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  • yaoki_dokidoki

    批評家と他者の作品

    他者の作品に対する批評家としての佐々木敦は何をするのか。
    生徒に対する先生としての佐々木敦は何をするのか。
    面白い話と思ったので、まとめさせていただいた。
  • 高橋辰夫さんコメント
  • Taxxaka
    まあでも「批評とはこうである」という話はどの批評家も同様に客観視と他者性を口にするのだが、問題はそれでも作家、批評家の関係がズブズブに見えることが少なくないこと、また恐らくそれにも理由はある事を指摘しないことではないか。超越的な視点を批評が持てる筈もないしその必要もない。
  • Taxxaka
    いや違うかもしれない。批評家も自らの基準を知らないか知り得ない、あるいはあえて知ろうとしてはいけないのかもしれない…。いずれにしろ、批評はより孤高に屹立して、自らを晒してくれればそれでいいと思う。作品の孤独とも違う形で…
  • Taxxaka
    一言に作品と言っても、美術のそれより映画の方が遥かに自己言及的だし批評的だが、絵画の場合、より自らを言葉から切り離したものの方がより批評的であることは少なくない。モダニズム絵画への懐疑や会田誠へのシンパシーもその辺りかと
  • Taxxaka
    批評はその立ち位置から、存在論的に自らを批評に晒すことができないのだから、より外部に向かうのでなくより自らの内面に向かうべきかとは思う。
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  • @qualquelleさんのコメント
  • qualquelle
    RT @sasakiatsushi: つまり、他者に仮託して自分の表現をしようとすることは、批評ではない、ということである。
  • qualquelle
    反論でも皮肉でもなく、冷静な観察のつもりで言えば、その「批評ではない」ものには相当程度の需要を認めざるを得ない。
  • qualquelle
    自他の区別なく、相互に仮託された曖昧な「自己」の共有圏こそは、常日頃ぼくたちが「批評」と呼び、「美術」と呼ぶものの正体だろう。
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  • 中島智さんのコメント
  • nakashima001
    作者/作品にたいして、その本質を理解した(作家側からなら、理解されたい)といった癒着心理に流される人々は確かに多い。なので僕も長らく「作品は他者なのだ」と言い続けてきた。 RT @edtion1: 批評家と他者の作品 - Togetter http://t.co/7Z1MGlsQ
  • nakashima001
    続き) 「作品が他者である」、というのは、つまり作品(作者)が理解不能な存在としてある、ということである。この前提は文化人類学(異文化)でも、日常世界でのコミュニケーションにおいてもかわらない《基本》としてあるもなのだが、それを忘却させてきたのが「教養主義、歴史主義」であった。
  • nakashima001
    要するに、その教養主義や歴史主義(美学美術史)によって自らの思考枠を定め、自らの感覚に根拠を与えなければ不安に陥る人々によって、「他者」が理解(分類)されてしまうわけだ。その思考パターンにおいては、「他者」の絶対的個別性はなく、個別性はそのパターン内のバリエーションと理解される。
  • nakashima001
    僕は、何が批評で何が批評でないか、といった問題には興味はない。批評に限らず、アート鑑賞(対峙)における「他者」認識は不可欠だと考えているだけだ。それは「アート」というものが単数の文化コンテクストで考えられてしまいがちな、奇妙な慣習によって、その他者性を虚勢する傾向が目に余るから。
  • nakashima001
    それは先ほど述べたように「アート」に限らない問題なのだけど、アートに限っても、この頃は「批評を擁護するための批評」が書かれることもある。つまり批評の危機をいかに乗り越えるか、といった問題なのだが、これもフレーム思考にすぎないものであって、そこにも当然ながら他者はない。
  • nakashima001
    佐々木さんの「他者」認識には共感をおぼえるのだが、その理解不可能性は「他者」を度外視してしまうことではない。この点はよくある陥穽だ。度外視というのは単に「私はこう観た」といった表明のことではなく、批評対象となる作品以外に広範に適用可能な内容を、批評として提出することである。
  • nakashima001
    こうした「正しすぎる言説」もまた、先述のパターン認識にほかならないものなのだ。それは「《私》は作品をこう観た」ではなく、「私は《既存コンテクスト》をそこに観た」ということなのだから。その意味では、批評を目指す方々は、まずは批評でない無数のコンテクストと戯れるべきなのかもしれない。
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