山本七平botまとめ/「アントニーの詐術⑤」/~アンチ・アントニーの存在を認めない者は”日本軍”同様と見なす~
- yamamoto7hei
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1】そして「扇動」という意識なくこの論理で話を進め、相手の判断を規制していって、命令同様の効果をあげるのが「軍人的断言法の迂説的話法」である。勿論「直接話法」も併用するが、それは次に譲って、まずこの「アントニーの原則」の「三つの詐術」からはじめよう。<『ある異常体験者の偏見』
2012-06-29 18:22:042】すなわち、それは ①編集の詐術、 ②問いかけの詐術、 ③一体感の詐術、 この三つである。 まず①から説明する。①編集の詐術。これは編集者なら説明なくしてわかることと思う。これを知らない編集者がいるはずがなく、もしいれば、その人は「編集者失格」である。
2012-06-29 18:58:293】編集という仕事を知らない読者の為に少し詳しく説明しよう。アントニーはまずシーザーの死体を示す、これは事実である。最後に「遺言状」を示す。これも事実である。そしてこの二つの間を事実・事実・事実でつなぐ。これも事実である。全て一点疑いなき事実であって誰もこれを否定できない。
2012-06-29 19:21:384】ところが実はこれが「トリック」なのである。なぜか、もう一度いうが編集者なら御存知であろう。説明の必要はあるまい。知らないならまだよい。だが、知っててこれをやってはいけない。
2012-06-29 19:58:285】少なくとも編集という仕事をしている人間にとって、常に直面しなければならないのが「事実に基づくトリック」をどうやって克服するかという問題のはずだからである。自分の体験に基づいて非常にわかりやすい例をあげよう。前に私のところで『ジョン・バチェラーの手紙』という本を出した。
2012-06-29 20:21:546】この本は有名な「アイヌの父」ジョン・バチェラーの手紙を集められるだけ集めて、それを編年史的に編集し、手紙という「事実」だけで構成した「伝記」を作ろうと意図したものであった。もちろん絶対に手紙の内容には手をふれない。…ところがこれが何年かかっても本にならない。
2012-06-29 20:58:377】この場合はちょっと特別で、私自身が何とも編集できなくなってしまったからである。バチェラーのような人は、元来「可もなし不可もなし」の筈かなく、従って非常に性格のきつい面、いわば相当に「我」が強い面があり、いわゆる「敵」も多く、従ってバチェラー嫌いという人もいる。
2012-06-29 21:22:208】一方アイヌの間では「神様のような人」というのが定評であった。また日本人の中にもファンがおり、その事業を高く評価する人もいれば「売名屋で、アイヌをくいものにし、上流社会にとりいった」という人もいる。しかし世評はどうでもいい。「事実」を知りたい。
2012-06-29 21:58:219】そこで「手紙という事実」だけを集めた。ところがどうにもならない――というのは編集の仕方でどうにでもなる。ある「手紙という事実」だけを集めてつなげれば彼は文字通り神様になってしまう。そしてそれが確かに事実だけなのである。
2012-06-29 22:22:0310】ところが別の「手紙という事実」だけを集めて並べれば彼は「アイヌをくいものにした、くわせもの」になってしまう。そしてそれも、まぎれもない事実なのである。
2012-06-29 22:58:3311】従って、そのようにしていけば手紙の集め方で「売名屋」であれ「上流社会にとり入った男」であれ…全く自由自在、編集者の指先一つで、何とでもなる――それでいて、並べてつなげているのは、まぎれもない、動かすことのできない、本人が書いた手紙という「事実」なのである。
2012-06-29 23:21:5612】一体全体どうしたらよいか。とうとう最後には、思いあまって、結局何もかも含めて全部の手紙をただ年代順に並べ、恐ろしく膨大なものを出版した。いわばどうにもならなくなっての「編集放棄」であり…従って正直にいえば、本当は投げ出したのである。
