リブート、レイヴン #4
琵琶湖クルーズ船、グランド・オモシロイ。遊郭めいたホテルのカーボンカワラ屋根の上に、タキシードを着た偉丈夫……私立探偵タカギ・ガンドーは、月明かりと微かな赤い誘導灯に照らされながら、双眼鏡で中庭を見下ろしていた。船に住み着く何十羽もの鴉が、不思議そうにガンドーを観察している。 1
2012-02-10 22:26:14彼の横にシキベの姿はない。未熟な彼女をこの場に連れてくるのは危険すぎると判断したからだ。決戦前の静寂。琵琶湖の風が吹き付ける。湖面で静かに上下を繰り返す巨大トリイのライトアップ色が、赤から緑に変わる。彼方に聳えるキョート山脈の山肌には、『ムッジョ』の文字が照らし出されていた。 2
2012-02-10 22:35:22ガンドーはここ数日間のことを反芻していた。より具体的には、シキベ・タカコのことだ。3ヶ月の期限付雇用は、明日で終わりを迎える。その先、どうすべきか。当初の予定通り、3ヶ月の給料に色を付けて渡し、彼女に相応しいマットウな世界へ送り出すか。あるいは……正式な助手として迎えるか。 3
2012-02-10 22:45:02クルゼの死後、打ち捨てられた重機めいて錆付く一方だったガンドー。この3ヶ月で油が差され、ぎこちなく再起動を始めた。だが黄金時代に比べれば、彼の肉体やニューロンは輝きを失っている。そこへ、シキベの未熟な感情の暴発が、小さな種火を与えた。炉に点火し、彼の重いケツを蹴り上げたのだ。 4
2012-02-10 22:55:40無論、こうして思考を続けつつも、警戒は怠らない。ただ、ズバリで昂揚したニューロンが、その演算能力を持て余しているのだ。……シキベの処遇について、回答を先送りにし続けてきたことを、ガンドーは内省のうちに認めざるを得なかった。錆付きだけでなく、自分の中に迷いと弱さがあったことを。 5
2012-02-10 23:07:25雇うにせよ、巣立たせるにせよ、シキベには教えるべきことがある。この事件の依頼人も、結局はスズキ・キヨシと同類の人間なのだ。しかし、そのカネがなければ事務所は倒産し、先日の少女……第二のシキベも救えなかった。不条理を飲み込まねば、マッポーの世では生きて行けない。タフであらねば。 6
2012-02-10 23:17:13同時に、あの未熟で小さな火を忘れてはいけないのだ。ガンドー探偵事務所の看板に掲げられた、ガンドー(平安時代の懐中灯)を持つ三本足の鴉に、彼はその想いを込めたはずだった。ガキの頃に与えられた、あの太陽の火を。いつしか、見失っていた。それをシキベ・タカコが持って帰ってきてくれた。 7
2012-02-10 23:23:37おっと、ここまでだ。ゲーゲーと鴉たちが鳴き始めた。中庭でファンシーな七色のライトが輝き、重低音の効いたカワイイテクノが響き始める。「ブッダ、機嫌はどうだい?」ガンドーは思案を止め、全神経を中庭に集中させた。特設ステージで、ネコネコカワイイによる屋外ライブが始まろうとしていた。 8
2012-02-10 23:30:49「コンバンワー!」「キョート!コンバンワー!」スモークの柱が立ち上り、屋外ステージに2体のオイランドロイドが現れる。BPM133のカワイイテクノに合わせ、驚くほどの人間味でダンス。そして脚をW字にネコネコカワイイジャンプを決めた。「スゴイ!」「スゴスギル!」観客は拍手喝采! 10
2012-02-10 23:45:52中庭に作られた特設ステージは豪華絢爛であり、オムラグループの意気込みを感じさせる。バックに積み上げられた大型ビヨンボは、伝説のウキヨエ師葛飾北斎が描いた逸品で時価数千億。中央には国宝級アーティファクトであるトクガワ・エドの武者甲冑。経済でも東が再び西を征伐するという暗喩か。 11
2012-02-10 23:59:44「最近女性とうまく付き合えない」「そんな症状は出ていませんか?」「ビョウキかもしれません!」ネコネコカワイイはサイバーステップを刻みながらMCパフォーマンス「薬を飲むの?」「いいえ!オムラ・メディテック社のオイランドロイドが解決します!」「「一部医療保険適用ヤッター!!」」 12
2012-02-11 00:04:42「これはスゴイぞ、君」和服を着て右眼をサイバーアイ化した老人が、扇子で口元を隠し、美人秘書に耳打ちした「今すぐネオサイタマ株式市場にアクセスし、オムラ・メディテックの株を買うんだ!力強く!」彼は経済界の大物の一人だ。キョートからネオサイタマへと、大量のカネが流れ込み始める! 13
