【twitter小説】火焔気球の街#1
その街は炎によって彩られていた。血管のように街にはガス管が張りめぐらされ。街灯の代わりに松明のようにガス灯が燃え盛っている。街の通りにはいたるところで火が燃やされ、夜でも昼のように明るい。青い塗料が塗られた街並みと赤の炎が入り混じり静脈と動脈のような色彩を持つ。 1
2013-05-31 18:28:21通称『火焔気球の街』。この街を覆い隠すように魔法の布が張られている。それは青空のように空色で編まれており、街から立ち上る上昇気流で波打っていた。伝説では街が完全に火で包まれたとき、この布が気球のようになってこの街を月へと導くという。それゆえこの街は火焔気球と呼ばれた。 2
2013-05-31 18:35:36街の炎はこの布が地面に落ちないよう昼夜を問わず焚かれていた。燃料となるのは無尽蔵に沸きだすガスだ。この街の者は誰もそのガスがどこから来るか知らない。ガスをパイプラインで遠くの街に供給すれば富が築けるかもしれない。だが、この街のガス採掘権はある一族が完全に握っていた。 3
2013-05-31 18:39:56「火の巫女の一族と呼ばれるこの街の領主は、ガスを燃やし続ける以外の方法を許さない。市民は観光資源が入ってくるから誰も文句は言わないらしい」 付箋だらけのくたびれたガイドブックをめくるのは観光客のフィルだ。相棒のレッドは街の火で炙られる焼肉の屋台に目を奪われている。 4
2013-05-31 18:54:39「肉、肉! いいねぇ、肉だよ」 「君は食文化以外にも観光すべき所に目を向けたほうがいいよ……」 やれやれとフィルは公園のベンチに腰を下ろした。レッドは財布を取り出し屋台に行ってしまったようだ。鼻先を深紅のシルフが通り抜ける。この街は火の精霊たちの憩いの場でもあるのだ。 5
2013-05-31 18:58:36「お兄さん、観光に来たの? この街はいい街だよ。暖かいし」 「はは、ちょっと暑いくらいだよ」 別のシルフが話しかけてきた。確かにスーツ姿のフィルやレッドは暑いかもしれない。だが、言葉とは裏腹にフィルは汗ひとつかいていない。 6
2013-05-31 19:02:16公園にはたくさんの観光客が休憩に訪れており、それぞれ屋台に足を運んだりベンチで談笑したりしていた。彼らの目的はみな同じ。夕方からこの公園の近くの通りでパレードが行われるのだ。今日は少し特別な日である。 7
2013-05-31 19:07:12「今日は新しい火の巫女が誕生するんだってね。しかも10代のお嬢さんだよ」 シルフは続けて話を振ってきた。そう、フィルとレッド、そして他の観光客たちが今日この日に集まっているのは、このセレモニーに立ち会うためであった。 「あんなに若いのは珍しいね」 8
2013-05-31 19:11:18「そう、この世の春とは若い女と腹いっぱいの肉!」 レッドが手にパンで挟まれた焼肉を持って帰ってきたようだ。両手に……自分とフィルの分を持って。 「ありがとう、レッド」 9
2013-05-31 19:16:05シルフは花の蜜の方がいいなとけらけら笑った。祭りの空気がひとを陽気にさせるような、そんな期待感に街は膨らんでいた。フィルはレッドから肉を受け取るとがぶりと大きくほおばる。炎の柱が天高く昇る。今日の街の火は一段と強いようだった。新しい火の巫女を祝福するように。 10
2013-05-31 19:19:49シルフは一瞬暗い表情をして囁いた。 「先代、先々代の巫女が急に亡くなったのは暗殺だってみんな噂してる。今日も何事もなく済めばいいんだけど……」 そう言ってシルフはどこかへと飛んでいってしまった。 11
2013-05-31 19:28:42フィルはもう一口かぶりつくとゆっくりと咀嚼した。この半年で急に火の巫女やその親戚が死に始めているのだ。そしてとうとう火の巫女の一族は最後の一人……18歳のルシリミアだけになってしまった。これは異常だと彼女は街の自治体から厳重に守られている。しかし犯人は依然捕まっていない。 12
