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  • L_O_Nihilum
    テレビが悪役に見える理由が、なんとなーく、分かった気がする。
  • L_O_Nihilum
    以下、私のレポートを参照:歌ったり歌を作ったりする作者としての自分に、また聴き、消費し、楽しむ享受者の人間としての立場としてとらえなおしてみるのだ。そう考えた時、「その歌は誰のものなのか」「誰のためにうたわれているのか」という問いをハードに思いつめている歌手は多いのではないか?
  • L_O_Nihilum
    音楽に携わるなら、皆そうである。歌う。聴いてもらう。評価される。そして、その歌が面白いから、多くの人に支えられ、インディーズなりメジャーなりでデビューする。そして、歌手としての人生を選ぶ人は、その自分をレーベルに登録しているだろう。
  • L_O_Nihilum
    しかし、その地点で彼彼女の歌は自分のものだとは言えなくなっている。それに、人気が出てきてスケジュールが多忙になれば、アイドルによっては「口パク」などといった形で自分の歌を、自分の想いとは離れて(仕事で、だけではなく)振りまくようなことをしなければならない。
  • L_O_Nihilum
    振りまけば、さらに知られる。しかし、それはメディアを通したアイドルとしての姿であり、歌った自分からは「気づけば遥か遠くに」遠ざかったものになっているだろう。マスコミもそれのことで取り上げて,スキャンダルになれば上げ足の取り方は尋常じゃないだろう。
  • L_O_Nihilum
    そしてイメージで持たれた自分のことをファンから突き付けられ、そういった決めつけの中で、そんな壊れた「誤差を含む不完全な Voc(ボク).」を謳わなければならなくなっていく。
  • L_O_Nihilum
    アイドルとしての仕事の中で、つらい、と思い自暴自棄になる例や、その結果自殺する、もしくは姿を消すなんてアイドルの話はよく聞く。 ~以上、私の「初音ミクの執着!と中道」より参照。
  • L_O_Nihilum
    テレビが与えるのは表象の表象でしかないのよね。だから、例えば「AKBをテレビで見る」って時、現実にAKBに出会うよりもさらに遠いとこから、しかもテレビの伝えるイメージによる其れを知ってしまう。つまり、他者に対するフィルターの数が、実際に会うより多い。
  • L_O_Nihilum
    で、ライブとかで見る、っていうのもあれ、フィルターの数は多いよね。だって、向こうの意図のように出されるわけだから。アイドルが愛・ドールとかって皮肉られたりする、つまり人形と言われるのは其れゆえだ。
  • L_O_Nihilum
    じゃあ同じシアターを使う「劇」はどうだろう。劇の出演者に対するフィルターは多いと思う。しかし、演じているキャラクター、人物へのフィルターはもっと少ない。演じている人たちそのものの意図が演じるべきキャラになってるわけで、演じている当の世界ではリアルである。
  • L_O_Nihilum
    じゃあなんで何度も上映できるの、って、そこで演じる人、という「こちらの世界での現実」での人たちに(劇に出てきている人たちの様なあれこれが)起らないからできるわけです。で、演じているキャラ自体のリアリティは、より大きい。
  • L_O_Nihilum
    一番他者のリアリティが大きいのはやっぱし、当人と出会って話せる状況である。相手、つまり他者に触れられる状況。触れるリアリティなのだと思う。
  • L_O_Nihilum
    「手紙」がときどき「ネット」より重要視される理由もそのへんがかかわっていると思う。他者のリアリティ、つまり遠い人に声を届けるっていうリアリティが、苦労の分、届くまでの時間の分保管されてるから。
  • L_O_Nihilum
    もちろん「ネット」だって、出会う事を憶え、他者と出会おうとする心持を持ったその二人にとって、他者性のリアリティは高い。依然ネットでのコミュニケーションの問題が提示されるのは、届く苦労が減ったことで、使う側のリアリティの自覚が薄れたから。ネットの罪ではなかったりする。
  • L_O_Nihilum
    (テレビもまぁ、同じなのだ)
  • L_O_Nihilum
    しかしこのようなことから、奇妙なことになぜ「アニメが悪く言われるか」「Jpopが妬まれるか」が妙に片付くのだ。
  • L_O_Nihilum
    アニメ等の魅力がわからない人にとっては、また嫌いな人にとっては…いや、そういう体質の人、は、アニメ等の世界がまず「虚構」であることを嫌がる。本のような「読む苦労」も比較的少ないクセに、簡単にその世界の情報が手に入る。それが、嫌手紙とネットの違いと同じ。
  • L_O_Nihilum