2012-06-29 23:58:2913】バチェラーという一人間、そうスケールは大きくない一人間の生涯すら「事実」だけで構成して、神様にもできればおそらく悪魔にもできる。これが毛沢東ともなれば「事実」だけで構成しても、神様にも悪魔にも仕立てあげることができて当然である。
2012-06-30 00:21:1814】これが更に規模が大きく複雑な対象、例えば日本軍ともなれば「事実」の編集だけで「神兵」にもなれば「獣兵」にもなろう。当然である。人間は神と獣の中間だそうだから、編集の仕方で「神兵」にも「獣兵」にもなるとすれば、それは日本の兵士は人間であったという証拠のようなものであろう。
2012-06-30 00:58:1115】だが更にこれとは桁違いというべき想像を絶する巨大な「中国」というような対象となれば「事実」の並べ方だけで「天国」にもなれば「地獄」にもなるのは当たり前であって、そうならなければ不思議である。
2012-06-30 01:20:5816】編集者なら、そんなことはわかりきったことのはずである。アントニーは、扇動の第一歩として、シーザーを「神様」にする「事実」だけを編集しているわけである。そしてその一片一片の事実は…あくまでも事実だから、だれもそれを事実でないということはできない。
2012-06-30 01:58:1617】典型的な「編集の詐術」なのであり、これが実は扇動の基本であり、また「判断の規制」の基本なのである。新聞が偏向しているとかいないとかいう議論があるが如何に偏向しまいと思っても全ての出版物は結局は何らかの偏向を免れる事はできないのであって、今私か書いている事も勿論偏向している。
2012-06-30 02:21:1118】従って私ははっきり「偏見」とことわっている。確かに偏見とか偏向とかは非常に困った事だが、これを是正する方法は実は一つしかないのである。それは「アンチ・アントニーの存在を認める」という以外にない。
2012-06-30 02:58:1319】即ちシーザーの死体の頭の処にアントニーが立って、事実・事実・問いかけ、を繰り返していると、同時にシーザーの死体の足の処に「アンチ・アントニー」が立って、同じような方法で、アントニーの言う「事実」に反する「事実」を、同じように、事実・事実・問いかけという形で述べる以外にない。
2012-06-30 03:21:0720】ここで聴衆は、相反する二つの事実を示される事によって「自分の判断」ができるはずである。従って真に「偏向」しているものは何かといえば、それは「アンチ・アントニー」の存在を認めず、あらゆる方法でそれを排除し、その口をふさいでしまう者のはずである。
2012-06-30 03:58:0821】日本軍は絶対に「アンチ・アントニー」の存在を認めない。従って、この存在を認めない者を、私は日本軍同様と見なす。それが何と呼ばれていようと――。ところがアメリカ軍はそうでないのである。そのために発令者が全責任を負う「命令」というものが明確に存在するのである。
2012-06-30 04:21:0222】すなわち「命令」という形式が存在することは、対立意見があることを前提としているのであって「アントニーの詐術」には命令は存在しえないのである。そして明確な命令があってはじめて責任の所在が明らかになる。しかし扇動には責任者が存在するはずはないのである。
2012-06-30 04:58:1823】私は偏向者にも扇動者にもなりたくない。そういうものはもうたくさんである。私は自分の言うことを偏見とことわっているのだから…徹底的に反論してもらいたい。罵詈讒謗でも悪ロでも何でもかまわない。…というのは、反論されれば、同時に、資料も提出してもらえるからである。
2012-06-30 05:21:0124】私にとっては、これくらい有難いことはない。どうか私を徹底的にやっつけて下さるようお願いする―ーもちろんその節は、その反論は全部「資料」として私の方にいただく。それをしてはじめて事実が解明できるはずである。
2012-06-30 05:58:0925】同時にそれはアントニーとアンチ・アントニーが併存することだから、私は絶対に扇動者にならないですむから。これがおそらく「アントニーの原則」の「①編集の詐術」から自分も脱却でき、また、聴衆にも読者にも何の迷感もかけずにすむ、唯一の方法ではないかと思う。
2012-06-30 06:21:02