サンタスレイヤー:「ウェルカム・トゥ・ゲバルト・ヴィレッジ」

惨 殺 !
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m.tokuoka @goodhuntstalker

「メリー・クリスマス!」「メリー・クリスマス!」無機質な電子音声が壊れたDATめいて同じフレーズを繰り返す。12月24日が25日に変わろうとする深夜、ネオ・サンディエゴの街は鈴の音と洗脳音楽じみたクリスマスソング、紅白の垂れ幕に覆われる。

2012-12-25 04:33:37
m.tokuoka @goodhuntstalker

街を行き交う人々の顔は、赤い三角帽子と長い顎髭に隠され窺い知れぬ。だが彼らの頭は重く垂れ、その背中は彼らが背負う日々の困苦を思わせるかのようにオジギ角度に曲がっている。

2012-12-25 04:36:19
m.tokuoka @goodhuntstalker

カルロスもそんな疲れきった人々の一員だ。しかし彼の鉛めいて重い足取りと、背中から漂う隠そうにも隠しきれぬ絶望感は、紅白に染まった街にあって際立っていた。人々は彼を避け、カルロスもまた人々を避けた。避ける理由があった。

2012-12-25 04:40:33
m.tokuoka @goodhuntstalker

家路までのこりわずかという路地裏で、カルロスは立ち止まると、深い溜息をついた。彼はシングルファーザーで、今日もケバブ食べ放題のカラオケ・バーでケバブを14時間焼き続けた。

2012-12-25 04:42:20
m.tokuoka @goodhuntstalker

カルロスは適度に勤勉で、適度に浪費したが、たとえ浪費がなかったとしても彼の収入のほとんどは家賃と育児費用に消えた。五重下請けケバブ労働者である彼の賃金は、名目よりもずっと低かったのだ。貯金など夢また夢、あちこちに作った借金の利子を返し続けるのが精一杯だ。

2012-12-25 04:46:08
m.tokuoka @goodhuntstalker

これまでは、それで問題なかった。だが彼の子供は今年6歳を迎える。6歳! それはこの世界の子供が最初のクリスマス・プレゼントをもらう年齢である。だが彼は、息子が靴下の中に入れたカードに書かれた「バッドトリップ・アニマルフォレスト」を手に入れ損なった。

2012-12-25 04:48:54
m.tokuoka @goodhuntstalker

マニアの間では「トビモリ」と称されるこの玩具はメーカーいわく「子供から大人まで空前絶後の大人気」であり、それを裏付けるかのように店には完売の札しかなかった。彼の乏しいツテに頼めば非合法なトビモリを手に入れることも可能だが、そんなカネはどこにもない。

2012-12-25 04:51:16
m.tokuoka @goodhuntstalker

カルロスは大きく、深く、ため息をついた。まずい。このままでは……まずい。夜が明けて目を覚ました息子はからっぽの靴下を見て大泣きするであろうし、なにより噂が本当であれば……本当であれば……

2012-12-25 04:53:14
m.tokuoka @goodhuntstalker

そのとき、空から何者かがカルロスの眼前に真紅の荒鷲めいて舞い降りた。「アイエエ!」カルロスは悲鳴を上げて尻餅をつくと失禁!

2012-12-25 04:56:35
m.tokuoka @goodhuntstalker

空から降りてきた男は、真っ赤な衣装を身にまとい、白く長い髭を蓄えていた。その鼻は衣装に負けず劣らず赤く、巨大だ。「ドーモ、カルロス=サン。レッドノーズです。息子さんへのプレゼントにお困りですね?」

2012-12-25 04:57:38
m.tokuoka @goodhuntstalker

「アイエエ……!」「カルロス=サン、心配しなくていい。私はサンタです」「サンタ……サンタナンデ……」「あなたはこのままではご自分の息子さんにトビモリを贈れない。しかしグンサンフクゴウタイは慈悲深く寛容です。私はグンサンフクゴウタイのサンタとして息子さんにトビモリを持って来ました」

2012-12-25 04:59:46
m.tokuoka @goodhuntstalker

「アイエエ……サンタナンデ……」「しっかりしてください、カルロス=サン! これをご覧なさい!」レッドノーズ=サンが閉じた手を開くと、そこには魔術めいてプレゼントの小箱が現れた。これは間違いなくトビモリの正規品、しかもレジェンダリー・レアのゲバルトエディションだ!

