【尼崎】 老齢廚二病と若年性廚二病とDVを巡る論考とか 【サークルクラッシャー】

誰もが一度は罹るであろう、中二病(若年性廚二病)と、なぜかそれが快癒寛解する機会を逸したまま老境に到達してしまった、老齢廚二病。 これについて、色々興味があるので考えてみた。 尼崎の事件やイジメやDVや運動が何故瓦解し新興宗教からなぜ離脱しにくいのかまで、割と広範に説明できる気がしてきた。 ■関連 続きを読む
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加藤AZUKI @azukiglg

それはそれとして、昨今の経験から、老齢厨二病とその形成過程、それが許容される背景について深く興味を持つようになりました。フヒヒ。

2012-11-10 22:03:46
加藤AZUKI @azukiglg

高齢厨二病の上をいく老齢厨二病はカテゴリーこそ違え、さほど特殊な存在ではなくなっていき、それの罹患者がコミュニティーの破壊者になっていく過程は色々興味深い。論考を深めるに値するが、ぶつ森の重要性に比べるとだいぶ優先度が低い。

2012-11-10 22:08:36

第一部

加藤AZUKI @azukiglg

PC前に復帰。さあ仕事だ仕事だ。その前に軽く。

2012-11-10 23:11:10
加藤AZUKI @azukiglg

言葉としての「廚二病(中二病)」とその概念は、今の世代には広く共有されつつあると思うので、それに準じるものとして「老齢廚二病」と造語するけど、その本質は若年性中二病や、さらに中二病って言葉が想像認知される以前からあったものと、変わらないとは思うんだよね。

2012-11-10 23:12:23
加藤AZUKI @azukiglg

言葉の意味するところってのは、時代や地域やそれを考察しようとする人によって微妙に変化していくものなので、ここでの「老齢中二病」の考察やその周辺概念は、別にどっかの学会の何かとか、既に知られている何かと必ずしも一致しないお、というところは許容していただくとして。

2012-11-10 23:13:23
加藤AZUKI @azukiglg

中二病というのは、ぶっちゃけていうと「全能感の暴走」「能力の到達限界が存在することを、【まだ】知らない若者が、自分の能力(潜在力)に限界がなく、それは全能であるという【期待】を持ちすぎてしまう状態」と捉えていいんじゃないかと思っている。

2012-11-10 23:14:22
加藤AZUKI @azukiglg

まあ、現実にはそんなことないんだけどw、自分には凄い隠された能力があるような気がしたり、世界はそれを恐れている気がしたり、自分だけが世界の真理を知っている気がしたり、それをごく少ない友達が証明してくれたり、その少ない友達で「世界の真理に気付いた者同盟」を気取ってみたりとか。

2012-11-10 23:15:22
加藤AZUKI @azukiglg

これ皆、中二病の典型的症状w 「世界/世間を知らないから、自分は何処までもいける、なんでもできるという期待感/可能性を過大に評価してしまっている」という状態であると思う。もっと分かりやすく言えば、【若さ故の世間知らず】が、中二病の根底にある本質だと思う。

2012-11-10 23:16:31
加藤AZUKI @azukiglg

それを、小学生くらいまでの狭い世間から、もう少し広い世界があることを知ったけれども、そこの世界には自分の力が全ては及ばない、ということに、【まだ気付いていない】が、【ぼちぼち気付き始める奴も出始める】という年齢として中学二年生をピックアップした伊集院は天才だと思(ry

2012-11-10 23:17:31
加藤AZUKI @azukiglg

で。普通は、中学二年生くらいから次第に、「自分は万能ではく、全能ではない」「自分が潜在的にできると思っていても、社会がそれをさせてくれない」「自分ができるつもりでいても、自分は全然できなかった」という、現実に気付き始める。「能力の到達限界」「現実の壁」ですね。

2012-11-10 23:19:08
加藤AZUKI @azukiglg

それも症状の一種っすね。ぐぐったけっか「やってできた人がいる」と、「自分にもそれができる」の間には、2万マイル以上の開きがあるけど、やらないで潜在力で留めて自己承認してると、なかなか気付かない。 RT @20100313bg:個人的にはググって全てを知った気分になってる人が一番中

2012-11-10 23:20:05
加藤AZUKI @azukiglg

そんなわけで、一般的な若年性中二病というのは、「世間知らずが世間を知っていくことで、自分の能力の到達限界や、潜在力/可能性に伴う実際の実現性との乖離」というものに気付いて、まあ、【世間を知る】ことで大人の階段を上っていくわけですよシンデレラ。

