ワン・ガール、ワン・ボーイ #3

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アーッ01011ザリザリ……未来は無い!未来…101101ザリザリ……」ノイズまみれのサウンドを吐き出すIRCラジカセを、ブレイズは拳で殴りつける。ラジカセは壊れて動かなくなった。「な?なかなか難しいんだよ」鈍い銀色のニンジャはイカを齧りながら言った。 1

2013-07-31 22:16:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ローカルコトダマ空間ってのは、潜在意識だから、自分で意図したものを作るっていうのは大変なんだ。その人にとっての、ある種の切実さ……強烈な記憶の焼きつき……そういうものが大事なんだな」彼は焚き火越しにもう一つのイカを差し出した。「イカはもう、だいぶいいよ」2

2013-07-31 22:20:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼女はそれを受け取り、咀嚼した。「……まあね」「パンクが好きなんだな」ニンジャは言った。「どんなとこが良いんだ?」「ア?」彼女はイカを噛みながら、ニンジャを睨んだ。「……顔かな」抑揚のない声で答える。「顔?」「だいたい、フロントマンの顔がカワイイ」「顔なのか」「悪いかよ」 3

2013-07-31 22:24:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「見た目……生き方じゃないのか?」「生き方ッてのは、見た目だろ」「でも、スモトリパンクスとかは」「そういうのは、お呼びじゃねえな」彼女は火の中に焼き串を放り込む。砂を叩いて立ち上がり、頭上で自転する黄金の立方体に向かって叫んだ。「起こせ!」……どこからかアラームが聴こえてきた。4

2013-07-31 22:33:27
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「オゴーッ!」サウンドチェックのステージ上、サンダンウチのヴォーカリストが嘔吐した。メンバーである三人のギターリストは激昂し、ヴォーカリストを蹴ったり、ギターで殴ったりした。「バカ!」「汚ねえんだよ!」ダブルモヒカンスタッフがモップを投げ、「自分で掃除してよね!」と叫んだ。 5

2013-07-31 22:46:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「後がつかえてンだよ!ちゃんとやれ!」サウンド・エンジニアがブースから怒鳴りあげた。エンジニアの権力は絶対だ。ナメた真似をして、演奏中に音を消されても文句を言えない。ギターリストの一人がモップがけをしながら、うずくまるヴォーカリストを踏みつけた。「こいつ深酒しちまったンだよォ」6

2013-07-31 22:52:21
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「今夜はよォ……アベ一休……オミソ……もしかしたらタケシ……すげえ。何が起こるかわからねェ」ヴォーカリストは、えづきながら起き上がる。「だからナメられるわけにはいかねェんだよ!キメてこねえとよ!」「二日酔いで使い物にならねえんじゃ世話ねえな」エンジニアは冷たくコメントした。7

2013-07-31 22:58:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

そうした様を、ブレイズは、階段の脇にしゃがみこんで眺めている。アクビを噛み殺し、耳をほじった。「正直こんなもん見たくねェんだけど!」ステージ上で殴り合いを始めたサンダンウチから目をそらし、ダブルモヒカンにぼやいた。「遅刻してくりゃよかったぜ」「そう言わずに。早期警戒が大事」 8

2013-07-31 23:05:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダブルモヒカンはしたり顔で言った。「こういう開演前の準備時間は、客がいない、つまり、頭数が少ないでしょ?そういうところを狙われたりするんだよ。マッポならまだしも、ロカビリーやナショナリストが大勢で攻めてくる事もあるぜ。火炎瓶事件知ってる?」「とにかくブン殴ればいいんだろ」 9

2013-07-31 23:12:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ちゃんと考えてよ。正当防衛でも、やり過ぎたらマッポにアレされるし……」ダブルモヒカンは言った。「アンタはどうか知らないけど、少なくとも俺やオーナーは、ムショには入りたくない類いのパンクスなんだ」「アタシがそんなバカに見えるかよ?」ブレイズは不服げに言った。 10

2013-07-31 23:18:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼女は先日の乱闘騒ぎの度胸を買われ、なりゆきでこのライブハウス「壁」の臨時セキュリティとして雇われていた。「壁」はこの日をもって閉店となるが、鈍色のニンジャと入れ替わる形で突如ネオサイタマに投げ出され、収入のあてのない彼女にとってみれば、渡りに船の臨時収入源だ。11

