山本七平botまとめ/【軍隊語で語る平和論⑤】/マスコミが作りあげた「強大な武器を持った日本」という虚像

山本七平著『ある異常体験者の偏見/軍隊語で語る平和論/48頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

1】…私には妙なくせがあって…、その場その場、その時代その時代の常識にすっと順応できないらしく、いつも困ったことになる。 勿論その場とその時代には今であれ昔であれ一種の禁句があって、それを口にしてはならないことも口にしないのが常識だということも一応知っているつもりなのだが――

2012-10-29 10:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

2】どうもうまくいかない。以前、I社長から「裸の王様は確かに裸だよ。だが、ナア、キミ、それを言っていいのは子供だけだよ」と注意され、以来大いに自重し、社会性も身につけたつもりだが?――昔はこれが実にひどかった。<『ある異常体験者の偏見』

2012-10-29 11:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

3】そういう悪癖があるため、軍隊にひっぱられて一ヵ月ぐらいで、すぐ「あの砲は変だ」と思いだした。何しろあの社会では「この銃は変だ」とか「あの砲は変だ」とか思う者がいたら、その者が変なのだから、こちらが変なのであろうが、とう見ても回転盤の位置がおかしいのである。

2012-10-29 11:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

4】…私が最初に訓練をうけたのは十サンチ榴弾砲で、俗にいう十榴、日本軍の野戦重砲の主力の一つである。目盛りというのは、目の高さが、少し低目のところにあれば一番便利なはずである。

2012-10-29 12:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

5】私は戦前の基準では背の高い方だが、その私にとってもこの回転盤の目盛りの位置はちょっと高すぎるから、背の低い人だと見上げるようになってしまう。しかもこの目盛りをまわすツマミが太すぎる。さらに砲身を上下左右に勤かす転把の位置もおかしい。

2012-10-29 12:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

6】…しかし「砲即軍旗」で、砲は歩兵でいえば菊の御紋章づきの小銃と天皇の分身ともいうべき連隊旗が並んで置いてあるようなものだから、もしこれを指して「これは欠陥兵器じゃないですか」などといったら、それは天皇は欠陥現人神?じゃないですかと言うようなもので、それこそただではすまされない

2012-10-29 13:28:10
山本七平bot @yamamoto7hei

7】第一そういう発想が脳裏に浮んだ事すら絶対にゆるされない場所である。あんな場所で、なぜあんな事を考え、かつ、口に出してしまったのかと思うと、今更ながら自分の非常識さに呆れるほかはない。だが、それを言い出したある機会は、確かにそういう事を言い出す雰囲気があった事も事実である。

2012-10-29 13:57:51
山本七平bot @yamamoto7hei

8】その時の教官のK中尉は…何か気が合ったらしく…といっても相手は中尉でこちらは二等兵である。これは内地の軍隊では天地の差だ。しかし幹部候補生の将校には二つタイプがあって、一対一になると裃をぬいでしまう人と、余計に軍人らしく振舞う人とがいるが、K中尉は前者で…その感じの為であろう

2012-10-29 14:28:11
山本七平bot @yamamoto7hei

9】私は迂闊にも「十榴は欠陥兵器ではないでしょうか」という意味の言葉がスルッとロから出てしまったのである。 しかし、何といっても私は星一つ、相手は中尉、中尉に対して星一つがこんなことを言うなどとは、あの社会の常識では絶対に考えられないことである。

2012-10-29 14:57:52
山本七平bot @yamamoto7hei

10】第二その言葉自体がありえない言葉であり、その言葉を口にすることはいわば一種の「不敬罪」である。言った私自身が内心アッと驚き、体が固くなったがもう遅い。 第一、火砲は敬礼する対象であっても、批評する対象でない。

2012-10-29 15:28:08
山本七平bot @yamamoto7hei

11】「我等が死生栄辱を共にすべき神聖な砲に対して何たる事をいう。バカモン、帰レ」ですみ、それで一切不問にしてくれれば、最大の恩恵の筈である。K中尉は一瞬すっと態度を変え、あらたまりそうになったが、不意に横を向くと、ちょっとニヤッとした――と私が思っただけかも知れないが……。

2012-10-29 15:57:53
山本七平bot @yamamoto7hei

12】しばらく沈黙がつづいた。K中尉は私の方を静かに見た。そして一言「スルドイナ」と独り言のように言うと、また横を向いた。…そして不意に私の方を向くと「それはナ、あの砲は実はフランスのシュナイデル社製一〇五ミリ榴弾砲の模造品なのだ。だからわれわれの体格に合わないのだ。

