
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

森の奥に小さな穴をうがち、子供はこがね色の種をそっと横たえて土をかけていく。昨夜までのおさない自分を弔う儀式のようだと感じ、涙する者もいる。種がたやすく芽吹くものではないことを、子供たちはすでに知っていた。芽を出さぬまま土に抱かれて朽ちていくもの、鳥に食われ消えていくものもある。

2011-07-31 21:07:42
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

数えきれぬ木々であふれる、緑したたる森のこと。種を植えた場所、そこに芽吹いた小さなきざしを、当の子供が見失ってしまうことも稀ではなかった。だが責められることはない。子供たちがどこに種を植え、どんな木となってどんな花を咲かせようと、それらを問いかけることは父にもゆるされないからだ。

2011-07-31 21:08:14
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

多くの子供は種の行くすえを知ることなく大人になってしまう。おさな子の年月に別れを告げた日に植えた、ひとつぶの種が、森を形作る木々のひとつになっていることを、ただそっと心のかたすみで祈るだけだ。だがごくわずかではあったけれど、いっこうに芽を出さぬ種をじっと見守りつづける子供もいた。

2011-07-31 21:08:44
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

この少年もまた、そうした子供のひとりだ。父の手からさずけられたひとつぶの種と、そこに秘められた生命のいぶきに心ひかれつづける、永遠のおさな子。かれらは種が芽吹くよりも早く、その未知の生命と語りあう術を知る。森を形作る幾千、幾万の木々も、決してこの少年を迷わせることはできなかった。

2011-07-31 21:09:10
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

少年は日々、森の奥へとむかう。家にはもどらぬ日もあった。だれに命じられるわけでもなく、そうせずにいられないのだ。種を植えた場所には目を瞑っていてもたどりつける。木々の枝を揺らす風の音も、少年にはさざめく呼び声に聞こえた。森そのものが少年の新しい同胞となり、家族になろうとしている。

2011-07-31 21:09:54
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

少年は父にさずけられた種を世話し続けた。欠かさずに水を運び、鳥やけものに荒らされぬことを祈り、雨の夜はじっとそのかたわらに寄り添う。そなたはいつになったら芽を出すのだい? そう語りかけもした。土の中で眠る種を見守るときにふと眉を寄せる仕草は、少年を見つめる父のそれとよく似ていた。

2011-07-31 21:10:24
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

森には多くの危険が満ちている。道しるべとてない森で方角を見失うこともあれば、木の根やぬかるみに足をとられることもある。岩場や崖、底なし沼もある。毒や牙や爪を持つ生物たちもいる。ときとして、落ち武者狩りから身を隠す兵に出くわすことも、裁きの手を逃れた無法者に襲われることさえあった。

2011-07-31 21:11:00
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

不幸にも森から帰ってこなかった子供たちについて語られることはほとんどない。永遠のおさな子という呼び名は、本来なら森に飲み込まれた子供たちのものであろうが、森の住人たちにそれを問いかけても明瞭な答えを得ることは難しかった。森が子供を返してくれないこともある。そんな答えがせいぜいだ。

2011-07-31 21:11:27
上原尚子(うえはらしょーこっ) @shoko0827

だれが何を問いかけることもないが、子供たちの変化はつぶさに見守られていた。父も身近な大人たちも、あの子はもう自らの木を見失ったとか、この子の木は枯れてしまったとか、即座に見抜いてしまう。木を失うことは表向きこそ忌事だが、家族は夜半ひそかに祝う。それは森が父に子供を返した証だった。

2011-07-31 21:11:54