『アーダ』翻訳をめぐって
【洋書千一夜0053】Vladimir Nabokov, Ada (1969)。あけましておめでとうございます。今年はなんとかこれが訳了できますように。まんまんちゃん、あん。 http://t.co/x9emV6uX
2013-01-01 02:58:49誤植をめぐって
『アーダ】の翻訳を抱えていると、いろいろしゃべりたいことが出てくるわけで、ときどきここでつぶやくことにする。
2013-01-02 00:49:37原書Adaの第1部の終わり、第43章の最後の一文はこうである。 When in early September Van Veen left Manhattan for Lute, he was pregnant. ええっと思うかもしれないが、この文章は誤植ではない。
2013-01-02 00:52:11この第43章では、主人公のヴァンが初めて本を書こうと思い立ち、それが出産の比喩で語られる。アイデアを思いつくのが「懐胎」で、それが「妊娠」へとつながるわけだ。そうして孕んだものは、第4部で講演というかたちで「出産」(delivery) される。
2013-01-02 00:58:02ちなみに、この第1部の最後の文章は、『ボヴァリー夫人』第1部の最後の文章「三月にトストを出発したとき、ボヴァリー夫人は妊娠していた」のパロディである。それにしても、男性が妊娠するとは、とんでもないひねり方ですね。
2013-01-02 01:01:29ところが、そこでとんでもないことが起こった。Penguinでペーパーバックになったとき、この最後の一文が誤植されて、he was pregnantの部分がshe was pregnantになってしまったのである!
2013-01-02 01:03:24どうしてそういう珍事件が起こったのか、理由は審らかではないが、想像してみれば、Penguinの編集者がhe was pregnantを明らかな誤植だと思い込み、おそらく勝手に、heをsheに直してしまったのではないか。
2013-01-02 01:06:32しかし、珍事件はこれで終わったわけではなかった。かつて出ていた邦訳『アーダ』は、おそらくこのPenguin版を底本にしたと思われる節がある。そこでPenguin版に従えば、この第1部の終わりは「彼女は妊娠していた」となるはずだ。
2013-01-02 01:13:05ところが、ここで訳者は悩んだらしい。「彼女」といっても、その女性はいったい誰だろうか、と。そこで女性の登場人物たちを眺めまわした結果、訳者は「コーデュラ」というキャラクターに白羽の矢を立てた。その結果、「コーデュラは身ごもっていた」という訳文が生まれた。かわいそうなコーデュラ!
2013-01-02 01:18:39邦訳は上下巻の二冊本で、ちょうど上巻の終わりがそこに当たる。いちばん目立つところに、誤植をもとに生まれた誤訳という珍奇なものが残ってしまったのだから。邦訳を読んだ読者は、コーデュラが生んだはずの子供はどうなったのだろうと下巻を探しただろうが、当然ながら何も出てこない。
2013-01-02 01:23:24翻訳史に残る珍事件ではないかと思う。誤植や誤訳の話が大好きなナボコフに聞かせたら大喜びしたと思うが、残念だ。
2013-01-02 01:27:37『アーダ』の翻訳をやっていると、なんだか深海に潜っているような気分になり、海の底はもちろん見たことがないほど美しいんだけれど、あまりの息苦しさにときどき水面に浮かび上がってきては、こうやってつぶやきたくなるのです。
2013-01-02 20:47:06and much, much more...
@propara:そうですね、毒気というか。BoydさんもAdaは「Too Much」とか言ってたですね~ガンバレーMuch much moreデスヨ!...
2013-01-03 01:47:00そこまでたどりつくのはまだまだ先です。(というか、実は最後の段落はすでに訳してあるのだけれど。)@ynaokonb:そうですね、毒気というか。BoydさんもAdaは「Too Much」とか言ってたですね~ガンバレーMuch much moreデスヨ!...
2013-01-03 02:02:30バートランド・ラッセル
『アーダ』を読んでいて、どうもバートランド・ラッセルをけなしているらしい個所を発見。なんでラッセルなん?と思ってふと気がつく。ベトナム戦争でホー・チ・ミンの肩を持ったのがきっとナボコフの癪にさわったんだな。ナボコフの小説にも妙に生臭いところがあるという実例。
2013-01-29 00:54:11