ハロウィンの歴史

ハロウィンがケルトの正月から由来することや、死者の蘇る日であることを詳しく述べています。
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森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

新しい一年と古い一年の境目、此岸と彼岸の境界が薄まってあらゆるルールが効力を喪い、生者と死者、人間と妖精が入り混じる--ハロウィーンの夜です。厳密には、日没から日の出までの間の時間帯ですね。

2012-10-31 23:13:32
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

「元々はケルト人のお祭りだった」などと強調されますが、クリスマスを含むキリスト教圏のお祭りで、異教とまったく無関係のものがどれほどあるのかと考えると、いささか不自然な気も。イエス・キリストの再臨以前に「死者が蘇る」という考え方が、キリスト教の教義にそぐわないことによるのでしょう。

2012-10-31 23:17:59
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

11月1日はカトリック教会の祝日で、諸聖人の日(万聖節)にあたります。全ての聖人(聖人に列されるのは死後)と殉教者を祝う日で、4世紀頃に遡るようです。この諸聖人の日(All Hallows)の前日(Eve)ということで、Hallowseve転じてHallowe'enとなりました。

2012-10-31 23:32:26
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

ただし当初、諸聖人の日は11月1日ではなく、別の日だったようです。609年に教皇ボニファティウス4世が5月13日に定めた後、835年にグレゴリウス4世が11月1日に変更したというのがよく知られている説。変更の理由はよくわかりません(単に僕が調べきっていないだけ)。

2012-10-31 23:39:40
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

さて。ヨーロッパにおける9世紀から10世紀頃にかけての時期は、人間(庶民レベル)が「死」というものを直視し始めた時代です。小罪を犯した人間が、天国に行く前に罪を浄化されるという「煉獄」の概念が広まり始めたのがこの頃。

2012-10-31 23:46:11
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

そして、煉獄の死者は生者の祈りと、それを受けた聖母と諸聖人のとりなしで浄化され、ようやく天国に行けるという信仰が生まれてきました。伝説によれば、11世紀フランスの修道院長であったオドが、諸聖人の日の翌日である11月2日を死者のために祈る日(死者の日、万霊節)と決めたと言われます。

2012-10-31 23:51:13
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

中世のキリスト教圏において「死者の霊」についての捉え方は一貫したものではありませんでした。神学者たちは、現世に現われる亡霊は天使、悪魔が死者を代弁、あるいは騙ったもので、当人が現われたわけではないと説きました。

2012-10-31 23:54:53
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

その一方で、聖職者たちは煉獄での試練の苦しみを訴える哀れな死者の物語を説いて、彼らのために祈りを捧げるよう人々に教えました。キリスト教化された後の民話や伝説に登場する幽霊の多くが生者を直接襲ったりせず、死後の窮状を訴えたり、子孫に不吉な未来を警告したりするのは象徴的です。

2012-10-31 23:58:25
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

そんなこんなで、9世紀から12世紀にかけて、諸聖人の日(11月1日)の前後で死者の嘆きに耳を傾け、彼らのために祈るという習慣が、西ヨーロッパに広まっていったわけです。と、ここでようやく皆さん大好きなケルトのケの字について。

2012-11-01 00:01:47
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

その前に、ケルト人についてざっくりと。紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスの『歴史』に「ケルトイ(よそもの)」とあるのが呼称の由来です。中央アジアから欧州に侵入し、ゲルマン人に追われて西へ移動したようで、カエサルの時代にはガリア(フランス)からイベリア半島のあたりに住んでいました。

2012-11-01 00:12:31
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

今日、「ケルト人」というと、どちらかというとローマ人およびゲルマン人(アングロ・サクソン人とかノルマン人とか)がやってくる以前にアイルランドとブリテン島に住んでいた民族の方を思い浮かべる人が多いかと思います。「ケルト神話」という呼称が、通常、アイルランドの神話を指すのがその証左。

2012-11-01 00:14:49
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

伝統的にアイルランド、ブリテン島のケルト人は「島のケルト」と呼ばれ、中部ヨーロッパの「大陸のケルト」が移民してきたのだと信じられてきました。が。実は「大陸のケルト」と「島のケルト」の間に、遺伝子的な繋がりが殆どないことがわかってしまうというショッキングなオチがつきました。