    同じく、「Jpopが嫌」とか「アイドルやAKBが嫌」という理由も、このテレビの性質からくる。テレビに映るAKB、ライブで踊るAKBを容易くテレビに映される。テレビの「イメージの」AKBが映る。それは事実「この世界にいる」,私たちの世界にいるAKBを突き放す。
  • L_O_Nihilum
    つまり、「AKB」を他者でもなんでもない『亡霊』にしちゃうのだ。だから、リアリティを感じないか、テレビ的なリアリズムが気持ち悪い。それは、アニメキャラの距離感がテレビに映っても少ないのに、現実の人間がテレビに映ると距離感が多い事、要するに、「この世界の人」である僕らの意識のせい。
  • L_O_Nihilum
    ハイデガーが僕たち人間存在のことを「Welt-in-der-Sein」(世界内存在)って言ってたのを思い出す。僕は、世界の中にいる一人の人。現実、この空間の中にいる人、っていうこと。つまり、僕にとって一番「近い他者」とは現実、"同じ世界にいる"他者である。
  • L_O_Nihilum
    次に、「劇場の人物」「虚構(幻想)作品の人物」。ちょっと順番違うかもなんだが、彼らのリアリティも現実の他者の次に近い。何故かと言えば、テレビに映る現実の他者、よりもテレビに映る虚構の他者、の方"近い"から"突き放し"が起ってないからなのだ。
  • L_O_Nihilum
    その次に近い…ていうか、結構遠のが、「他者と思わない他者」、「テレビの現実の他者」あたり。そうそう僕がドラマや日本の実写系ドラマが嫌いなのもコレなのだ。だって、広告で「誰々が演じてます」とか言って、せっかく近いハズの「登場人物」を突き放しちゃうから
  • L_O_Nihilum
    じゃあ「声優どうこう」はどうなの、って話が上がるだろうけど、声優の場合はココで恵まれている。声優≠キャラだから。演じるのは声のためだであって、映像はアニメーションに隠される。というか、アニメが「憑く」(奇跡の誤変換)ことで、声優の声はその時声優ではなくなる。キャラ「になる」。
  • L_O_Nihilum
    テレビゲームや演劇に猶更近くなる…セガのゲーム「NiGHTS」(←大好き)にて、夢の中にやってきた子供はナイツと合体して自分の世界を飛ぶ、という設定があるけど、マジであれみたいなのだ。私はあのキャラである、という状況に、ドラマ以上になりやすい。
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コメント

  • L_O_Nihilum
    現代には、ショーペンハウアーと、ゲーテと、ニーチェが必要だ
  • shikatama69ta
    漫画な人間になりたいから修行を始めた。 二次元と殴り合えたら友達です。 寝まする。
  • L_O_Nihilum
    補足・「特撮」にかんしてはどうなのか、という点についてだが、「特撮」もまた、アニメと同じ恩恵に演者が与っている。あれは実写映像にモンタージュと演出を加えた偽現実だが、しかしなぜ同じ恩恵を得てリアリティを獲得しているのか。
  • L_O_Nihilum
    コレは、まず①見る側が幼い(≒純粋である)ために、「誰が演じているのか」「誰を売り込んでいるのか」などの見方をしないから、という「享受者側の認識の逆転」があり、また②じじつ、変身等「この世にない事象」を扱う存在・現象があることによって,写されている映像の舞台が”パラレル別世界として”描かれるという「製作者側の認識の反転」が働くから。
  • L_O_Nihilum
    変身した後は、実際の撮影では、スタントマンが俳優と入れ替わり、俳優は特撮キャラの声役に回る。つまり、これによってアニメでの声優と同じ恩恵を手に入れる。彼らは俳優だが、声優でもあるがゆえに特撮という劇の縁者でいられる。すなわち②の派生として③「映像表現上の演劇的恩恵」もかかわっている。
  • L_O_Nihilum
    ではアニメなどの媒体だと必ず愛ドール化が起こらないかというと、それも違ってしまった(これがハルヒ事件であり,オタクの苦痛,ないし麻痺)。というのも、社会が突然アニメなどの文化に急に温厚になり、また製作会社のほうも芸能界と同じように役者を分離したプロモーションを行うようになったことなどが原因と考えられる。
  • L_O_Nihilum
    だから、そういう世の中向けに書いてしまったのが「動物化するポストモダン」ならば…。実は、「東もあんなの書きたくなかったんじゃないの?」っていう問いすら生まれるのです。僕には。
  • L_O_Nihilum
    遊園地のヒーローショーのヒーローは、決して変身を解かないこともあるんだぜ…それでも愛されているんだぜ…そりゃあ、そこに俳優もってこれないってことだってある。でも、それだけじゃないんだぜ…。
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