大正100年雑感

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氏家法雄 @ujikenorio

「戦後の教育を受けた私自身の中には、中国や韓国の人々に対する民族的な優越感は見いだせない。日本人の多くに差別意識があったというのは全くの謎で」……っていうのは「え!」とは思うが紹介。記者の目:「大正100年」を取材して=大井浩一 :毎日新聞http://t.co/4GOmMwQD

2012-08-10 01:35:04

記者の目:「大正100年」を取材して=大井浩一
毎日新聞 2012年08月08日 00時21分

 明治から大正に元号が変わったのは、ちょうど100年前の1912年7月30日。大正時代は第一次世界大戦や米騒動、ロシア革命などが相次いだ激動期だった。そこから今の日本を考えるための教訓を得られるのではないかと、私は昨年、シリーズ「大正100年−−歴史に探る日本の針路」(月1回掲載)を担当し、取材した。中でも10万人を超す死者・行方不明者を出した関東大震災(1923年)は、その後の社会のあり方に深い傷を残したことを知った。そこには東日本大震災と原発事故後の日本社会を議論するうえでも、重要な視点が含まれていると思う。

 ◇「民衆の自信喪失」の教訓重く
 「やはり震災は社会全体として、あまり振り返りたくない記憶だったでしょうね」

 昨年夏、関東大震災に関する取材に鈴木淳・東大准教授(日本近代史)は答えた。私の質問は大震災からの復興が当時の人々にとって「成功体験」となったのでは、という推測をぶつけたものだが、鈴木さんの答えは逆だった。理由は震災の際に起きた朝鮮人などの虐殺事件にあった。

 そもそも「大正デモクラシー」と呼ばれるように、大正期は護憲運動をはじめ民衆による社会運動が盛んになったことで知られる。一方で、私には理解できないことも多かった。例えば、中国の辛亥革命(11年)に共感した日本人が多くいたのに、なぜ中国での日本の権益拡大を求める「21カ条要求」(15年)を突きつけるなど、強硬な姿勢を取るようになったのか。関東大震災の時、なぜ一般民衆までが数千人もの朝鮮人を虐殺する惨事を引き起こしたのか。

 ◇今は理解不能な虐殺事件の原因
 戦後の教育を受けた私自身の中には、中国や韓国の人々に対する民族的な優越感は見いだせない。日本人の多くに差別意識があったというのは全くの謎で、当初から自分なりに答えを探したいと考えていた。そして東日本大震災の後、関東大震災はいっそう大切なテーマとなり、歴史学者や地震学者、体験を語り継ぐ市民らに取材を重ねた。

 関東大震災直後、壊滅状態となった被災地などでは、朝鮮人が暴動を起こすといった根拠のない流言が飛び交った。軍隊や警察だけでなく自主的に地域の警戒に当たる「自警団」を組織した民衆も進んで虐殺に加わった。朝鮮人と疑われた中国人、時には日本人までが殺された。「植民地支配で圧政を加えた罪悪感の裏返しの恐怖」といった説明は頭で分かっても納得できるところまではいかない。

 そんな中で取材した一人が鈴木さんである。当時の人々にとって関東大震災が「振り返りたくない記憶」になったのは、大正デモクラシー自体の矛盾に根差していた。鈴木さんによると自警団の中心を担ったのは青年団や在郷軍人会の人々だった。彼らは大正時代に東京などで多発した水害をきっかけに災害時に組織的に出動するようになった。

 「大正期は、いわばボランティアの時代の始まり。デモクラシーの思想の下で、民衆は都市で重要な役割を担い、新しい自治の担い手となりかけていた。ところが関東大震災の際、自警団は流言を信じて朝鮮人を迫害し、町内を守ろうとして通行人に怖い思いをさせてしまった。『ボランティアでは必ずしもうまくいかない』という自治に対する民衆の自信喪失があらわになったと思う」

 直後に行政から、食料配給のため全住民を把握する町内会の結成を要請され、昭和の戦時期の隣組につながる「行政の下請け」的な色彩の濃い町内会が被災地全域で組織されていったという。他のテーマの取材からも、大正期の民衆運動そのものに、戦時体制につながる要素が含まれていたことが分かってきた。