2012-11-01 00:19:49
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

ガリア人=ケルト人だとすると、アイルランドやブリテン島の先住民族は、血縁的にはケルト人ではなかったというお話。とはいえ、文化的な繋がりは存在するということで、現在では、「ケルト語派」に属する言語を母語とする文化的な集団として 便宜上「ケルト系」「ケルト人」とくくられます。

2012-11-01 00:22:30
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

さて。諸聖人の日が11月1日に定められる遥か以前から、アイルランドではこの日を特別視し、盛大なお祭りを行いました。「サウィン(samhain)」と呼ばれます。アイルランドの神話や伝説では、様々な超自然的な出来事がこの夜に起きます。一例を挙げると、ダグザとモリガンの結婚がそうです。

2012-11-01 00:35:59
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

サウィンにまつわる民間伝承は、アイルランドのみならずブリテン島のスコットランドにもあるようです。また、フランス東部のコリニーという町から発見された、1世紀頃に遡る暦を刻んだ青銅板(コリニー暦)には、1年の始まりとして「サモニオス(Samonios)」という語が刻まれていました。

2012-11-01 00:39:42
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

僕がハロウィーンの説明に用いた「新しい一年と古い一年の境目、此岸と彼岸の境界が薄まってあらゆるルールが効力を喪い、生者と死者、人間と妖精が入り混じる」という言葉は、そのままサウィン祭のものです。

2012-11-01 00:42:31
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

ちなみに、このサウィン祭も11月1日の前日夜に始まりますが、昔のアイルランドでは1日は日没から始まったのだとか。(ベルンハルト・マイヤー『ケルト事典』(創元社)による))

2012-11-01 00:43:02
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

聖パトリック(パトリキウス)が、アイルランドにキリスト教を広めたのは5世紀のこと。元々、この地の出身だったパトリックは、布教にあたって古い信仰との習合を積極的に進めたようで、そもそも今日知られるアイルランド・ケルト神話はキリスト教の聖職者がわざわざ書き残したことで知られます。

2012-11-01 00:47:28
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

ヨーロッパの西の果てで異端的な宗派がむくむく育っていったのかというとそうでもなく。5世紀といえば西ローマ帝国が滅亡した時期でもあり、重要な古典籍がアイルランドに運ばれました。やがて、アイルランドの学僧たちがヨーロッパに押し寄せて学問を逆に伝えるなど、多大なる影響を与えています。

2012-11-01 00:56:19
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

9世紀、諸聖人の日が11月1日に移されたkとで、元々、この日を祝っていたアイルランド(およびブリテン島の一部)において、死者にまつわる二つのお祭りがぶつかることになります。

2012-11-01 01:04:29
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

ローマ・カトリック教会が、意図してこの日にぶつけてきたのかどうかについて、はっきりしたことはわかりません。ともあれ、結果的にアイルランド、ブリテン島において二つのお祭りは交じり合い、他のキリスト教圏には見られない独自な発展を遂げていきます。

2012-11-01 01:05:46
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

たとえば、「ジャック・オ・ランターン(ランタン男)」。ハロウィーンの象徴とも言える、ランタンを持ったかぼちゃ頭の男です。ジャック・オ・ランターンにまつわる民話はいくつもあって、イングランドやウェールズ、スコットランド、アイルランドなどに広く伝わっています。

2012-11-01 01:13:59
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

有名なのはアイルランドの民話で、スティンギー・ジャックという怠け者が悪魔を騙し、その結果として(経緯がなんか色々あるのですよ)天国にも地獄にも行けず、カブあるいはルタパガ(カブににた野菜)に憑依してこの世をさまよっているというもの。

2012-11-01 01:17:02
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

「ジャック・オ・ランターン」にまつわる文献記録は、17世紀まで遡るようです。そして、遅くとも19世紀にはハロウィーンのお祭りに登場していました。生きているわけでもなく、さりとて死の世界に行くこともできない鬼火が、死者と生者の目に共に映る灯火として用いられたのかも知れません。

2012-11-01 01:22:35
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

ただし、アイルランドとブリテン島でのジャック・オ・ランターンは前述のようにカブあるいはルタバガをくりぬいて作られました。これがカボチャに変わったのは、アメリカでのことでした。アイルランド人、スコットランド人の移民がハロウィーンのお祭りを持ち込んだ際、代替品として使用したのです。

2012-11-01 01:26:37