ニンジャズ・デン

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ガミオダ駅の駅前は、華やかなネオン輝くネオサイタマ中心部の装いとは大きく異なる。ロータリーを囲む飲食店群の明かりの奥に広がる闇はどんよりと底なしで、薄ら寒い。ピカピカと光る青い蛍光色の看板に「ぎょうざ」と書かれた建物に列を為す、汚れたブルゾンの人々。或いはその横に座り込む酔漢。1

2013-07-02 21:59:47
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ここは丁度、ネオサイタマ市街区と郊外のボーダーラインに位置する町だ。リョウゴクやカスガ、センベイに出るには遠く、電車の本数も少ない。濁った夜の闇の先には、全くの等間隔で配置されたショッピングモールを中心にした効率的居住区がぽつりぽつりと配置されている。この町が、際だ。 2

2013-07-02 22:05:55
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

この町は、外側の闇の侵攻に……等間隔ショッピングモールの安寧に対して、抗っているかのようでもある。だがその抵抗は弱々しく、自信がなさげだ。酔漢や失業者が埃っぽい路地をうろつき、偽造電子喫茶カードを配るプッシャーの声も小さく、犬は痩せている。日が落ちれば、闇と短絡犯罪の時間だ。 3

2013-07-02 22:15:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ぎょうざ」食堂のノレンをくぐり、中からトレンチコートの男が現れた。並んでいた労務者達は彼に対して敵意に満ちた視線を投げる。彼らよりも先に店内にいた客達は、彼らの敵である。先の客が食事をしているから、彼らは外でこうして、飯にありつくことができないまま、待たされる。余裕無き敵意。4

2013-07-02 22:18:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

トレンチコートの男が、それらの敵意に取り合うことはない。彼はしめやかにロータリー沿いを歩き、コンクリート花壇の隣のベンチに腰を下ろす。そして、シワの寄った日刊コレワを開く。「これでお前たち生活ぜんぶおしまいの証拠」「政府がこんなことになる」。恐ろしい黒背景に黃文字。 5

2013-07-02 22:23:18
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ゴゴゴウ……滑るようにして、白いワゴン車がロータリーに入ってくる。白いワゴン車は、タクシー待ちをしている女性の前で停まった。年の頃カレッジ学生、やや酔った様子の彼女は、腕時計とワゴン車を交互に見た。ワゴン車のスライドドアが開き、爆音の歌謡音楽が外へ溢れ出る。彼女は目を見開く。6

2013-07-02 22:30:51
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「え?」「ドーモ」車内の闇から、屈強な体躯のタンクトップ男が、ぬう、と身を乗り出した。そして無造作に彼女の腕を掴むと、車内に引きずり込んだ。「アイエエエエエ!」ゲラゲラ笑う声と車内BGMが女の悲鳴をかき消した。「前後ワゴンにようこそ!」「アブナイゼ!」 7

2013-07-02 22:32:47
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエ!アイエエエエ!」「早く車出しちゃえよ?」女を押さえ込みながら、タンクトップ男が陽気に言った。運転席の男が振り返った。「ドア閉めろよ!」「何?」「ドア!閉めろって」「何?」ドンツクドンツクブブンブーン……歌謡ボディミュージックのケミカル爆音が会話を阻害する。 8

2013-07-02 22:37:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「閉め!」「何?」「閉め!閉め!」「ああドアね」「アイエエエ!」女が泣き叫んだ。タンクトップ男はシートに女を投げ倒し、スライドドアに手をかけた。「……あン?」彼は力を込めた。ドアが閉まらない。「あン?」「ドア!閉めろって!」運転席の男が繰り返した。ドンツクドンツクブブンブーン。9

2013-07-02 22:41:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「閉めろって!」「何?」「閉め!閉めー!」手振りを交えて、運転席の男は繰り返した。ブブンブーン……「聞こえねッゾコラー!」タンクトップ男は怒鳴り返した。運転席の男は今度はドアの外を指さした。タンクトップ男は目を戻した。ナムサン。トレンチコートの男がスライドドアを押さえている。10

2013-07-02 22:45:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「あン?」タンクトップ男は恐ろしい顰め面を作り、ドアを閉めさせない外部者を睨みつけた。「何してンの?」「……」トレンチコート男はハンチング帽を目深に被り、その表情をうかがい知ることはできない。男は低いがよく通る声で呟いた。「タクシー。乗せてもらおう」 11

2013-07-02 22:49:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「グワーッ!」道路側の窓ガラスが爆散し、タンクトップ男がスリングショットじみた勢いで車外へ排出された。アスファルトに頭から落ち、したたか全身を打って転がる彼を、走りこんできたタクシーが轢いた。「アバーッ!」インガオホー! 12

