「技術史」講義のまとめ(電通大・佐藤)

担当している講義科目「技術史」について、毎週その準備状況を呟いていましたが、一学期の半分も過ぎ、このまま闇に葬るのは勿体ないのでまとめました。こんな形で大学教員が自分の講義をまとめて公開するのも面白いのではないかと思い、とりあえずやってみました。
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第1回 日本の繊維産業

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

それでは、授業に行ってきます。今日の技術史は、日本における養蚕業・絹織物産業の歴史。こんな道具を見せながら、話します。 http://t.co/VMQkDfEuqm

2013-04-24 08:55:13
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

前に出した写真は「座繰器」(ざぐりき)と言われるもので、蚕の繭数個から糸を繰り出す時に使う手回し式の道具です。昭和11年に作られたと書かれています。それまで現役の器械だったわけですね。

2013-04-24 10:47:15

この回のポイント

○素材としての「繊維」には地域と文化による多様性があること

○近世日本の絹糸産業は、当初中国からの輸入超過で、貿易制限以後、国産化が急速に進展

○絹織物産業も近世では国内にあちこちでブランド化が進む

○開国以後、絹糸は主力輸出商品となるが、国際標準にまで水準を上げる必要に迫られ、海外技術(イタリアやフランス)を導入。富岡製糸場の開設に至る。

○機械製糸だけでは間に合わず、座繰り器などで作られた二級品も輸出に回された。この主力輸出品も、合成繊維の出現によって壊滅的打撃を受ける。

第2回 近世の金属生産

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

今日の1時間目は「技術史」。近世日本の製鉄について話をした。サンプルとして出した江戸時代の手鏡(正確には鉄製品ではないけれどもw)  http://t.co/X7S4e0v82x

2013-05-01 10:37:10
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

鉄製品としては、医薬品などを粉砕するのに使った「薬研」(やげん)。私が骨董屋で仕入れた物。相当重いですw  http://t.co/JKnDcSrfk8

2013-05-01 10:38:29
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

せっかくなので、自分で取材した製鉄遺跡の写真も見せました。これは山口県萩市内の「大板山たたら製鉄遺跡」  http://t.co/S6HgrFw1zo

2013-05-01 10:42:27
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この回のポイント

○古代から利用可能な資源・エネルギーのモデルとしてみた「五行」(木・火・土・金・水)について

○日本のたたら製鉄について。砂鉄と木炭を使うことによるその特徴。

○近世鉱山業がもたらした環境破壊や労働災害について。

第3回 和紙について

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

そろそろ、授業に行ってきます。今日の「技術史」は伝統産業の第3弾、「製紙」について話します。日本の和紙と韓国の韓紙との違いやら、製法の手順など、話してきます。これは14世紀くらいの朝鮮半島の紙の端切れの部分  http://t.co/xGZGsHWqMt

2013-05-08 08:59:37
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

今日の講義では、この土佐典具帖紙のことも話題にした。もっとも薄い和紙で、美術品の修復でも世界的に使われている素材。私の手が透けて見えますよねw  http://t.co/hp76FEZIzj

2013-05-08 10:38:51

この回のポイント

○紙という素材の不思議さ。だが、我々の身の回りで「紙」でなければならない必然性はどこにあるだろうか?

○近世日本では、和紙の取引額が消費財の中で米・材木に次いで第3位であったこと。(それだけ大量生産されていたこと。)

○和紙の材料と製法について。特に「ネリ」を混入させる事による技術改善。完全な分業体制による一貫生産。

○江戸時代のリサイクル業と和紙。

○和紙と韓紙の比較。中国の「竹紙」の製法。

第4回 近世の測量術

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

今日の1時間目の「技術史」は、江戸時代の地図の歴史を話す。国絵図・村絵図から始まって、伊能忠敬の地図へとかなり盛りだくさん。前回までが技術の中でも「素材」の歴史に特化した話をしたので、今回は「空間認識」の技術、道具を集団で使うことの歴史という側面から地図を語ってみる。

2013-05-15 08:20:39
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

何度か使っている図ですが、江戸時代の山間部での測量の様子。(正確には、鉱山を掘る時の山師達の測量の様子ですな)  http://t.co/XFd1u5yOgO

2013-05-15 08:27:36
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この回のポイント

○東アジアにおける地図と政治の関係

○江戸時代の村絵図と国絵図。

○17世紀にオランダから導入された測量技法の数々。平板測量、トラバース法、等。測量道具類も導入されている。

○国絵図を繋げることでできた日本全図と、19世紀に作られた伊能忠敬地図の違い。

○伊能忠敬はなぜ全国地図を作製することになったのか。その動機と歴史的背景。

第5回 近世日本の望遠鏡

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

今日の「技術史」は、江戸時代における望遠鏡の歴史。その導入から、日本の職人による反射式望遠鏡を100%自作するに至るまでの流れを解説。屈折式望遠鏡については、江戸時代では最後まで、ガラスレンズの制作技術が手に届かず、100%の国産化までは行かなかった。

2013-05-22 08:36:04
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

1時間目の講義終了。反射式望遠鏡を作った国友(現・長浜市)の藤兵衛さんは、こんな火縄銃を普通は作っていたとのこと。重量で15kgくらい。いやあ、数年前の写真なので、だいぶ太ってるなあ、私。。。  http://t.co/xwX59w3TGS

2013-05-22 10:42:34
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

江戸時代の屈折式望遠鏡を縮めたところ http://t.co/GwyszDYqVj

2013-05-22 10:43:41
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

同じ屈折式望遠鏡を延ばしたところ。3mぐらいになったかなあ。長さを測ってこなかったのが残念。   http://t.co/vtmWLvpGti

2013-05-22 10:44:46
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この回のポイント

○望遠鏡の発明とそれが日本に伝来した時期

○屈折式望遠鏡と反射式望遠鏡の仕組みの違いと、近世における国産化に際しての技術的困難さの比較。

○反射式望遠鏡を完全に自作した鉄砲職人・国友藤兵衛について。彼のその他の発明品、(西洋の)模造品について。

第6回 江戸時代のからくり

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