森田季節『どうせ私は狐の子』発売記念スピンオフ小説
- houkago_kitsune
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25日の20時頃から、『どうせ私は狐の子』発売記念のツイート連投スピンオフ短編をやります。と言いつつ、たぶんもうたいていの書店さんで並んでいるかと思いますので、見かけた際はよろしくお願いいたします!
2013-02-24 10:03:40本日、『どうせ私は狐の子』発売です! よろしくお願いします!本日20時からスピンオフの短編をツイッターでやります!
2013-02-25 12:32:36ツイート連投短編「アイスクリームより冷たい」(合計21回ツイート予定。おおむね、二分おきにつぶやきます)20時ちょうどからはじめます~。『どうせ私は狐の子』のスピンオフの扱いですが、読んでなくても問題ないです。つか、今日発売だからほぼ誰も読んでない(笑)
2013-02-25 19:56:01①安っぽいアイスクリームの何が一番いけないかって、口の中を麻痺させることだ。カップの三分の一も食べれば、もう舌は冷たいことしかわからなくなる。まだ新品のカップがまるまる一つ残っているのに、いらないと舌は悲鳴をあげる。もちろん、俺はそんなことに頓着せずに口にアイスを運ぶ。
2013-02-25 20:00:33②だって、体を冷やすのが俺の目的だからだ。昼休み、学食横の購買でカップアイスを二つ買う。あとは校舎裏の階段に座れば、準備完了。黙々とアイスを口にふくみ、腹を冷やしていく。体はつらいが、心のほうはほっとしている。高校の空気と合わない自分を慰めてくれるのは、こいつだけだ。
2013-02-25 20:02:16③高校の温度は高すぎて、自分に合わない。真冬がちょうどいいほどだ。だから夏が近づいてきた六月は体を冷やさないとやっていけない。おそらく人間として俺はどこかおかしいのだ。もちろん、誰にも話したりなんてしない。ひとりぼっちの人間を見つければたいていの奴は手を差し伸べずに攻撃を加える。
2013-02-25 20:04:23④「二つも食べるの?」そこに後ろから声がかかった。振り向くと、同じクラスの大鳥樟葉(おおとりくずは)が立っていた。元から長いと思っていた髪はさらに伸びているように見えた。大鳥の興味はカップアイスに向いていた。人間は他人の次に食べ物に目がいく。生きていくのに他人の次に重要だからだ。
2013-02-25 20:06:08⑤大鳥は一言で言えばつかみどころのない女だった。とにかく噂がばらばらなのだ。兄が大学でバンドをやっているという話もあれば、兄は何年も前に死んだという話もある。母親と絶縁しているという話もあれば、母親との仲はいいという話もある。聞こえてくる話が矛盾したまま共存している。
2013-02-25 20:08:25⑥女子のどのグループに属しているかもはっきりしない。どこにでもいるようでいて、どこにもいない気もする。霧のような奴だ。そんな奴がどうして俺に関わってきたんだろう。「二つも食べるの?」俺が答えなかったせいで、大鳥はもう一度聞いてきた。「ああ、そうだよ。体を冷やしたいからな」
2013-02-25 20:10:19⑦気づけば、俺は誰にも言わなかった理由をすべて打ち明けていた。周囲の温度に合わせるととても疲れること。だから、アイスで冷やしてやらないといけないこと。体はつらいけど、そうでもしないと耐えられないこと。大鳥は階段の隣に座ってうなずいていた。大鳥は驚くほど聞き上手だった。
2013-02-25 20:12:22⑧「本当に大変だね、松原君」同情するように大鳥は言う。「まるで人間じゃないみたい」その言葉は突き放すようでいて、やさしく包みこむような、妙な力を持っていた。「話してくれてありがと。また教室でね」ぽんと肩に手を置いて、大鳥は去っていった。その日の夜、携帯に大鳥からのメールが来た。