 「なぜ虐殺が起きたか」の謎は解決できなかったが、私はこう考えるようになった。「100年近くたてば自分の国の出来事でも理解できなくなることはあり得るのだ」と。それが歴史であり、だからこそ事実の検証は不可欠だ。

 ◇やがて問われる原発対応の是非

 今、原発事故への対応が深刻な問題になっている。これは歴史の審判を受けるに違いない、日本にとっての重大な分岐点だ。その対応いかんでは100年後の日本人に「なぜ平成時代の人々は震災後に原発を廃止しなかったのか」と理解できない思いを抱かせるかもしれない。あるいは、「なぜ震災後、原発を制御する技術開発に全力を投入しなかったのか」と思わせる可能性もある。後世の評価に堪える「答え」を見つけ出すのは難しい。だが、大正以降の民衆が自信喪失から無謀な戦争に至り、敗戦を招いたような「亡国の愚」だけは避けなければならない。(東京学芸部)

氏家法雄 @ujikenorio

「大正期は…ボランティアの時代の始まり。デモクラシーの思想の下で、民衆は…新しい自治の担い手となりかけていた。ところが関東大震災の際、自警団は流言を信じて朝鮮人を迫害し、『ボランティアでは必ずしもうまくいかない』という自治に対する民衆の自信喪失」。毎日記者の眼。これは確か。

2012-08-10 01:51:03
氏家法雄 @ujikenorio

ただし「当時の人々にとって関東大震災が『振り返りたくない記憶』になったのは、大正デモクラシー自体の矛盾に根差していた」というのは早計。前者は流血に由来するが、後者を全否定できない。記者の目:「大正100年」を取材して=大井浩一 :毎日新聞http://t.co/mLLvhGgp

2012-08-10 01:54:08
氏家法雄 @ujikenorio

大正デモクラシーは思想の実験場だったと思う。旗手のクリスチャンデモクラット吉野作造は、最後には、「無政府主義的ユートピア」にまで踏み込んでいる。相互に干渉しない共同体こそ、脱構築された最終形として。加えて吉野は「内にデモクラ、外に帝国主義」でもない…から50年前の教科書再論は凹む

2012-08-10 01:59:39
氏家法雄 @ujikenorio

ただネ、先の「記者の眼」「『100年近くたてば自分の国の出来事でも理解できなくなることはあり得るのだ』と。それが歴史であり、だからこそ事実の検証は不可欠」はマンマです。 http://t.co/mLLvhGgp

2012-08-10 02:05:49
@hugu100

この記者の記事面白い。最後の原発の話はこじつけただけでアレだけれども。個人的には戦間期は参加と操作の時代だと思ってる。参加意欲の高まった社会と、それに対する国やマスコミの操作技術

2012-08-10 22:35:56
@hugu100

参加意欲が高まる時代は、同時に指導してもらう神様的なのが求められますな

2012-08-10 22:36:48
G座Y一先生の親友@空想上 @syakekan

尾崎行雄は日本のボランティアの元祖の一人。義勇軍を組織して、清を朝鮮から追い払おうと…

2012-08-10 01:56:37
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j

「ボランティア軍かもだぜ」(字幕:戸田奈津子) RT @syakekan: 尾崎行雄は日本のボランティアの元祖の一人。義勇軍を組織して、清を朝鮮から追い払おうと…

2012-08-10 01:59:44
氏家法雄 @ujikenorio

R・ソルニット『災害ユートピア』(亜紀書房)も読んでおくべき一冊と思う。「人間とは何か」を理解する上でね。女史の講演はこちら→レベッカ・ソルニット来日講演「災害ユートピア論」から検証する3.11 1/3 http://t.co/7sVL1Kak

2012-08-10 02:19:03
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j

@syakekan @ujikenorio 災害ユートピア読んでて思ったのが、救援活動する市民も虐殺に走る自警団も動機は近い、という論点を意図的に無視してないかってことなんですよねえ。あるいは自警団の名の下にヒャッハーしたいDQNが潜在的にいるか

