60年安保闘争と現在の「脱原発」風潮の対比:時代のムードに流されることの愚

田原総一郎が60年安保闘争と現在の「脱原発」風潮を対比して捉えるという秀逸な論考を行っている(http://nkbp.jp/ngXv8z)。全くその通りと思う。時代のムードに流されて政策の実を知らず賛否を安易に表明する風潮が「脱原発」でも強まっている。安保研究者として60年安保闘争の理不尽さを理解していただけに、その対比に気づかなかったのは迂闊だった。
132
fj197099 @fj197099

脱原発の風潮は60年安保闘争に似ている(http://t.co/eSpCaXh)…田原総一郎は時々同意できない時もあるが、この見立ては全く同感。昨今の脱原発への急速な傾斜は、何に似ているって60年安保の騒乱に似ている所がある。さすが田原総一郎は同時代的記憶があるという訳だ。

2011-08-10 21:05:27
fj197099 @fj197099

私も安保研究者として60年安保の時の理不尽さは十分分かっているだけにその対比を思いつかなかったのは迂闊だった。そう、脱原発以外の異論を許さぬかの如き、沸騰状況にある昨今の風潮はちょうど60年の「アンポハンタイ」の空気に似ている。誰もが自分が何を言っているかを心底理解してはいない。

2011-08-10 21:08:22
fj197099 @fj197099

60年安保と言ってももはや分かるのは老人とちょっと詳しい人々だけだろうから簡単におさらいすると、戦後の日本は戦前の軍国主義の反動で社会主義や共産主義といった所謂左翼勢力の政治的影響力が極めて強い状況にあった。1951年に日米安保の旧条約が結ばれるがこれは当初から批判を受けていた。

2011-08-10 21:10:51
fj197099 @fj197099

すなわち米国との軍事同盟は冷戦の文脈で日本を望まぬ戦争へと「巻き込む」という反対論である。当時はまだ中国やソ連も講和対象とした全面講和論の余波の強かった時代であり、共産主義やマルクス主義に対しても十分な警戒心が存在していなかった時代であった。世論は単純な平和論に傾斜していたのだ。

2011-08-10 21:14:26
fj197099 @fj197099

1960年に岸政権が旧日米安保条約を改正して現在の安保条約を締結した時、日本では大規模な反対論が起こった。米国との新たな軍事条約の締結は日本を望まぬ戦争に「巻き込む」という左派勢力による一大運動が展開されたのである。岸が一時戦犯の容疑者であったという事情もこれに油を注いだ。

2011-08-10 21:19:13
fj197099 @fj197099

国会前では連日デモの騒動になり、東大学生・樺美智子が警官隊との衝突で死亡すると更に事態は悪化した。国民も多くはこのデモに共感していた。戦後日本史において反政府や反米主義というものがこれほど強く出た時代はなかったが、しかしデモ参加者の多くは新安保条約について殆ど何も知らなかった。

2011-08-10 21:22:54
fj197099 @fj197099

実の所、旧安保条約は読んでみると分かるが、日本にとっては屈辱的といっても良いほどに米国に有利な内容になっていたのである。日本は基地を米国に提供する一方で米国に日本を防衛する明示的な義務は定められていなかった。旧条約には内乱条項という米軍が日本の内政に干渉する条項さえあった。

2011-08-10 21:24:26
fj197099 @fj197099

岸政権はこのような不平等な条約内容を不満に思い、もっと日本に有利な内容に変えたいと考えたのである。そこで新条約では米側の日本防衛の義務が明示化され、また危機の際の協議や極東条項等も書き込まれたのである。条文を読めばこれが旧条約より日本にとって良いものであることは一目瞭然であった。

2011-08-10 21:27:31
fj197099 @fj197099

国会前で「アンポハンタイ」を叫んでいた日本人の多くはそのことを知らなかった。安保条約そのものを読んだこともなかった人が多かったであろう。60年安保は極めて素朴な「岸政権反対運動」であった。岸政権が何をしたから反対、ではなくて、岸政権のやることだから何でも反対、の論理が強かった。

2011-08-10 21:29:23
fj197099 @fj197099

必然、このような運動は岸政権が退陣した後には長くは続かなかった。わずか数年のうちに日本人の大半は安保問題への関心を喪失した。池田隼人内閣が所得倍増計画を打ち出す頃には安保反対は一部の政治勢力と学生運動の関心でしかなくなっていた。10年後の1970年安保は全く盛り上がらなかった。