2013-02-25 20:14:06⑨メールの内容は翌日の放課後に会いたいというものだった。なんだよ、まさか愛の告白かよと冗談半分に考えて、あながちありえない話でもないと思った。そういえば、俺と大鳥の立場はよく似ているかもしれない。あいつの分裂した噂が高校で無理をしているせいで生じたものだとすれば納得もいく。
2013-02-25 20:16:05⑩放課後、屋上に行くと、すぐに大鳥の姿が目についた。校舎にいた時はわからなかったが、風が強い。大鳥の髪も川につかっているみたいになびいていた。「待ってたよ、松原君」少し緊張したような足取りで俺のほうに近づくと大鳥は、こう言った。「わたし、松原君となら付き合えるかなって思うの」
2013-02-25 20:18:26⑪「ああ、俺もそう思う」淡々と俺も答える。俺のことを異常ともなんとも思わない奴なんて世界を探しても数少ないだろう。その貴重な一人が大鳥なら拒むことなんてありえない。「ありがと。でも、わたしも松原君に言っておかないといけないことがあるの。付き合えるかどうかは、松原君の反応次第かな」
2013-02-25 20:20:16⑫「なんだよ、家が不仲だとか?」それぐらいなら受け入れる自信はある。その程度のこと、世界中で起きている。「そういうこともあったけど、少し次元の違うこと」突然、風が強く打ちつけた。ばたばたと大鳥のスカートがはためいた。その風に応援を受けたように大鳥が近づいてきた。
2013-02-25 20:22:31⑬「なんだ、これ」寒気がした。一瞬で何百キロも離れたところに飛ばされてしまったような気持ちだった。自分のまわりの空気がさっきまでとまったく違う。肌にべたべたとくっついてくる。恐ろしくなって、無意識のうちにあとずさった。少しだけ圧力が低くなる。その空気は大鳥を中心にしている。
2013-02-25 20:24:29⑭後ろに下がっているうちに、屋上のフェンスに体がぶつかった。運動場での部活の光景が見えた。異国の祭りのように遠いものに感じる。そこにゆっくりと大鳥が近づいてきた。「男ってみんな、下がっていくんだね。前に出てきたほうがたいてい安全なのに」大鳥はあきれたように笑っていた。
2013-02-25 20:26:10⑮「お前は何者だよ」ようやくそれだけ聞くことができた。「狐だよ」ありふれたことのように大鳥は言った。「狐?」「そう、松原君もよく知ってるよね。わたしの家は代々そうなの」遠くで何か獣の鳴き声がする。「ありえない」そう言ったものの、本心では大鳥が異形の存在であることはわかっていた。
2013-02-25 20:28:19⑯「どうして怖がるの? 松原君も人間として生きることに違和感があったんじゃないの? だからああやってアイスばかり食べていたんでしょう?」詰問するように大鳥が寄ってくる。俺はフェンスにのしかかる。リングに追い詰められたボクサーみたいだ。その時、体が急激に傾いた。フェンスが外れた。
2013-02-25 20:30:04⑰落ちる。砕ける。死ぬ。直感的に自分の運命を理解した。俺は死神のような女に好かれた。だから、こうやって無様に死ぬのだ。普通の人間のレールからはずれて、叩きつぶされるのだ。助けてほしいと思って頭に浮かんだ顔は、どれもありふれたクラスメイトの顔だった。俺は、そっち側だったんだ。
2013-02-25 20:32:17⑱だが、重力とは違う力が一気に俺を持ち上げた。大鳥が俺の手をとって屋上へ引っ張っていた。「やめてよ。わたしも何人も落としたくはないんだよ。男ってみんな勝手に下がって、勝手に落ちるんだから」大鳥は素人でも見たように苦笑していた。俺はありがとうと言う余裕もないままだった。
2013-02-25 20:34:04⑲「残念だけど、松原君、わたしを受け入れるのは無理だね。狐には向いてない」俺に背を向けて大鳥は歩いていく。ただ、階段の手前で一度だけ振り返った。「それから、このことは黙っていてね。人間の松原君」「ああ、わかってる」「あとね、アイスの食べすぎはやめたほうがいいよ。死んじゃうよ」
2013-02-25 20:36:11