死ぬのがこわくなくなる話 第6話

Twitter上で連載中の渡辺浩弐さんの長編小説をまとめました。
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渡辺浩弐 @kozysan

「死ぬのがこわくなくなる話」始めます。6回目ですね。書く方としては今回、いちばん時間かかりました。さらりと読み流してください。ここを乗り越えられたら、一緒に、なかなか面白い場所に行けるはずなのです(それからフォローして読んで頂くこと、推奨です。そのうち何か起きるかもしれません)。

2011-08-18 03:15:13
渡辺浩弐 @kozysan

遺伝子と社会の関係について考えよう。人間が持っている情報には、両親から受け継いだ肉体の中に先天的に存在するもの以外に、もう1種類、存在する。生後、学習する情報だ。

2011-08-18 03:15:30
渡辺浩弐 @kozysan

こちらをリチャード・ドーキンス (『利己的な遺伝子』紀伊國屋書店・科学選書)にならってミームと呼ぼう。人類はミームを増大させてきた。道具を使うこと。火を使うこと。言語を使うこと。全てミームだ。その情報の巨大化が文明の進歩であり、それはDNAの目的である自己保存自己複製を援護した。

2011-08-18 03:17:02
渡辺浩弐 @kozysan

DNAは35億年ほど昔に、地球を覆っていた原子の海の混沌の中で偶然に生まれた、自己複製能力を持つ分子システムが発端だろうと推測される。それは、以降、自己複製しつつ、少しずつ変化、複雑化していった。

2011-08-18 03:17:52
渡辺浩弐 @kozysan

いろいろな構造を試してはそのほとんどが死に絶えた。偶然に生まれた、より生きやすい形態のものが生き残り、さらなる複雑化を目指すことができたというわけだ。

2011-08-18 03:18:15
渡辺浩弐 @kozysan

つまりそんなふうに、適者生存の理論により進化してきた。もっとわかりやすく言うと、でたらめに作ってみては偶然よくできたものだけを残し、そのコピーからまた次の試作品を作るわけだ。とても効率の悪い創作活動だ。

2011-08-18 03:18:37
渡辺浩弐 @kozysan

それに対してミームはとても効率が良い。人間は考える、つまり脳でシミュレーションすることができる。いちかばちかやってみて、間違っていたら死んでみる、生き残ったものだけが正しいやり方を知る、という方法ではなくその前にシミュレーションする。

2011-08-18 03:19:01
渡辺浩弐 @kozysan

DNAはミームというものを発明することによって、適者生存をリアルからバーチャルに移行したのだ。現実の世界で間違える、死ぬ、一種族が滅びる、といったプロセスを繰り返すことは、時間と労力のロスが極めて大きい。そこで、その試行錯誤を「脳」というコンピュータの中で行う。

2011-08-18 03:19:21
渡辺浩弐 @kozysan

物理的呪縛を外せば、1000年かかっていた試行が1秒で済むのだった。速度と効率が桁外れに向上したわけである。

2011-08-18 03:19:35
渡辺浩弐 @kozysan

思考によって、情報が修正されていき、それが脳から脳へ伝わることが「文明」である。親から子に伝えられる情報は、それぞれの時代に修正され、人類の歴史を通して少しずつ複雑化していったわけである。

2011-08-18 03:19:53
渡辺浩弐 @kozysan

ミームの進化は直近の数千年間に爆発的に拡大した。文字が発明され、本というシステムが誕生した。それによって膨大な情報を体内にたくわえ直系の子孫へと伝えるだけではなく、体外に書き留め多くの人々に、遠方にいる人にまで、伝えられるようになった。

2011-08-18 03:20:04
渡辺浩弐 @kozysan

ちょっと話が難しくなるけど、面白い試算を紹介しよう。ミームとDNAの比較だ。

2011-08-18 03:20:34
渡辺浩弐 @kozysan

まずDNA。DNAは生殖の際にコピーされつつ更新されるわけだが、この際にエラーが起こり、消失してしまう情報、あるいは期せずして出現する情報がある。それが致命的なエラーだったらその個体は死滅し子孫は残らない。

2011-08-18 03:20:49
渡辺浩弐 @kozysan

しかし問題がなければ生き残るし、ものすごく低い確率で、生存に有利な変化の元になることがある。例えばキリンの首を長くするような。その場合、種は繁栄し、すなわちその情報は受け継がれるわけだ。

2011-08-18 03:21:04
渡辺浩弐 @kozysan

それが生物学的進化だ。今でも、全ての生物において続いている。ヒトの場合、そんなDNAデータの量は、現在、1年で1ビット。これは分子生物学者ロバート・ポラックの試算だ。

2011-08-18 03:21:20
渡辺浩弐 @kozysan

一方、ミームが情報を更新するスピードは極めて速い。こちらはスティーヴン・ホーキング博士によって2001年に提示された試算をベースにして考えよう(『ホーキング・未来を語る』アーティストハウス)。

2011-08-18 03:21:40
渡辺浩弐 @kozysan

本の形で出されている情報の量は年間20万冊、それを情報量として換算すれば、現在、1秒で100万ビット。その中で役立つ、つまり後世に残るべき有益な情報が百万分の一だとしても、ミームは、本という形式だけでもDNAの約3000万倍もの速さで進化しているということになる。

2011-08-18 03:22:03
渡辺浩弐 @kozysan

さらに。インターネットという巨大システムが活動を始めたことにより、事態は更なる加速を始めている。印刷製本運搬という厄介な作業をすべてはしょって、情報は個人から個人へと高速で伝播し、蓄積され、同時に修正されたり削除されたりしている。

2011-08-18 03:22:40
渡辺浩弐 @kozysan

ミームの勢いはDNAを圧倒している。そして今やミームが、DNAを、新しい方法で更新する仕事に取りかかろうとしているのである。

2011-08-18 03:23:19
渡辺浩弐 @kozysan

さて進化の過程で人間はミームを獲得したわけだが、「死」の恐怖は、そこで生まれたのである。動物は、死をこわがることはない。つまり人はいつの間にか自分の正体はDNAではなくミームだと意識するようになっていた。

2011-08-18 03:23:38
渡辺浩弐 @kozysan

そしてミームが「死」を発見した。自分がいつか死ぬということを知ったのだ。

2011-08-18 03:23:58
渡辺浩弐 @kozysan

いやそれは発見ではなく発明だった。単一個体としての自分がいつか影も形もなくなることを「死」と定義し、その意味を、とりわけその恐怖を、作り出し、伝えるようになった。

2011-08-18 03:24:14
渡辺浩弐 @kozysan

個体を尊重するミームと種を尊重するDNAとは、これまで共存してきた。人は死がこわいあまりに懸命に生き延びる。そのうちに生殖し、DNAは次の世代に乗り移る。個体としては不本意ではあるが死がやってくる。その時には次の、リニューアルをもって環境に適応しもっと強い個体が、機能している。

2011-08-18 03:24:53
渡辺浩弐 @kozysan

しかし、自由主義、民主主義が台頭した、つまり全ての人々が種や民族ではなく自分という個人を意識するようになった近世以降、DNAとミームは、「死」という概念において齟齬を起こし始めた。

2011-08-18 03:25:14
渡辺浩弐 @kozysan

DNAの意図をはるかに超えてしまうほどに、人は、個体は、自己愛を拡大させた。そして種の保存という観点からはまったく意味のないレベルまでの長生きをもくろむようになったのだ。

2011-08-18 03:25:32