ずん子の放課後は一杯のコーヒーから……ではなく、ざるいっぱいの枝豆さんたちへのあいさつから始まります。 学校から帰ってきたら、すぐに着替えて台所へ。趣味と実益をかねたずんだ作りが、彼女の日課です。
2012-06-13 19:47:49愛しい愛しい枝豆さんたちにごあいさつするため、ずん子は満面の笑みで冷凍庫を開けて――硬直しました。 常に枝豆さんで一杯になっているはずの彼女の家『東北家』の冷凍庫。 家族からの冷たい視線にも耐え、夏はアイスまとめ買いの誘惑を振り切って枝豆さんたちに捧げた冷凍庫。その中身が――。
2012-06-13 19:48:44ずん子は振り返ります。確かに昨日はあったはずなのです。 東北家の枝豆さん買い出し日は毎週月曜日で、買ってきた枝豆はすぐに茹で、ちゃんと曜日ごと小袋に分けて保管しています。 家族はみんな冷凍庫さんの存在をなかったものとして生活しているし、誰かが勝手に触れるなんてことはないはずです。
2012-06-13 19:50:08同棲中の思い人に「さがさないでください」と家出されたかのごとく床にへたり込んでいるずん子の背後から、遠慮がちのかわいらしい声が聞こえました。 ずん子は流れる涙もそのままに、悲劇のヒロインの失意を隠すことも忘れ、その声の方へと振り返ります。
2012-06-14 00:21:03無表情な妹――きりたんは、膝を抱えてヘコむずん子の横をとてとてと通り抜けると、冷凍庫の前で立ち止まりました。かがまないと中がのぞけないずん子と違って、きりたんは冷凍庫の高さにぴったりサイズ。そのせいか、あるいは元々の性格か、彼女は特にリアクションもせずに、一度だけ小さく頷きます。
2012-06-13 19:53:37豆の成長過程のうち、枝豆さんの時期だけ彼らと意思疎通ができる。 落雷を浴びて以来の、ずん子の得意技です。 経験上、枝豆さん期というのは人間の思春期と同じく難しい年頃ですから、いつかこういう日が来るのでは、と覚悟してはいましたが――、
2012-06-13 19:56:01――家出かどうかはどうでもいいですが……ずんねえさま、枝豆がご入用なら買ってまいりますよ。もし本当に家出したのであれば――お仲間のお話を聞いて、捜索に当たるべきかと。
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