精神科医 schizoophrenie氏による、「ふつうの精神病」の紹介

ジャック=アラン・ミレールの提唱した、「ふつうの精神病(psychose ordinaire)」という概念について。
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schizoophrenie @schizoophrenie

今日はめずらしく神経症圏の話をしたので,午後は現代的な精神病である「普通の精神病」についてのミレールの議論を紹介する.J.-A. Miller: Effet retour sur la psychose ordinaire. Quarto94-95, 2009から.

2011-08-20 13:50:07
schizoophrenie @schizoophrenie

シュレーバーのように華々しい妄想を開花させる精神病を「並外れた精神病(psychose extraordinaire)」と呼ぶ.これは概ねラカンの50-60年代の精神病論に対応する.一方,サントームの臨床におけるジョイスのように,顕在発症せずに目立たないものを普通の精神病と呼ぶ.

2011-08-20 13:57:14
schizoophrenie @schizoophrenie

ただしミレールはこの概念を厳密に定義することはしない.ラカンが「パス」を考案したときのように,大まかな事柄だけを提示して,あとはエコールの分析家がそれぞれ普通の精神病に関して考えて発言することのなかから,事後的にその概念はできていく,という.

2011-08-20 14:00:02
schizoophrenie @schizoophrenie

ラカン派では神経症と精神病の境界は厳密である.父の名があれば神経症,排除されていれば精神病である.しかし,明らかな精神病の標識がないにもかかわらず,神経症のようなシニフィアンの媒介性がみられない症例がある.そのような違和感が普通の精神病の判別のひとまずの鍵となる.

2011-08-20 14:02:49
schizoophrenie @schizoophrenie

並外れた精神病と普通の精神病との違いは,前者が幻覚妄想によって発病(déclenchement)するのに対して,後者は発病するかわりに,様々な社会的紐帯や自らの身体から脱接続(débranchement)するという点にある.この脱接続という外部性をミレールは3つの様態で提示する.

2011-08-20 14:06:55
schizoophrenie @schizoophrenie

一つ目は,社会からの脱接続.分裂病者の放浪というのはルソーをはじめ昔からよく観察されているが,放浪という形で社会のなかに固定した位置を占めないという外部性がある.

2011-08-20 14:12:26
schizoophrenie @schizoophrenie

反対に,社会(職場)に対して過剰に同一化する形式での普通の精神病もある.この場合,職を失うことを契機に発病することもあるという.「職を持つことは,父の名である」(!)

2011-08-20 14:12:31
schizoophrenie @schizoophrenie

二つ目は,身体の外部性.普通の精神病では,身体が自己に接続されず,ズレをはらむことがある.ジョイス『若い芸術家の肖像』の身体落下体験です.この身体の不安定性に対する対処行動として,ミレールは「タトゥー」をあげている.「タトゥーは身体との関係における父の名になるだろう」(!)

2011-08-20 14:16:39
schizoophrenie @schizoophrenie

3つ目が,主体の外部性.普通の精神病では,独特の空虚感がみられることがある.もちろんこのような外部性は神経症でもみられうるものであるが,普通の精神病の場合はdialectiqueがないこと,つまりその空虚感を弁証法的否定することができないことが相違点であるとされる.

2011-08-20 14:22:19
schizoophrenie @schizoophrenie

上記の通り,これまでシゾイドと呼ばれてきた物との近接性や,私たちが引きこもり事例でときおり出会う「変わった症例」との類似性が伺われる.もちろん発達障害とも似ている所がある.ECFでこの辺の概念との比較がなされていないようであることは不思議である.彼らは物凄く精神医学詳しいのに.

2011-08-20 14:26:25
schizoophrenie @schizoophrenie

あと,この論文では排除の一般化の話もされている.後期ラカンはすべてのディスクールは保証が不在であるとする.それゆえ象徴的体系を支えるシニフィアンも,構造をとわず排除されている.固有名としての父の名から,述語名としての父の名へと位置が変わる.父の名っぽい機能を果たせば何でもいい,と

2011-08-20 14:36:49
schizoophrenie @schizoophrenie

そこからミレールの話は「精神病の一般化」つまり「人類みな狂人」なんて話にまで至る.この辺ちょっと微妙で,一般化とかいいつつミレールは神経症と精神病の構造の差異も主張している.ECF内でも意見が分かれているようで,同号のSkriabineの論文は「人類みな精神病」の論調.

