チューブド・マグロ・ライフサイクル #1

翻訳チームによるサイバーパンク・ニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」リアルタイム翻訳 (原作:Bradley Bond-san & Philip Ninj@ Morzez-san) ニンジャスレイヤー公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 続きを読む
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

第2部「キョート殺伐都市」より 「チューブド・マグロ・ライフサイクル」

2012-03-14 22:38:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

基盤めいて整然と走るアッパーガイオンの街路に、夕暮れ刻を報せる鐘の音が鳴り響く。サイバーサングラスで眼を保護した観光客らは、五重塔のシルエットに重なった沈み行く夕陽をカメラに収め、キョート・リパブリックの誇る奥ゆかしい美しさに感服していた。 1

2012-03-14 22:46:55
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同時刻。数百メートル真下。アンダーガイオン下層部の工場エリアでも、第1シフト労働終了を告げる雅楽的サイレンが鳴っていた。地下都市アンダーガイオンに夕暮れは無い。ガコン、ガコンという武骨な機械音が上空で鳴り響き、擬似太陽が消灯される。ディジタル的に一日のサイクルが形作られる。 2

2012-03-14 22:53:54
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オレンジ色の作業服を着た労働者ヨシチュニ・ヒロシは、監視ゲートで労働賃金を受け取ると、オミヤゲ・ペナント工場を後にした。労働者の群れは、今夜のスシや電脳マイコセンターを求め、魚群めいてオイシイ・ストリートへ向かう。ヒロシも数時間ぶりにIRC端末を操作しながら、流れに乗った。 3

2012-03-14 23:04:32
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労働者達は、マグロ&ドラゴン社の経営するファストフード・チェーン店「ネギトロ・ゲンキナ」の列に並んだ。後頭部に極彩色のLANチューブを何本もインプラントされて尾びれを動かす、マグロの立体カンバンがトレードマークだ。「全機械化」「人件費が無くて安い」などのノボリが威勢よく躍る。 4

2012-03-14 23:14:23
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店内に席は無い。ヒロシは硬貨をスリットに入れ、重点シールが貼られた「ネギトロ」ボタンを押す。オブツダンめいた小型ドアが静かに開き、樹脂製ドンブリに入った米が落下してくる。続いて蛇口めいた装置が突き出し、旨そうなネギトロをトッピングした。ヒロシはそれを持って店外に出る。 5

2012-03-14 23:30:44
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アンダーガイオンの夜は暗い。ヨシチュニは下層行きリフトに向かって路地を歩く。彼はまだ若く、未来に漠然とした希望を抱いていた。いつかこのサイクルから抜け出し、観光業に就いて上層に行くのだと。そのためにもマグロは欠かせない。上質なウマミ成分はニューロンをテクノ活性化させるからだ。 6

2012-03-14 23:44:23
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むろん、ドンブリ・ポン社やマグロ&ドラゴン社のケミカル加工ネギトロには、テクノウマミ成分など含まれていない。知能指数が上がった気がするのは、プラシーボ効果だ。リアル大トロ粉末などは、ヤクザが闇社会で流通させており、目が飛び出るほどの末端価格となっている。ヨシチュニとは無縁だ。 7

2012-03-14 23:55:53
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「ニィイイイイーッ!ニィイイイイーッ!」ネギトロの臭いをかぎつけ、路地裏に隠れていた薄汚い鹿が駆け寄ってきた!「アイエエエエエ!?」携帯IRCに熱中していたヨシチュニは、接近を許してしまう!ウカツ!鹿たちは彼の手からビニル袋を引っ手繰ると、重金属粉塵まみれの地面に叩き落とす! 8

2012-03-15 00:02:38
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「ブッダファック!」ヨシチュニは口汚い罵りの言葉を吐きながら、鹿を追い払おうとする。だが暴力を振るうことはできない。鹿はブディズムにおけるホーリーアニマルであり、キョートでは手厚く保護されているからだ。ガイオン上層で観光客を楽しませる高貴な鹿はむろん、下層の鹿も同様である。 9

2012-03-15 00:08:59
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このまま彼はマグロを奪われてしまうのか?その時!大型サファリカーめいた武装車がストリートに止まり、鹿を引き寄せる特定周波数テクノを流した。鹿たちが引き寄せられる!「ドッソイオラーッ!」「ニィイイイイーッ!?」車の屋根に乗っていたスモトリ作業員が、サスマタで容赦なく鹿を捕獲! 10