2012-08-10 01:55:23
G座Y一先生の親友@空想上 @syakekan

大正デモクラシーは日比谷焼き討ちから始まったと言われていますし RT @lm700j syakekan @ujikenorio 災害ユートピア読んでて思ったのが、救援活動する市民も虐殺に走る自警団も動機は近い、という論点を意図的に無視してないかってことなんですよねえ。

2012-08-10 01:59:48
氏家法雄 @ujikenorio

ちょうどこの後の10年で都合のいい形で利益誘導されますよね。 RT @syakekan: 大正デモクラシーは日比谷焼き討ちから始まったと言われていますし RT @lm700j 災害ユートピア読んでて思ったのが、救援活動する市民も虐殺に走る自警団も動機は近い、という論点を…

2012-08-10 02:02:45
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j

大正というと児島襄の平和の失速読んで二大政党制って糞なんじゃという嫌な予感がしたのが小泉政権の時。大正から先を繰り返さないといいのですがね@ujikenorio: ちょうどこの後の10年で都合のいい形で利益誘導されますよね。 RT @syakekan: @lm700j

2012-08-10 02:08:39
氏家法雄 @ujikenorio

近刊の『治安維持法』中公新書を読むと分かりますが、治安立法は政党内閣で成立。成立後、テロルから防護で改悪という経緯。致命的打撃を与える統帥権干犯問題も、軍部の越権的干渉よりも、他党disで政党政治家が軍部を引き込んだって経緯ですから(涙 RT @lm700j: 大正というと児島襄

2012-08-10 02:14:21
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j

@ujikenorio ありゃもう完全に政党政治の自殺ですよ。http://t.co/fvzjcn3W これの>>468の「やってはならんこと」だったわけで

2012-08-10 02:18:11

それにつけても金のほしさよ  ハンニバル・やる夫・バルカスがローマに喧嘩を売るようです 第十八章 敗戦始末
http://snudge.blog38.fc2.com/blog-entry-165.html

かいつまむと、第二次ポエニ戦争後に多大な賠償金をろーまからふっかけたれたカルタゴだが、権力を握ったハンニバルは税金を横取りする貴族層への影響を排除し内政を改革する。貴族層はハンニバルを追い出すためにローマに讒言をすする。やってはならんこと、である

氏家法雄 @ujikenorio

ここ10年、その再来に恐怖しています RT @lm700j: @ujikenorio ありゃもう完全に政党政治の自殺ですよ。http://t.co/NkL8LlR7 これの>>468の「やってはならんこと」だったわけで

2012-08-10 02:27:09
G座Y一先生の親友@空想上 @syakekan

政権交代時の総理が鳩山だった悲劇 RT @lm700j 大正というと児島襄の平和の失速読んで二大政党制って糞なんじゃという嫌な予感がしたのが小泉政権の時。大正から先を繰り返さないといいのですがね@ujikenorio: ちょうどこの後の10年で都合のいい形で利益誘導されますよね。

2012-08-10 02:15:24
氏家法雄 @ujikenorio

チャップリンの自伝の一節を想起しました(涙 RT @syakekan: 政権交代時の総理が鳩山だった悲劇 RT @lm700j 大正というと児島襄の平和の失速読んで二大政党制って糞なんじゃという嫌な予感がしたのが小泉政権の時。大正から先を繰り返さないといいの…

2012-08-10 02:25:53
for document @shiso_ume

阪神・淡路大震災で軽トラックに揺られながら避難所に向かう時、並行して走る自衛隊の車両に乗る若い隊員と眼が合った。一瞬声をかけそうになった。しかし、彼らはあくまでも軍隊であることと、関東大震災を思い出し、言葉を押し込んだ。

2012-08-10 02:27:36
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j

記者の目:「大正100年」を取材して=大井浩一- 毎日jp(毎日新聞) http://t.co/XKjMvZHT 記者の目は読み応えがあるな。下からの自治が自滅してしまった経緯が興味深い

2012-08-10 02:10:24
氏家法雄 @ujikenorio

かあちゃんが看護婦だったので、阪神淡路大震災に、そして弟が救急救命士なので、東日本大震災に、それぞれ1週間、現地にのりこんだ。ただの「読書家」の僕は何もできていなくてつらい。

2012-08-10 02:32:06