2011-08-20 14:41:26
schizoophrenie @schizoophrenie

(僕が大いに依拠する)Jean-Claude Malevalは反対に,ミレールの議論から「父の名の排除」と「一般化排除」はまったく異なるという議論を持ちだしてくる.こっちのほうが臨床的には有意義な議論だと思うけど,ラカン自身の70年代の記述そのものはSkiriabine寄りです.

2011-08-20 14:43:36
schizoophrenie @schizoophrenie

これで紹介を終わりますが,このあたりの話,いわゆる超越論的システムの話として捉えると色々と発展させられると思うんですが,いかがでしょうかね.では作業に戻ります.

2011-08-20 14:45:06

別の日に、《つながりの作法 http://togetter.com/li/178213 》の文脈から

schizoophrenie @schizoophrenie

ただ「社会とつながれ!」「仲良くしろ」「適応しろ」っていうだけじゃダメで,その接続のあり方それ自体を問題に据えていく,という「つながりの作法」の考え方は,臨床的にも超重要であるし,そこに権力の介在を見出したりさまざまな理論的可能性があるだろうと思う.

2011-08-23 11:04:56
schizoophrenie @schizoophrenie

先日かいたラカン派における「普通の精神病」だって,社会や身体や自己自身からの「脱接続(débranchement)」がその病理の核心なのであって,言い方を変えればそれは「つながりの病」だ.

2011-08-23 11:06:28
schizoophrenie @schizoophrenie

@kay_shixima 分裂病時代から発達障害時代になるにともなって,病者の社交性の分析と介入実践が戦闘的なものから微温的なものになったという整理,面白いです.ちなみに「普通の精神病」に関しては現代の日本でいうPDD,アスペ~ひきこもり,辺りを僕は想定しています.

2011-08-23 11:21:00

「ふつうの倒錯」、「ふつうの精神病」

schizoophrenie @schizoophrenie

今年の精神病理学会のプログラム集がでましたね.PDFで閲覧できます. http://t.co/Pb0Pu3K

2011-08-29 16:00:32
schizoophrenie @schizoophrenie

パッと見だけど,ラカン関係が超少ない.私の「症状精神病のメタサイコロジーにむけて」の他には,古橋忠晃先生と鈴木國文先生の「普通倒錯(perversion ordinaire)について」(!)くらい? Perversion ordinaireの話,ものすごく聞きたい!

2011-08-29 16:06:14
schizoophrenie @schizoophrenie

「普通倒錯」は以前紹介した「普通の精神病」に対抗してうまれた概念.perversion ordinaireを「普通倒錯」と訳すこだわりは,推測ですが,”普通の”倒錯なのではなく,「倒錯が普通になった」という含みを持たすためだと思われる.

2011-08-29 21:13:39
schizoophrenie @schizoophrenie

「普通(の)精神病psychose ordinaire」は,ミレール主導のCause freudienneで生まれた概念(http://t.co/SyLPsBY)で,それに対抗してAssociationのLebrun(http://t.co/9lo7sxx)が言い始めた.

2011-08-29 21:17:32
schizoophrenie @schizoophrenie

この両者の争点は要するに,21世紀の支配的な心的構造を精神病とみるか,倒錯とみるか,というところにある.20世紀のラカン理解では,いわゆる正常者は発病していない(症状で困ってない)神経症だったわけで,これはいわば「普通の神経症」.言い換えれば「神経症が普通」といえたわけだ.

2011-08-29 21:19:42
schizoophrenie @schizoophrenie

MillerとLebrunはそれぞれ「いまや精神病が普通(キリッ」「いや,倒錯が普通(キリッ」とまで言っているわけではないけれども,少なくとも精神病や倒錯が「かなり多い」と主張しているわけだ.

2011-08-29 21:21:51