モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring XI~
- IngaSakimori
- 1979
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「だっせえライトだな! それに見ろよ、このマフラー! 海苔でも入れてんのか!?」 「……くくっ。 おいおい、やめとけよ……大型みたいなサイレンサーに憧れる奴が乗るバイクなんだよ……」 「ありえねえええええええええええええ!!」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:16:14そのホンダ製モーターサイクルは海外名をMSX125。そして、国内仕様をグロムという。#mor_cy_dar
2013-06-25 10:16:34日本では今月になって発売されたばかりという最新モデルを、しかし嫉妬でもなく、羨望の裏返しでもなく、心の底から馬鹿にした表情で囲んでいるのは、4ミニ集団の中でも二人の男だった。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:16:39「こんなに重くてよう、止まるもんも止まらねーだろ、おい!」 一人は特に大きな罵倒の声をはりあげている小太りの青年。 おそらく30にならないといった年の頃だろうか。銀縁のメガネが汗にぬれて、気味の悪い輝きを放っていた。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:16:52「だからやめとけよう……くくく。こういうのはな、下りのブレーキングで慌ててスリップダウンするような奴向けに、もともとブレーキも弱くしてあるんだよ。 止まらないのは重さだけのせいじゃないぜ……」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:17:03もう一人は痩身の男。小太りのメガネと同年代だろう。やや背が高く、無造作に伸ばした髪を適当に背中でしばっている。 その語る言葉こそ穏やかではあるものの、口元には薄暗い侮蔑の笑みが常に浮かんでいる。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:17:134ミニ集団は他にも七、八名ほどいるものの、二人を止めようとする様子はない。 消極的な同意、という雰囲気で眺めているだけだ。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:17:25「あはは……」 そして、悪意の矢面に立つ少年は、がっくりと肩を落としながらうつむいている。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:17:35「ティック……言いたい放題言われてるが、いいのか?」 「い、いいんですよ。あんまり走らないバイクなのは事実ですし、まだ慣らし終わってないですし」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:17:55「んなことねーだろ。最新モデルなんだろ。なあ、おやっさん?」 「志智……ヨ」 志智の問いかけに、しかし『おやっさん』の顔色は渋かった。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:18:00「そいつはお前さんが生まれる前の常識だな」 「なんだって?」 「今は……ヨ。 排ガス規制に騒音規制……いろいろめんどくさい世の中だ。新型が出るたびに重くなって、パワーも落ちるって相場が決まってるんだ……ヨ。 特に小排気量はなあ」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:18:29「そういうものかもしれないけど、バイクの速さを決めるのは腕じゃないか」 「とはいえ……ヨ」 『おやっさん』は小太りのメガネと痩身の男――二人が駆るマシンへと目を向ける。 一台はホンダのゴリラ。そしてもう一台はカワサキのKSR110。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:18:41「ありゃあ、相当いじってるぜ」 「だから腕だって」 「それにしたって、あの感じじゃ……重さは100を大きく切ってる。 90とか80とか……もっと軽いかもしれないな。 エンジンもばっちり手を入れてるだろうから、加速もパンチがあるだろうし……ヨ」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:19:47「よく分からないけど、加速なんて排気量次第じゃないか。 4ミニっていうことは、2stじゃないんだろう?」 「志智、おめえ……ヨ」 祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。 わびさびすら含んだ表情で『おやっさん』はゆっくり首を振ると、志智の肩に手を置く。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:20:07「なんつーか、マジでバイクのこと、知らねえんだな……ヨ」 「まあ、それは否定しないけど」 「え、えっと、お義兄さん。 あのお気遣いは嬉しいですけど、あの二台はどっちもボアアップもしてると思いますし、パワーも僕のグロムよりずっと上なんですよ」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:20:20「ボアアップっていうのが何なのかは知らないが、その発言は許されないからな」 「あ゛い゛だだだだだだだだだだだー!!」 沙羅双樹の花の色。妹に言い寄る男必衰の理をあらわす。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:20:38殊勝な表情のティックに、容赦のない志智の右手がつかみかかり、頭蓋がきしむ音と悲鳴が、倒錯的なハーモニーを奏でる。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:20:45「ううう……またバレた……」 「意外に抜け目のない奴だな。むしろ感心するぞ。 で、ボアアップっていうのはなんだ?」 「えーっと、その、簡単に言うと排気量を増やすんです。パワーがあがります」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:21:08「ボアアップしたあいつらのバイクと、お前のグロムだと━━あいつらの方が速いんだな?」 「あ、はい。むしろボアアップしなくても、吸排気……えーとマフラー変えたりするだけで、速くなります」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:21:36「それじゃあ、俺のスパーダと比べたらどうだ」 「えっ」 三鳥栖志智(みとす しち)はおごれる人ではない。 そして、日原院(にっぱらいん)ティックが聞いた言葉も、春の世の夢ではなかった。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:21:59「もちろんVTの方がパワーはありますけど……」 「よくわかった。授業料代わりにちょっと行ってくる」 「え……えっ? え? あの、お兄さん?」 「おい、志智……ヨ?」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:22:20ティックの戸惑う声も、制止するような『おやっさん』の言葉も聞こえていない様子で、三鳥栖志智はグロムを囲んだ二人に歩み寄っていく。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:22:26「よう、あんたら」 「な、なんだあ!? お、お前は! この、でかいなあ、おい!」 「……くっく。でかいだけじゃ、パ、パワーウエイトレシオが下がるんだけなんだけどなあ……」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:22:46「俺はそのバイクの持ち主の関係者だよ。 さっきからずいぶん礼儀知らずなこと言ってくれるじゃないか。 あんた達がどういう集まりか知らないが、そうやって他人のバイクをけなすのが趣味なのか?」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:23:01