2012-02-11 00:13:37観客を煽るようにBMPは上昇し、極彩色のテクノビームやLEDカタカナがビヨンボを染める。静かな狂熱に包まれ始めるグランド・オモシロイ。それを見つめるオムラ社員たちは、ほっと胸を撫で下ろした。プレゼンは大成功だ。「……あれ?」しかし1人が異常に気付く「スモークが……出過ぎだ」 14
2012-02-11 00:19:54彼が指摘する通り、ステージから吹き出すスモークの量がおかしい。リハーサル時の10倍はある。そもそもスモークの質が違う。これではまるで煙幕グレネード弾めいている!「タイムイズマネー!早く何とかするんだ!台無しになるぞ!」「アッハイ!ヨロコンデー!」技術者がステージへ駆ける! 15
2012-02-11 00:26:49「アイエエエ!」接近したオムラ技術者が悲鳴を上げる!ひときわ猛烈な煙幕がステージ上だけでなく全側面から同時に噴出したのだ!ブリザードに飲み込まれたかのように、目の前が真っ白になる!すわ、テロルか?観客たちも異常に気付き逃げようとするが、白い煙幕は容赦なく彼らをも飲み込んだ! 16
2012-02-11 00:34:15バラバラバラバラ!プロペラ音が接近。船に搭載された脱出用中型ヘリの一機だ。「何だこれは?」「操縦席には誰もいないぞ!無人だ!アイエエエエエ!」警備員たちはライトとジッテを構えて空を見上げる。「……フフッ、遠隔操縦さ」ホテル中階層の展望席では、1人の若者がプロポを握っていた。 17
2012-02-11 00:42:12ヘリは特設ステージの真上へと移動し、強化カーボン製の縄梯子を投げ落とす。その先に掴まっているのは、ハンニャ・オメーンと黒いマントを纏った怪盗スズキ・キヨシ!何たるレトロな演出か!「ハーッハハハハハ!ガイオンの紳士淑女の皆さん、コンバンワー!この煙幕は無害だ!安心したまえ!」 18
2012-02-11 00:50:37「キヨシ=サンだわ!」観客席から黄色い歓声が上がる。ガイオン上層の女性達にとって彼は、知的でミステリアスで危険なオム・ファタールなのだ。コケシは優越感に口角を小さく吊り上げる。彼の獲物は一体何か!?縄梯子の先に備わった超磁力マグネットが……武者鎧のショーケース上部に吸着! 19
2012-02-11 00:57:23「確かに頂くぞ!」スズキ・キヨシの高笑いとともに、ヘリは上昇!「何をボンヤリ見ている!イディオットか!?撃て!撃てーッ!」オムラ重役が血相を変えて叫ぶ。あの鎧を失ってネオサイタマに帰る事になったら、セプクでは済まない。BLAM!BLAM!警備員がスズキ・キヨシへと発砲する! 20
2012-02-11 01:02:36「アイエエエエエ!」一部の女性は、惨事を予感して目を覆った。失禁し卒倒する者すらいる!だが……ナムアミダブツ!銃弾は豆鉄砲のように弾き返された!「こういうことだ!」スズキ・キヨシはマントを翻した。彼の体を覆っていたのは、数ヶ月前に盗んだLAN制御型最新鋭プロテクタースーツ! 21
2012-02-11 01:06:35このガジェットを明かすと、それまで勿体ぶるようにゆっくり上昇していたヘリは、その速度を速めた。「フフッ、一丁あがりだ、イージーモードのゲームだね」プロポがほくそ笑む。スズキ・キヨシもまた、遠ざかる中庭と躍り続けるネコネコカワイイを見ながら、今夜の劇場犯罪を自画自賛していた。 22
2012-02-11 01:11:15下界の喧騒から遠く離れたカワラ屋根の上。ひゅうと、寂しい琵琶湖の風が吹いた。ヘリの軌道を予測しながら、ガンドーは助走を開始する。「オイオイ、届くかな。落ちたら笑ってくれよ、シキベ=サン」始めは蒸気機関車のように重い足取りで。次第に速度が乗る。「遊びは終わりだぜ、坊ちゃん!」 23
2012-02-11 01:19:51「イイイイヤアアアアーッ!」タカギ・ガンドーは全速力でカワラ屋根の上を疾駆した!鴉たちがゲーゲーと鳴きながらカワラを飛び立つ!「アイエッ!?」その姿を認め、困惑するスズキ・キヨシ!腰に吊ったオートマチック拳銃を抜き、発砲!銃弾がガンドーの頬をかすめる!もう一発は脇腹に浅く! 24
2012-02-11 01:25:23