• 学府、そして考えの場所

    学ぶ場所のありよう、あり得方、在るべき仕方、の話。
    日本独特のカテゴリ「文系」に所属する学部の多くが、「理系」に比して緩やかな学問的訓練しか受けていない、という指摘とそれに続く議論・口論・揉め事があった。
    本リストはそれを受けてなされた幾つかの議論や対話の記録だ。煽りを含む文章のやり取りに私が関心を持てないので、そこは本リストには含めていない。興味の有る方は本リスト冒頭部のリンクから辿られたい。
    by tiago_pump
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コメント

  • tiago_pump
    t_hayashi 氏の発言を主として幾つか追加。
  • medicineman
    後半はむしろ文化による認知スタイルの違いの方が大きと思う。cf. チェックアイテム
  • sakiok
    一部文系大学のレジャーランド化という事態があるとして、それはある程度、政治的に用意された事態だったと感じることがある。文系の学問教育というのは非常に鋭い批判精神の育成にもつながるわけだが(例えば労働法規の理解云々含め)、少なくともここ60年ほどを考える限り、日本の官僚組織も企業もそんなものはほしがっていなかった。もちろん彼等に文系知識人を囲い込むor弾圧した独裁者のような意図した政策があったとは思えないが、漠然とした同調圧のような社会の要請という次元は考慮に入れておいてもいいと思う。
  • as1_jp
    ここで言っている「文系・理系」というのは、理系落ちこぼれを文系という言葉で分類しているだけであって、実際の専攻としての「文系・理系」とは無関係。
  • StatPhys
    RT @tricken: 僕は、自力で小室ゼミ的な環境を自分の手元になんとか引き寄せてきたけれど、自分で探したり、学友に積極的に頼ったり、しかるべき所に学費を払わないと、得られなかったよ。「対話的知」の構築を個人で掻き集めるというのは、時に徒労感を与える。自分は楽しいから、それでもやるけど。
  • yura3x3x3
    RT @tricken: たぶん、「あるべき(究極の)文系教育とは何か」という話になれば、おそらく小室直樹の演習に近いものになるんだろうな。宮台真司が、西田亮介との対談で、小室ゼミについて言及している。:http://www.miyadai.com/index.php?itemid=895
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