山本七平botまとめ/【アパリの地獄船③】/日本軍の鉄の軍紀をも簡単に吹き飛ばす「飢えの力」とは?/~戦争の原因を他に求める飢餓体験無き日本人~

山本七平著『ある異常体験者の偏見』/アパリの地獄船/161頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①だが以上にのべた状態は一言でいえば「半飢餓」であって、本当の飢餓でないから「飢えの力」はまだそれほど強くない。 しかしこの程度でも、今の多くの人には理解しがたい面があるであろう。<『ある異常体験者の偏見』

2012-12-11 19:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

②無理もない、「飢え」というものは、言葉の限界を越えている生物的なことなので、どうしても言葉では伝達できない面が出てくるのである。 これがさらに決定的な「餓死寸前」となると、その状態が人間を動かす力は、飽食している人のあらゆる空想を越えた物すごいものだといっても過言ではない。

2012-12-11 19:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

③だが私のこういう個人的体験を話すことが、今、何らかの社会的意義をもちうるであろうか。 「ある」と思ったのは、『文藝春秋』で『紅衛兵の記録』を読んだときであった。

2012-12-11 20:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

④特に「人肉食の噂」――注意しなければならぬことは「この噂」と事実の間には、常に大きなギャップがあることだが――この噂が流れる状態は、ある事実を物語っているからである。 日本が終戦前後にいくら食糧に不自由したからといって、人肉食の噂は流れなかったであろう。

2012-12-11 20:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤この記録が事実かどうかについては後で論究するが、この噂が流れるときは「飢えの力」のためあらゆる「秩序」が崩壊寸前になっているということなのである。 この力の前には、あの日本軍の鉄の軍紀も一たまりもなく雲散霧消してしまう。

2012-12-11 21:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥その力のすさまじさ、物すごさ、それは到底、アメリカ軍の弾幕の比ではない。 特に日本人は「飢餓体験」がないだけに、ひとたびこれに会うと、あらゆる秩序は実にもろく崩れ去ってしまう。

2012-12-11 21:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦それなのに、否、それであるが故に「飢えの力」がどれだけ大きく戦局や政局や国際情勢を動かすかを、だれも理解していないように思われる。 これが私の飢餓という体験を語ろうと思った理由である。

2012-12-11 22:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧「大躍進」「文化大革命」を押しとどめ、中国に「政策転換」を行わせたのは「飢えの力」ではないのか、否、少なくとも「飢えの力」が大きな要素ではなかったのか、といった発想は「昭和元禄飽食の民」から一笑に付されるであろう。

2012-12-11 22:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨まして大日本帝国の崩壊の最大の要因は、新井宝雄氏のいわゆる毛沢東の「持久戦論」でも中国の「民衆のエネルギー」でもアメリカの物量でもなく、「飢えの力」ではなかったのか。

2012-12-11 23:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩と同時に、太平洋戦争という無謀な戦争の一因が、じりじりと一日一日と深刻になっていく「飢え」――日華事変の翌年、昭和12年の「白米禁止令」から、配給、外米混入、と時々刻々と逼迫して行った食糧事情と、なんとかそれから脱却してビルマ米・サイゴン米を確保することではなかったのか。

2012-12-11 23:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪確か当時の新聞の社説にも、ビルマ米・サイゴン米を確保したから、これで百年戦争が戦えるといったようなものがあったと思う――しかし今は、だれも飢えを感じていない。

2012-12-12 00:27:50
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫そして「飢え」は前述のようにそれを感じなくなった瞬間にわからなくなるから、当時のことが皆目わからなくなり、そこで戦争の原因を他に求めているのではないか。

2012-12-12 00:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬更にフルシチョフが意気揚々とアメリカに渡って、すぐに追いつき追い越すと宣言したのは”奇跡的大豊作”の時でなかったのか。そして幻の豊作が消えると共に彼は失脚したのではないか。朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因を南朝鮮の米とサイゴン米におく人がいるが、案外これが最大の要因ではないのか。

2012-12-12 01:27:54
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭と同時に、一面、非常に不思議な感じのするソヴィエトと中国のアメリカヘの態度の背後にあるものが小麦のカ――すなわち「飢えの力」ではないのか。また戦後の平穏は、自民党の「善政?」というより、むしろ何十年も日本人を苦しめた「飢えの力」が徐々になくなって行ったからではないか。

2012-12-12 01:57:39
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮今もし「飢えの力」が猛威を揮うようなことがあったら、一握りの軍国主義者」がいなくても、日本は同じような行動に出るのではないか。 日本の防衛論争は空虚だというが、そう言っている人自身この問題における「飢えの力」を全く考えていないなら、同じように空虚ではないのか。

2012-12-12 02:27:48
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯私はほかの国の政治家も民衆も、この点ではわれわれ日本人とは違うと思っている。 中国の首脳もソヴィエトの首脳も、北ヴェトナムの首脳も、また逆の意味でおそらくキッシンジャーも、この「飢えの力」を知り、これを計算に入れており、それは、また蒋介石も同じだと思う。

2012-12-12 02:57:39
山本七平bot @yamamoto7hei

⑰私の社は一部の特殊な印刷を台湾に発注しているので、直接間接にいろいろ情報が入るが、政治的・国際的には非常に孤立していながら、彼らが実に安定し、全く動揺していない一番大きな理由は、やはりここは「蓬末の島」で、今の世界では珍しいほど「飢え」に縁がないからだと私は思う。

2012-12-12 03:27:53
山本七平bot @yamamoto7hei

⑱日本は封鎖されれば飢える、しかし彼らは飢えない。 日本は崩壊したが中華民国は健在である、という事態が招来されても私は少しも不思議に思わない。 まるで自明の事のように、日本は長期安定で台湾は不安定の極と考えるのは、やはり「飢えの力」への認識が完全に欠落しているからであろう。

2012-12-12 03:57:40
山本七平bot @yamamoto7hei

⑲もし日本が、今、中華民国が陥ったような状態に陥った場合、彼らの様に冷静にその事態に対処しうるかどうか、非常に疑わしいと私は思う。 恐らく…「アパリ地獄船事件」の時の私の様な気持になるのではないか。また太平洋戦争への突入でも同じ様な要素があったのではないかと私は考えざるをえない。

2012-12-12 04:27:54