2012-12-25 05:02:26
m.tokuoka @goodhuntstalker

「6歳になった子供は、クリスマスにプレゼントを貰わねばならない」レッドノーズ=サンは満面の笑を浮かべる。「そして私はそのプレゼントを持ってきた。さあカルロス=サン! あなたはこのプレゼントを息子さんの靴下に入れなさい!」そう言うと、レッドノーズ=サンはトビモリを差し出す。

2012-12-25 05:04:23
m.tokuoka @goodhuntstalker

恐怖で感覚が麻痺しきっていたカルロスだが、目の前にゲバルト・エディションのトビモリをぶら下げられてはたまらない。闇市場ではときに臓器売買の等価交換品としてリストアップされる銘品だ! 彼はよろよろと膝立ちになると、レッドノーズ=サンの手からプレセントをひったくった。

2012-12-25 05:06:43
m.tokuoka @goodhuntstalker

「プレゼント、受け取りましたね?」レッドノーズ=サンは笑を深めた。「これにて契約は成立しました! たったいま、あなたはプレゼントの代価として、グンサンフクゴウタイに3200万ネオペソの借金をしました。おめでとう、それはもうあなたのものだ!」

2012-12-25 05:09:19
m.tokuoka @goodhuntstalker

「3200……万?」カルロスの顎がカクンと落ちた。彼の月給は8万ネオペソ。3200万などサンタが彼にプレゼントでもしない限り用立てできない。

2012-12-25 05:11:35
m.tokuoka @goodhuntstalker

レッドノーズ=サンは真紅の衣装を揺らして笑った。「ハハハ、冗談です、冗談ですよ。3200万ネオペソなど払い用はありませんからね――ですので、あなたの腎臓と左目を頂きます! まさに聖夜の奇跡です、あなたは不要な臓器を2つ失うだけで済む」

2012-12-25 05:15:42
m.tokuoka @goodhuntstalker

カルロスはレッドノーズ=サンをまじまじと見つめた。都市伝説のなかにしかいないはずのサンタが突然目の前に現れて、伝説級のレアグッズをプレゼントしてくれたと思うや、彼の腎臓と左目が要求されている。状況は彼の理解を超えていた。だがひとつだけ、彼は直感的に理解した。このサンタは、本気だ。

2012-12-25 05:18:16
m.tokuoka @goodhuntstalker

「アイ……アイエエ……」カルロスはプレゼントをしっかり握りしめながら、自分の失禁でできた水たまりにもう一度尻餅をついた。諦めるべきか。いや、諦めるしかない。そもそもこれは現実なのか。彼の脳内で走馬灯がコーヒーカップめいて高速回転する。

2012-12-25 05:20:14
m.tokuoka @goodhuntstalker

「大丈夫ですよ、痛くない……怖くない……私たちは最高の技術を持っています」レッドノーズ=サンはカルロスの頭に手を差し伸べた。

2012-12-25 05:21:38
m.tokuoka @goodhuntstalker

その瞬間、レッドノーズ=サンの手首から先がすっぱりと切断された! 一瞬ののち、レッドノーズ=サンは噴水のように手首から大量に出血! 「グワーッ!」つい今までの福々しい声とは似ても似つかぬ、マフィアめいた怒声を上げる!

2012-12-25 05:24:17
m.tokuoka @goodhuntstalker

レッドノーズ=サンの血を浴びたカルロスが反射的に顔をそむけると、その視線の先には人影があった。ひしゃげた赤い帽子、すすけた赤いサンタ衣装、手入れの悪い顎髭。だがその顎髭には、奇妙な文字が染め抜かれている。

2012-12-25 05:27:23
m.tokuoka @goodhuntstalker

そこには「惨 殺」の二文字があった。「サンタ……」カルロスは呟くと、意識を失って地面に倒れる。サンタと直接会うことは、人間の精神に多大な負担を強いる。2人のサンタに出会った人間は気を失い、3人に合えば死ぬとは聖書にも書かれている。

2012-12-25 05:29:15
m.tokuoka @goodhuntstalker

「ドーモ、レッドノーズ=サン。サンタスレイヤーです」「ドーモ、サンタスレイヤー=サン。レッドノーズです。グンサンフクゴウタイのサンタを殺してまわっている狂人とは貴様か」「クリスマス中止すべし。イブはない」惨殺の二文字を髭に染め抜いたサンタはサブマシンガンを構えるとトリガを引いた。

2012-12-25 05:31:42
m.tokuoka @goodhuntstalker

賢明な読者の方はお察しいただけたであろう! これこそ古代フィンランド狙撃術、至近距離でのサブマシンガン乱射! フィンランド伝説の英雄ヘイヘが編み出した狙撃術である!

2012-12-25 05:33:03