2012-10-29 16:28:19
山本七平bot @yamamoto7hei

13】しかし軍でも、これに気づき、一心に改良しているから、今によくなるだろう」と言った。星一つの陸軍二等兵にこんな事を平然と言った陸軍中尉は、後にも先にも彼だけかも知れない。第一、中尉と二等兵の間にこういう「対話」がありうるという事すら、あの社会では考えられない事であった。

2012-10-29 16:57:58
山本七平bot @yamamoto7hei

14】なぜ彼がこのようなことを言ったか。おそらく、これは、その軍隊生活の全期間を通じて、絶対にロにはしなくとも、彼の心の底にわだかまりつづけたことではなかったのだろうか。そして私の言葉がそれを誘い出したのかも知れない――いわば「無言の意見」が不意に言葉になったのかも知れない。

2012-10-29 17:28:18
山本七平bot @yamamoto7hei

15】…K中尉の一言で「目から鱗が落ちた」ようになった。すべてが変なはずであった。銃を見れば、銃把の太さと引鉄(引き金)の位置もおかしい。みんなおかしい。それは外人を見れば明らかであろう。彼らはわれわれよりはるかに大きい。体も大きければ手も大きい。

2012-10-29 17:57:52
山本七平bot @yamamoto7hei

16】戦後でもそうだが、これが戦前ともなると、われわれと外人との体格の差は、今の人が考えるより、はるかに大きかったのである。外人の女性ですら、みな、日本の男性より大きかったと言っても過言ではない。

2012-10-29 18:28:14
山本七平bot @yamamoto7hei

17】こういう場合、その十榴がそれ自体としては完璧であっても、兵士=人間を基準とすれば、「大きすぎる完全な編上靴」と同様に、欠陥兵器なのである。 だがそういう発想を一切ゆるさず、兵器=神聖=完璧という前提に立つと、今度は、兵士が欠陥人間ということになってしまう。

2012-10-29 18:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

18】そこでその欠陥を叩き直し、人間を兵器に合わせる為血の出るような猛訓練をやる事になるが、これは間違いだ。叩き直すのは砲の方であって、人間の方ではない。問題はいつもここに来る。修正するのは「作戦」の方であって人間の方ではない。訂正するのは「計画」の方であって、人間の方ではない。

2012-10-29 19:28:15
山本七平bot @yamamoto7hei

19】そういうものを絶対視して、その方に人間を合わせるということは、世界いずれの国家がそれを行っても誤りであると私は考えている。 しかもその際、人間の能力を「精神力」という言葉で一方的に水増し評価されたら、それが現出するものは地獄にすぎない。

2012-10-29 19:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

20】結局この問題は、人海作戦という発想にまで関連するわけだが、…「強大な武器をもった日本」というマスコミが作り上げた虚像、これが虚像であることは歩兵であれ砲兵であれ、本当の「ユーザー」の意見だけを聞けばわかる。

2012-10-29 20:28:06
山本七平bot @yamamoto7hei

21】中国軍のもっていたチェコのシュコダ製の軽機――当時日本軍では「チェコ」という言葉がそのまま優秀な軽機を意味する名詞であったほどのこの軽機と、前述の世界最低品の十一年式軽機の比較は、狙撃手であられた安岡章太郎氏が『現代』誌で行われているから詳述しない。

2012-10-29 20:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

22】これは私との対談だが、何もそのことを計画したわけではないのに、話が自然に欠陥兵器に落ちていくことは、欠陥車に苦しめられたユーザーと同じ心理かも知れない。私は「欠陥将校」だから、兵器は完璧だったがお前が欠陥将校だったのだといわれるなら、それはそれでよい。

2012-10-29 21:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

23】しかし安岡氏は、…連隊で三人のうちに入る名狙撃手なのである。…狙撃手は最も優秀なヴェテランのユーザーである。その人が「使いものにならない粗悪品」だといったものは、御紋章がついていようと、マスコミが「十挺で十万人」といおうと、欠陥車同様、ユーザーを殺す「欠陥軽機」にすぎない。

2012-10-29 21:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

24】氏は、こんなひどいものは、まさか戦場にはもっていくまい、おそらく内地の演習用具であろうと考えられていたそうである。ところが沖縄に行かれて、アメリカ軍の戦利品を展覧している博物館に行かれたとき、この軽機があるのを見、それをもたされた兵士のことを思い、暗然とされたそうである。

2012-10-29 22:28:08
山本七平bot @yamamoto7hei

25】その兵士が誰であるか私は知らない。しかしその最期はおそらく次のようであったろう。いざというとき、レヴァーをいくらカチャカチャやってもタマが出てくれない――敵は遠慮なく近接してくる、あせっても何してもダメ、「アーッ、ダメッ」。おそらくこの人もあの「目」をして死んだのであろう。

2012-10-29 22:57:47