2013-05-31 19:33:44「暗い顔をするんじゃねぇよ。せっかくの祭りじゃねぇか」 レッドが笑いながら肉を食べる。フィルがそっとつぶやいた。 「僕たちは観光客。この地で何が起こるかしっかりと目に焼き付けるだけさ。それが悲劇であってもね」 そしてふっと息を吐き表情を崩した。 13
2013-05-31 19:39:14「大丈夫、そんなつまらない物を見るために来たんじゃないさ」 そう言って笑ったのだった。街の喧騒は次第に賑やかになり、パレードが近いことを知らせた。すでに通りにはたくさんのひとが集まっている。二人は急いで肉を食べきり、見晴らしのいい場所を探しに行った。 14
2013-05-31 19:42:39パレードが始まった。鮮烈な緑と静かな青のストライプで彩られた胸甲騎兵が列を先導する。花火が上がり、華やかな装いの婦人たちが舞う。フィルとレッドは群衆に揉みくちゃにされながら写真を撮った。美しい光景だった。夜の闇に炎の赤い光が舞う。 15
2013-05-31 19:46:57フィルもレッドも、このときは火焔気球にまつわる大きな出来事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。松明のジャグラー! 火を吹く仮装車両! 見事なパレードが続く。そして見上げるほど大きな赤皮獣に乗った火の巫女が見えようとした時だった。 16
2013-05-31 19:51:23銃声は歓声にかき消された。赤皮獣の腹に穴が穿たれたのに気付いた観衆はいただろうか。次の瞬間、赤皮獣は苦しみだし暴れ出した! それと同時に煙幕弾が建物の隙間から放たれた。パレードは一瞬にしてパニックのるつぼと化す。赤皮獣が大きな地響きを上げ倒れるのが見えた。 17
2013-05-31 19:59:50煙幕には麻痺成分が含まれていたようだ。観衆が次々と倒れる中、ガスマスクをつけた幾人もの男が街の陰から次々と赤皮獣に近寄る。だが、彼らは足を止めることになる。倒れ動けないでいる火の巫女の前に……誰かいるのだ! 18
2013-05-31 20:04:31「巫女さん、大丈夫か?」 麻痺ガスを吸って意識も朦朧としている、18歳のうら若き乙女……髪は燃えるような橙色で、すっきりとした細い目をした火の巫女の傍に立つのは、レッドだった。 19
2013-05-31 20:08:37「貴様、ガスを吸ってなぜ動ける!」 「いやぁ、鼻が詰まっててね……」 ガスマスクの男たちは一斉に短刀を抜く。一方のレッドは使い古したカメラしか手に持っていない。 「ひえぇ、暴力反対」 20
2013-05-31 20:28:41男たちはレッドの様子に戸惑いを覚えた。凶器を目の前にして本気で恐れているようにしか見えないのだ。 「火焔気球は我々の物だ……お前一人何の障害にもならぬ」 レッドにとびかかろうと男たちが一歩前へ進んだときのことである。閃光が辺りを塗りつぶした! 21
2013-05-31 20:33:24レッドも男たちもその光の洪水に動けないでいた。たくさんの足音が男たちとレッドの間に割り込む。やがて光が薄れたころ、彼らの正体が分かった。パイプが幾本も伸びた特殊な衣装、閃光ゴーグル、ガスマスク。背中には巨大な背嚢。燃えるように揺らめく赤い髪。手には火炎放射器。 22
2013-05-31 20:41:00彼らの中でもより装備の質と装飾が優れたリーダーが一歩男たちの前へと踏み出す。彼らを知らぬものはこの大陸にはあまりいないだろう。破壊と再生、火と蒸気のギルド。 「我々はグランガダル廃棄物処理社である! 双方武器を捨て我々に投降せよ! さもなくば灰になるまで!」 23
2013-05-31 20:46:47