ビヨンド・ザ・フスマ・オブ・サイレンス #1

翻訳チームによるサイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」リアルタイム翻訳 (原作:Bradley Bond-san & Philip Ninj@ Morzez-san) ニンジャスレイヤー公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 続きを読む
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴウウウ……。ゴウウウ……。ゴウウウ……。風穴を吹き抜ける凍るような風の音が、五体を投げ出し遥か上の天井を見上げるフジキドを幽鬼めいてなぶってゆく。彼のすぐそばには鍾乳石の台座がある。そこにあったものは今、力尽きたフジキドの手の中だ。 1

2011-10-24 11:12:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ほとんど意識を失いかけながらも、彼はマンリキめいたニンジャ握力でもって、その握りを堅く掴んだままだ。その……ヌンチャクを。イクサを終えた今、その黒檀めいた二本の棒はUの字に硬直し、決して開かれる事は無い。 2

2011-10-24 11:18:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

フジキドは難儀して顔をもたげ、己が滅ぼした敵を視界に入れようとした。彼は目を見開いた。白く細かい光の粒が巨人の周囲に激しく生じ、弾け、今こうして見守るうちにもシュウシュウと音を立てて溶けながら蒸発したのだ。一般的なニンジャ憑依者の断末魔の爆発四散とは異なる崩壊のさまであった。 3

2011-10-24 11:37:51
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ナラク」フジキドは声に出した。……答えは無い。彼は目を閉じかけ、そのあと驚いて身を起こした。赤黒いおぼろな影が彼の傍に立って見下ろしていたのだ。フジキドが起き上がったのちも、影は消えずにいた。「ナラク?」影は答えない。ただ、その腕がゆっくりと上がり、ある方角を指し示した。 4

2011-10-24 11:44:18
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……マルノウチ」彼はなぜか自然に思い至った。「スゴイタカイビル」赤黒い影はぼんやりと薄らぎ、見えなくなった。ナラクはフジキドのニューロンの中、再び眠りについたのである。 5

2011-10-24 12:01:18
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

第二部「キョート殺伐都市」より:「ビヨンド・ザ・フスマ・オブ・サイレンス」 6

2011-10-24 12:09:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アーッ!」カタオキは自分の悲鳴で目覚めた。無事だ!ここは自室だ。正面の壁に貼られた「不如帰」のショドーが彼に確かな実在感を取り戻させる。「現実だな!」そして棚の上のフクスケを指差す。「フクスケ良し!」さらに、床の間のバイオ水仙を指差す。「花瓶良し!」 7

2011-10-24 12:19:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

カタオキは慌ただしくサムエスーツを着込み、洗面所に飛び込むと、激しい勢いで歯磨きを始めた。「フガフガ、畜生畜生ッ!」鏡の向こうから、自分自身が血走った目で睨んでくる。「何だってんだよ。Spit!」シリコン歯磨き粉を洗面台に吐き捨て、蒸留水で荒っぽく顔を洗う。 8

2011-10-24 12:36:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だが……「アーッ!」飛沫の中で目を閉じるや、カタオキはまた悲鳴を上げて後ろへ飛び退いた。そして再び自室へ駆け戻る。「フクスケ良し!……花瓶良し!勘弁してくれ畜生……!」 9

2011-10-24 12:39:24
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

カタオキは取り乱したが、やはり壁の「不如帰」のショドーをじっと見るうちに再び落ち着きを取り戻した。彼は独りごちた。「慣れろ。慣れろカタオキ。もうしょうがない。見えるものはしょうがない。大丈夫だ。フー」彼は冷蔵庫からボトル入りのコブチャを取り出し、ボトルのままで飲んだ。 10

2011-10-24 12:43:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼を苛むのは、瞼の裏にしつこく浮かぶビジョンであった。目を閉じるたび彼はそのつど、格子状の緑の光で彩られた闇の中に放り出される。つい昨日の夜からだ。こんな事は彼のこの特異な四年間においても経験の無い事態である。 11

2011-10-24 12:49:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

四年前の雨の日。高熱に苦しむ彼の混濁したニューロンに、オバケめいた存在が訪れた。そして告げた。「ドーモはじめまして。俺は……名前は忘れた。とにかく今からお前は扉を開く事ができる。俺がいるからだ」「え?」「さらば、そしてオハヨ!お前はシルバーキーとでも名乗るがよい」「え?」 12

2011-10-24 12:59:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

オバケはそれきり沈黙し、彼はおかしな力を手に入れた。鍼灸師であった彼はそれ以来、処置の最中、患者の中へ指先から潜る(彼はそう表現していた)事が出来るようになった。患者の世界は砂漠であったり、テンプルであったり、様々だが、内奥にある澱みを払うと、患者は皆、快癒した。 13