2013-07-02 22:51:14
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「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「……イヤーッ!」「アバーッ!」更に一人、アスファルト上へ、「威勢が良い」と書かれたTシャツの男がスリングショットじみた勢いで車外へ排出された。アスファルト上、タンクトップ男の隣に、したたか叩きつけられた。 13

2013-07-02 22:57:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

……歌謡ボディミュージックが鳴り止んだ。その後、道路とは反対側のドアから、先ほどの女性が降り立った。無事である。この極限じみた体験に酔いも覚めたか、震えながら車内を振り返った。彼女はしかし、車内に向かってオジギをした。そして駆け去っていった。 14

2013-07-02 23:01:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

では、再びワゴンの車内に注意を戻そう。トレンチコートの男は後部座席に深々と掛け、運転者が顔面蒼白、ガタガタと震える様子を、腕組みして眺めている。「車を出せ」トレンチコートの男は命じた。「アイエエエエ……」SLAM!叩きつけるように男はスライドドアを閉めた。「アイエエエ!」15

2013-07-02 23:06:55
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

滑るように白いワゴンは走りだす。「……」トレンチコートの男は無言である。運転者はそれこそ椅子にショック機構があるかのように、椅子ごと音を立てて震えている。「……」トレンチコートの男は無言である。運転者は既に失禁している。「どち……どちらへ行けば……いいですか、グスッ」 16

2013-07-02 23:10:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「サーペントは同類の暗号を読む」トレンチコートの男は腕組みしたままコトワザを呟いた。「当然、貴様はこの地の『ブラッドバス・シアター』とやらの位置を知っておろう、ヨタモノめ。このまま向かえ」「アイエエエエ!」運転者が再失禁した。「ブラッドバス!シアター!アイエエエエ!」 17

2013-07-02 23:15:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「場所を。知っているな」「だけど、だけど殺されッちまいます!あそこに行くなんてよ……」運転者は泣き声を出した。「パ、パスポートなんて持ってねえんだ!あんた……俺達、俺は、ギャングとかヤクザじゃねえんだよ!遊び半分なんだよ!」「遊び半分だと?」ぞっとするような声が発せられた。 18

2013-07-02 23:21:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「遊び半分でファック・アンド・サヨナラか。犠牲者もたまったものではないな」「アイエエエ!」「どのみち私に人倫を説く資格などない」トレンチコートの男……フジキド・ケンジ、またの名をニンジャスレイヤー……は、独りごちた。運転者は悲鳴を上げながら車の速度を上げる。「このまま向かえ」19

2013-07-02 23:27:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「助けてください」運転者は言った。「真人間になります」「……」フジキドは無視した。ゴウ……ゴウ……広告ポールの傍を通過するたび、割れ窓の外で風が唸る。やがてワゴンは脇道へ曲がり、胡乱で小さい商業区画を抜けて、無個性でだだっ広い大通りに合流した。 20

2013-07-02 23:32:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

広さのある庭、同じ形をした一戸建ての建物とマンションとが交互に並び、数区画ごとにガソリンスタンド。電子喫茶と続く。そのリフレイン。サキハシ知事の治世、急速に拡がっていった光景だ。ネコソギファンド……即ちアマクダリ・セクトによるコケシマート買収が、その流れに更に拍車をかけた。 21

2013-07-02 23:40:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

コケシマート傘下のコケシモールは、周辺地域にひと通りの高品質で明快な、迷いのない、シンプルな充足をもたらす。泥縄の個人経営では到底提供できぬサービスを。人々はモールに勤め、モールで消費し、モールで恋愛し、ねぐらに帰ってゆく。モール一つ一つが、いわば、独立した経済単位だ。 22

2013-07-02 23:47:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

催眠的な景観リフレインの中、白いワゴンはある目的地を目指し、進んでゆく。「あんたヤクザ戦士なんですか。パスあるんですか。もしかして」運転者が恐る恐る質問した。「違う」フジキドは否定した。そして訊き返す。「それほどまでに恐れるブラッドバス・シアターとは実際どのようなものだ」 23

2013-07-02 23:54:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「知らないで行くのかよ……あそこによ……」「用があるから行くのだ」フジキドは言った。運転者はいまだ震えている。恐れだ。フジキドへの恐れも当然ある。だが、ブラッドバス・シアターへの恐れはそれをも上回るのだろうか。「あそこはヤバイんだよォ……法律は……法律はねえんだよ……」 24

2013-07-03 00:00:00