2011-08-10 21:32:16
fj197099 @fj197099

国民は新日米安保条約が成立した後は安保条約を自然に受け入れた。条約自動延長の機会とされる1970年にはもはや安保条約解消を言い出す日本人は一部の過激派になっていた。結局、国民は安保についても冷戦=国際情勢についても殆ど何も理解していなかったし、骨のある反対論がある訳でもなかった。

2011-08-10 21:35:18
fj197099 @fj197099

60年安保で人々を動かしたのは云わば一種の時代精神、何でもいいからとにかく一度は政治に直接関与してみたいとの一種のムードのなせる業ではなかったのかと思う。そこに実質=サブスタンスは余り関係なくテーマは何でも良かったのだ。一種の青春時代の思い出のようなもの。時間が立てば記憶は儚い。

2011-08-10 21:39:55
fj197099 @fj197099

この60年安保の話は安保研究者の見地からすれば、日本にとってこれほど死活的でしかも国益に適う(現在、日本が中国に対して自由や民主主義などの価値の側面で優越感を持てるのも、条約第二条の規定が無視できない)条約が根拠のないポピュリズムで謂れのない攻撃を受けた苦い記憶となるのだ。

2011-08-10 21:43:50
fj197099 @fj197099

さてこの話と現代の脱原発の話がどう絡むか。両者は非常に似ているという気がしてならないのだ。多くの国民はムードという点から言えば、原発事故があった以上はなんとなく「脱原発」という旗印を支持したい気持ちになっている。そのことは世論調査にも約7割が支持という形ではっきり現れている。

2011-08-10 21:46:09
fj197099 @fj197099

しかし60年安保の際に多くの日本人が新安保条約を読まず、その意味も理解せずに「アンポハンタイ」を叫んでいたのと同様に、現在の日本人は「脱原発」が意味するところを心底理解した上でそれを支持していると言えるのか。殆どの日本人は自信がないのではと思う。かくいう私も正確に理解していない。

2011-08-10 21:48:37
fj197099 @fj197099

理解できないのは当然であって、国民はまだ政府からまともな「脱原発」の「プロ(賛成)」と「コン(反対)」の議論の説明を受けていないのである。「脱原発」とは何時までにどのような形で国民生活にどれだけのコストを伴う形で行われるのかを聞かずに賛否の表明など本来ならできるはずがない。

2011-08-10 21:50:48
fj197099 @fj197099

しかし岸政権とは異なり現在の菅政権は国民を「煽る側」に立っている。謂れのないポピュリズムの誹謗中傷に耐えてそれでも国家にとって正しいことをやりぬくという姿勢ではなく、目先の政治的延命の為にポピュリズムを煽って本質的な議論を迂回する形で結論だけとにかく出してしまえという立場なのだ。

2011-08-10 21:53:16
fj197099 @fj197099

私は別に「脱原発」が絶対に間違っているとか、原発そのものをどこまでも推進すべきだと言っている訳ではない。単にこのような浮ついた状況で本質的な議論もなくこれほど重大な国家的大事を性急に決定しようとする政治のあり方、時代の空気は危うさを孕んでいる、と言いたいだけなのである。

2011-08-10 21:58:05
fj197099 @fj197099

60年安保のたとえで述べよう。仮に岸政権が当時のポピュリズムに屈して日米安保を解消したり、むしろ反米ムードを煽る態度を採っていたとすれば現代の日本は一体どうなっていただろうか。社会主義化は免れても、ソ連や中国の圧力や内政干渉をモロに受け民主国とは言えない状況になったのではないか。

2011-08-10 22:01:07
fj197099 @fj197099

「脱原発」も一つ間違えば国家に長期的な害悪を残す結果になるだろう。国民の支持は所詮ムードに過ぎないから60年安保と同じく数年のうちに高揚感は過ぎ去る。その後に残るのは長期化する電力不足や経済衰退、家計への極端な圧迫などの不満ばかりになるだろう。ツケは常に後で払わされるものなのだ。

2011-08-10 22:03:24
fj197099 @fj197099

既にそういう事例は起こっている。2009年に民主党政権を誕生させたあの時の国民的な規模の高揚感は一体どこへいったのだ。政権交代さえすれば全てはバラ色という夢のマニフェストの正体とは一体何だったのか。国民には同じ愚を繰り返して欲しくない。「脱原発」の議論は慎重に行う必要があろう。

2011-08-10 22:06:23