2012-11-10 23:21:01
加藤AZUKI @azukiglg

この、「世間を思い知らされる」というのは、「思ったほど自分は天才でも有能でも裕福でもなかった」ということで現れてくる。それは試験の結果、競技会の結果、親の財力、住んでいる地域と都会や海外との距離などなど。そうして少年は歳を取るわけですが、

2012-11-10 23:22:19
加藤AZUKI @azukiglg

最近は、ネットがあって「他人の経験」や「他人の成功」を簡易に取り込むことができる。「あいつにできるなら俺にだってできるはず」「誰にも不可能なわけじゃないから、自分だって」というような感じで、「能力の到達限界の自己延長」が割としやすい。

2012-11-10 23:23:07
加藤AZUKI @azukiglg

まあ、しやすいからといって「できる」わけじゃないんだけど、そこはそれ。 【俺はまだ本気出してないだけ】 と言えば、今すぐ本気を出さなくても、能力到達限界が間近にあることを、証明しないことで「潜在性」だけを担保し続けられる。

2012-11-10 23:23:53
加藤AZUKI @azukiglg

あれですよ。【自分探し】ですよw 若年性中二病に罹っているときに感じた「自分にならできるはず」が一向に現実にならないので、「どこかにできるところがあるはず」と、自分の能力を承認してくれる場所や人やコミュニティを探して、モラトリアム(残り時間と言ってもいい)の延長をしようとする。

2012-11-10 23:25:05
加藤AZUKI @azukiglg

それでも、タイムリミットは来る。人はいつか、親元を離れて自力で働いて食い扶持を稼いでいかなくてはならない日が来るわけで、社会人になって会社に入って、或いは人に使われるバイトになって、自分で商売をやってみて、「自分は全能でもなんでもない」ことを思い知る。

2012-11-10 23:26:06
加藤AZUKI @azukiglg

中には全能であるという幻想から逃れられず、モラトリアムを延長し続ける人と、本当に(全能ではないにせよ)能力があることを証明しようと頑張って才能を誰かに承認される、という人もいるけど、それは恐らく【多数派ではない】。

2012-11-10 23:26:59
加藤AZUKI @azukiglg

だから普通の若年性中二病というのは、「誰でも罹りうる通過儀礼的な病気(つか、錯覚)」であり、それにローティーンからハイティーンくらいの間に気付いて、「到達限界があることをある程度受け入れている人達の秩序」の中に加わっていく仮定で、中二病というのは(ある程度)治癒するか寛解していく

2012-11-10 23:28:26
加藤AZUKI @azukiglg

が。高齢中二病(就職しても自己過信が過ぎる人)と、老齢中二病(いい年して何やってんの)が顕現化してきた。正直、「中二病という言葉が先にあって、その後に出て来た」わけじゃなくて、その言葉で説明できる症例は、昔から一定数はあったんだとは僕も思う。

2012-11-10 23:29:42
加藤AZUKI @azukiglg

ただ、「社会環境」は常に過去と現在が完全一致しているわけではないので、そこらへんは考慮に入れる必要はあるんじゃね?とは思う。

2012-11-10 23:30:02
加藤AZUKI @azukiglg

中二病というのは「世間知らず、思慮浅薄、自己過信/自己肥大」を、総合して今風に言い換えた抜群に使い勝手のいい言葉だと思う。では、老齢中二病てのは何かというと、やはりその根底にあるのは「世間知らず、思慮浅薄、自己過信/自己肥大」なのではないかなあ、と。

2012-11-10 23:31:32
加藤AZUKI @azukiglg

普通の社会人は、社会と拘わることで「お前は世間を知らない、お前は考えが浅い(お前が思いつくことはもう誰かがやってる)、お前は自分を過大評価しすぎ」と思い知らされるからこそ、自分に対して補正や修正を加えていき、その仮定で廚二病的資質は小さくなっていく。

2012-11-10 23:32:37
加藤AZUKI @azukiglg

でも、そういう機会がないまま歳を重ねていったら?例えば、「社会に出る必要がなかった」「収入を得るために親元を離れる必要がなかった」「思慮浅薄であると掣肘する存在と縁がなかった」「周囲は全てイエスマン」、とかね。

2012-11-10 23:33:37
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