2011-10-24 13:18:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

力をある程度理解するまで半年。使いこなすまで一年。いかんせん彼の中に溶けたオバケ存在の説明不足が深刻だった。だがその頃には彼の施術のワザマエは評判を呼ぶようになっており、施術所は大いに繁盛した。彼はお告げに従い、屋号を「シルバーキー鍼灸院」に改めたが、力の内容は秘密にした。 14

2011-10-24 13:25:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼は己の力がより危険なビジネスに容易に転用できる事に、早くから気づいていた。彼は他人の心に潜入できる。心を読めるのだ。いや、もっと恐ろしい事もできるだろう。そしてビッグマネーを生む。……だが、ガイオン地表に己の鍼灸院を構え、順風満帆な暮らし。カタオキは満足していた。十分だ。 15

2011-10-24 14:10:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それなのにこの有様だ。昨晩マトリョーシカめいた入れ子状の夢にうなされ、夜中に跳ね起きてからというもの、気を抜けば不気味な宇宙に投げ込まれる自分がいる。奇怪な暗黒空間のずっと遠くに、篝火めいてわだかまる赤黒い輝き。はるか頭上には金色に輝く立方体もある。 16

2011-10-24 14:26:31
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

立方体の事を彼は黄金太陽と呼んでいた。患者の心に潜入した時にも、常にその太陽は上空で輝いていた。正体は不明だが、それだけは慣れ親しんだ存在だ。となればこのビジョンは誰かの夢なのか?無理やりに投げ込まれるのか?「バカな、バカな」彼は呟いた。「俺はこうして普通にしてるだろ」 17

2011-10-24 14:29:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼は更に炭酸薬草ドリンコ「ミドリナム」に生卵を入れて飲み干すと、予約客に逐一IRC連絡、謝罪して施術日程を後日に振り分けた。やめだ、今日はもう仕事にならない。彼は思い立って床の間のタタミに正座し、目を閉じた。途端に彼は緑の格子模様の中に放り込まれた。望むところだ。 18

2011-10-24 14:55:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

暗黒の地平は無限だ。これはとても人の夢や深層意識の類とは思えない。実際そういうものでは無いのだろう、彼は深く考えぬようにした。遠くに見える赤黒い輝きが、落ち着かない原因だ。この暗黒そのものには慣れてきたところだ。彼は赤黒い輝きへ意識を振り向けた。 19

2011-10-24 15:12:31
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

赤黒い輝きはよく見れば人型だ。カタオキは少し不安を覚え、忍び足めいた慎重な集中下で意識を伸ばした。(……べし)「え?」(べし。ニンジャ……べし)「え?」カタオキは聞こえてくる微かな言葉に集中した。(殺すべし)「え?殺す?」(殺すべし!ニンジャ!殺すべし!全ニンジャ殺すべし!)20

2011-10-24 15:21:34
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエ!?」カタオキは目を見開いて飛び上がった。「アイエエエ!」寝室へ飛び込みフクスケを指差す。「フクスケ良し!」床の間を振り返って花瓶を指差す。「花瓶良し!」そして「不如帰」のショドー。「現実だな!よし畜生ッ!」さらに彼は違和感に気づく。もう夜だ!なんたる時間経過! 21

2011-10-24 15:25:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ダメだよォー、もうダメだ……」カタオキは虚脱して、敷いたままのフートンに突っ伏した。「明日も仕事休もう……マイコデリバリーしよう……なんだよニンジャって……ニンジャナンデ……?あいつ何だよ……コワイ……」彼はうつ伏せのまま沈黙した。30分そうしていた。そして顔を上げた。 22

2011-10-24 15:32:34
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼はフクスケを機械的に指差した。「フクスケ良し」そして「花瓶良し」そして不如帰。「現実だな。……フー」ナムサン!カタオキはめげずに再度の探索を試みていたのだった。意外にも粘り腰の気概!「だいぶ掴んできたぞ」彼はノロノロと床の間に歩いて行き、またタタミの上で正座した。 23

2011-10-24 15:39:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

目を閉じれば、すぐさま暗黒宇宙の只中に投げ出された。もう慣れた。落下の予感に震える事も無い。この空間でこうして浮かんだまま睡眠も取れるだろう。これだけ平常のものとしてこの闇を受け入れてみると、足の下の緑の格子模様のさらにその下に、幾何学的な事象の塊がある事にも気づく。 24

2011-10-24 15:48:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

等間隔で配置された背の高い柱状物、マスの目じみた背の低い立方体の群れ。カタオキはすぐに勘付いた。これはガイオンだ。立体模型地図めいている。カタオキの足下にあるのが丁度このシルバーキー鍼灸院のエリア。という事は、あの赤黒い輝きは、現実にもあの位置にいる、という事になるのか。 25

2011-10-24 15:53:38