2013-07-31 23:25:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「オーナーは隠居、アンタは失業?」ブレイズが尋ねる。「そう」ダブルモヒカンは頷いた。「俺、マジメだからね。失業保険がもらえる。今、どんどん給付基準が厳しくなって来てるけど」「フーン」「貯金もしてるからね。俺、堅実だから」「フーン」「心に決めてる事があるんだよね」「フーン。何」12

2013-07-31 23:31:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ヨタモノ知ってるでしょ。あったでしょ、ムコウミズのヨタモノ」「アー。ライブハウスか。燃えただろ」「そう」ダブルモヒカンは目を輝かせた。「聖地でしょ?やっぱり。あんな終わり方ないよ。すごい沢山パンクスが死んでさ。よくないよ。……で、どうにかしたくッてさ。復活させたいのね」13

2013-07-31 23:37:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「復活ねェー……」ブレイズは頭を掻いた。ダブルモヒカンは勢い込んだ。「俺はもともとヨタモノに入り浸ってたワケ。だからね、これ、悲願ね。俺一人じゃそりゃあ、無理だよ。まだまだ無理。でも、有志をつのってさァ。心意気をさァ……」「オイ!こっち、どうなってる!」オーナーが彼を呼んだ。14

2013-07-31 23:54:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ハイヨロコンデー!」ダブルモヒカンはブレイズににっこり笑い、駆け去っていった。ステージ上では次のバンド、故障のメンバーが、サンダンウチと剣呑な視線を交わしている。ブレイズは所在なく、階段を上がって裏口から出ると、壁に寄りかかって座った。「ブエッ!」光が差し、クシャミを促す。15

2013-08-01 00:04:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ここ、壁?」「あン?」ブレイズは声をかけてきた男を見上げた。ガリガリに痩せた男が彼女を見下ろす。逆光の中、落ち窪んだ目、眉間の深い皺、デコボコの短髪。「コシャクな」と書かれたTシャツを着ている。首周りはほつれてボロボロだ。「ここ、壁?」「アベ……!」ブレイズは息を呑んだ。 16

2013-08-01 00:13:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「壁?」「壁?壁だ」ブレイズは慌てて立ち上がった。男は三白眼でブレイズをじっと見た。「俺……アベ一休……歌ってる」「知ってるよ」ブレイズは小さく呟き、マフラーを鼻先まで引き上げた。「入れるよ。入れよ」「俺……俺、だいたい早い。来るの、早い」ブレイズは頷き、階段を無言で指さす。17

2013-08-01 00:21:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ドーモ」男は……伝説的パンク・バンド、アベ一休のヴォーカリスト、ユシミは、フラフラと階段を降りてゆく。「ユシミ=サン」ブレイズはその背中に声をかけた。「タイコ……シゲキのかわりは」ユシミが足を止めた。「うん、弟、シゲキ、弟、シゲキ」彼はブツブツと呟いた。「死んだシゲキ」18

2013-08-01 00:34:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ブレイズは言葉を探したが、ユシミはそのまま降りていった。マフラーの下で彼女は唸り声を押し殺した。……「ここ、壁ッスよね?」「ア?」かけられた声に我に返り、彼女は振り返った。「当日券無いッスか?」「知らねえよ!」彼女が邪険に睨みつけると、パンクスはツバを吐いて去っていった。 19

2013-08-01 00:40:48
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴゴゴウン。ゴゴゴウン。下からは「故障」の鳴らすギターの轟音が漏れ聞こえてくる。ユシミはフロアに立って、その様子を見ているのだろうか。それとも楽屋で寝るだろうか。ブレイズはとりとめもなく考えた。ずるずると壁を背中がすべり、彼女は再び座り込んだ。彼女はずっと考えていた。 20

2013-08-01 00:47:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【ワン・ガール、ワン・ボーイ】#3 続き

2013-08-01 22:35:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

最初のバンドの登場を待たずして、既に「壁」の動員数はキャパシティ限度に達しようとしていた。フリークアウトしたパンクスが何人かの友人に抱えられて階段を運ばれてゆく。「先走って盛り上がり過ぎだな」ダブルモヒカンスタッフが辛辣にコメントした。「アー」ブレイズは上の空で呟いた。 21

2013-08-01 22:45:07