2012-03-15 00:17:09
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大型武装車の中には、すでに十数匹の鹿が捕獲されているようだ。それとは別に、数名の下層労働者が乗っている。「これは何ですか?」ヨシチュニは運転席に近づく。助手席にいたガスマスクの男が、運転手に何か指示した。運転手はにこやかに答える。「ドーモ、簡単なアルバイトをしませんか?」 11

2012-03-15 00:31:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「どんなアルバイトですか?」「……まあ、鹿に関することだよ。見ての通りね。市当局の許可も得てる、合法な仕事だ。今乗るなら、すぐに1万円渡すよ。市民証、見せて」運転手がスキャナをかざす。ヨシチュニ・ヒロシ。20歳。第9階層。選挙権無し。身寄りも無し。理想的なアルバイターだ。 12

2012-03-15 21:27:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「乗らないンなら、もう行くよ?」「アッハイ、乗ります」ヨシチュニは慌てる。黒いスーツを着た、双子のように同じ背格好の作業員が後部ドアを開け、懐から機械的な動きで万札を取り出してヨシチュニに渡した。それから携帯IRC端末の電源を切らせると、彼を鹿といっしょに車内に詰め込んだ。 13

2012-03-15 21:33:59
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一体何のバイトか、とヨシチュニは少しだけ不安になった。幸いにも、仕事上がりにタノシイドリンクを飲んだので、彼の思考はたいへんポジティブである。最下層やネオサイタマなら、このままどこかに拉致されて臓器を取られてもおかしくないが、ここは第8階層だ……そんな無法、あるワケがない。 14

2012-03-15 21:42:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ネコ、ネコ、カワイイー…!ネコ、ネコ、カワイイー…!」錆び付いたスピーカから無機質なカワイイテクノが流れる。そこは観光バスほどの広さで、椅子は無い。人間と鹿は金網で分けられていた。車内は鹿糞尿の悪臭で満ちているが、彼は気にせず踵でリズムを取り、ネギトロを胃袋に詰め込んだ。 15

2012-03-15 21:56:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

フフッ、思いがけない副収入だ、とヨシチュニはポケット内の万札の手触りを確かめた。それからボロボロの観光ハンドブックを取り出し、キョートの歴史を勉強する。2年前に旅行者から貰ったものだ。いつか優秀なガイドになるためには、キョートの地理や歴史や遺跡に詳しくなければならない。 16

2012-03-15 22:06:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ネコネコカワイイのCDを買ったら、残ったカネは手術のために貯金しよう、と彼は考える。違法サイバネ手術を受けて脳内HDDとバイオLAN端子を埋め込めば、外国語を覚えたり年号を暗記する手間は省けるはずなので、今勉強するのは大まかなイメージだけで十分だ、とヨシチュニは考えていた。 17

2012-03-15 22:17:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ページを手繰る指は、アッパーガイオンのオイラン地区情報でぴたりと止まる。「十万円かア……スゴイんだろうなア……!」考えたことも無かった。ポケットの中に指を伸ばし、万札を撫でる。バイトが終わる頃には、十万円が手に入っているかもしれない。そう考えると、ケミカルな笑みがこぼれた。 18

2012-03-15 22:30:28
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「トンネル入るドスエ」電子マイコ音声が流れ、窓の外の装甲シャッターが下りると、光は薄緑のLED灯だけになった。さて、勉強は終わりだ、とヨシチュニは本を閉じる。そして車内を見渡す。彼は最近「ガイドに必要不可欠なのは、観察力とコミュニケーション能力だ」という大きな事実を知った。 19

2012-03-15 22:38:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(((その2つなら、生まれた時から得意だ)))ヨシチュニは笑みを浮かべる。車内の人数は、ざっと10数名。自分よりいくらか歳上の、ぼんやりとした表情の労働者、パンクス、無軌道学生がほとんど……だがその中に一人だけ、明らかに眼の輝きの違う男がいた。ヨシチュニは興味を惹かれた。 20

2012-03-15 22:48:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

鹿にセンベイを与えるその男の眼は、しかし、サツバツとした危険な輝きを宿していた。細身のサイバーブルゾン。腕と脚に金属製ギプスめいたパンク装飾。ターコイズ色のモヒカン。眉は剃り落とされ、焦燥に満ちた青い眼は、サンドペーパーで擦られたビー玉のようにザラついたアトモスフィアだ。 21

2012-03-15 22:59:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ドーモ、ヨシチュニです」「ドーモ……マサムネです」モヒカンは彼を観察するように上から下まで眼を二度往復させ、そう言った。予想外に、秘めた知性を感じさせる物腰だった。「……何で俺に話しかけた?」「コミュニケーションの練習で」ヨシチュニが屈託なく笑う「観光ガイドになるために」 22

2012-03-15 23:11:33