ローマは結局道路に滅ぼされた
- lucifer_af
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モンタネッリ「ローマの歴史」という本を読む。グローバル化と格差の拡大、世論分裂と新宗教の微妙な台頭、加速度的に短くなる皇帝在位期間、国の分裂と内戦、疲弊。国の一生ってどの時代もそんなに変わらない
2011-10-24 21:38:25ローマは結局道路に滅ぼされた、政府の機能向上が、道路の能力向上に追いつけなかったのが敗因だったんじゃないのかな、と思う。道路というのは物流と情報、文化を運搬する道具であって。
2011-10-24 21:39:46隣の芝は、見えなければ青く見えない。情報の伝播速度がどんどん上がって、見える範囲は広く、隣はますます青く見え、一方で、中央の判断速度はいつまでたっても変わらない。この状況が長く続くと、もうそこにいるのがばからしくなる。青い隣の庭に移住したくなる
2011-10-24 21:41:49物流や情報の伝播速度が向上することで、国の大きさは見かけ上小さくなって、コントロールはむしろ容易になるはずなのだけれど、為政者から見たこの状況は、恐らくは「国民が加速度的に不道徳になっていく」ような変化としてうつる
2011-10-24 21:42:54@medtoolz このツイートだけを見てネットの話かと思いました。 QT: 物流や情報の伝播速度が向上することで、…
2011-10-24 21:44:57@medtoolz 物や人の流れに対しては国境を作れたけど、ネット上の情報をせき止められるのは言語の壁くらいしかないですもんね。
2011-10-24 21:51:38@hirotaryo 皇帝の道路を、いろんな人が行き来するようになったということが、たぶん情報の伝播速度向上を、劇的に招いたんじゃないのかな、と。。
2011-10-24 21:53:16国民が堕落したのではなく、隣の青い芝生が否応なしに目に入る状況の中、まじめにやっているはずの、うちの芝生はちっとも青くならないじゃないか、という思いが、「やってられねぇや」というあきらめを生むんだと思う。政治家はこれを堕落というけれど、国民もまた、政治家が堕落したように見てる
2011-10-24 21:44:35@medtoolz そういうわけで、皇帝の下に下位副帝を置いたり、同格皇帝で分割統治したりしてました。 最近の軍事史的研究によれば、帝国軍の対外敵対処能力は基本的に高く、頻発する小規模侵入にはかなり対応できていたらしい、対応できなかったのは大規模な侵入だったという説も
2011-10-24 21:45:05@mach_09 最後のほう、国を物理的に分割するのは、あれは政府の反応速度を見かけ上向上させよう、という試みに見えたのです。。で、それでも追いつかなくて、最後は地方豪族支配みたいになって瓦解するという
2011-10-24 21:46:15@medtoolz 皇帝は当極までにライバルを蹴落とし、ライバルを少なくしなければならなかった、また挑戦者も退けなければならなかった。つまり皇帝候補者のリソースは継続的に減らされていった。そういう政治史的な指摘もあるそうです。
2011-10-24 21:48:34「知らせちゃいけない」は、半分ぐらい真実なんだと思う。これやると組織が大きくならないんだけれど、知らせると、今度はコントロールできなくなる
2011-10-24 21:45:19カエサルの昔は皇帝追っかければ歴史になったのに、ハドリアヌスあたりから急速に怪しくなるというか、人間の影が薄くなる。結局もう、どんなルール作っても一瞬で攻略されて文句ばっかり返ってきて、歴史作るどころじゃなくなったんだろうと思う
2011-10-24 21:49:34@mach_09 洋の東西も時代も超えて、ある人的、地理的状況に置かれた人間は、結局同じように判断し、同じように失敗するんだなぁ、と。。
2011-10-24 22:13:43@medtoolz はい。そして塩野さんご自身が「盛者必衰は動かせない。ただ先延ばしができるだけである」と。その過程でできることは俯瞰すれば似ざるを得ないのでしょう。
2011-10-24 22:15:02