ノーホーマー・ノーサヴァイヴ #1
球場照明プレートは当然消灯されている。代わりに、観客席……当然無観客である……のポイントポイントに設置された蝋燭のジゴクめいた灯火が、そして、カタコンブの墓碑めいて白く四角いベースの蛍光発光装置が、グラウンドをかろうじて照らし出す。2
2013-08-22 21:36:44オニタマゴ・スタジアムは湾岸のイルカモノ・スタジアムと並んでネオサイタマが誇るハイ・テックなドーム式球場だ。しっかりと照明が働いていれば、ドーム天井に描かれた聖ラオモトの禍々しきブッダ戦士図画を見上げることができただろう。だが今この空間は、さながらブードゥー闇儀式の場である。 3
2013-08-22 21:48:10聖ラオモト?今、聖ラオモトと記述されたか?然り。察しの良い読者の方はおのずと気づいてしまった事だろう。即ちこの球場を現在スポンサードするのはネコソギ・ファンド社。その社主こそ、故・ラオモト・カンの息子、ラオモト・チバ……暗黒ニンジャ組織アマクダリ・セクトの首領である! 4
2013-08-22 21:53:57そして、おお、何たることか。暗視サイバネアイをお持ちでない諸氏はどうか目を凝らして頂きたい。グラウンドは無人ではない。ファースト、セカンド、サード、ショート、レフト、ライト、センター……各ポジションでミットを構えているのは完全武装のサイボーグ野球ヤクザ達だ。ではバッテリーは? 5
2013-08-22 22:01:58キャッチャーは壁めいた巨体であった。スモトリ?否。ビッグニンジャ・クランのニンジャソウル憑依者だ!全身を鎧うスパイクプロテクターの胴体部には、下向きの矢に天下の漢字を重ねあわせたエンブレム……アマクダリ・セクトの荘厳かつ謎めいた意匠。ケンドーめいたフルヘルムの隙間に眼光。6
2013-08-22 22:10:56「シューフフフ……」呼吸孔とバイクのマフラーじみた左右の管から煙を吐きながら、そのビッグニンジャは、残忍な視線をバッターボックスに立つ者へ向ける。「ニンジャのスポーツマンシップは甘くねェぞ……」そして彼はピッチャーマウンド上のニンジャを見やった。「楽しくなるぜ……」 7
2013-08-22 22:15:22呼応するように、闇の中、ピッチャーマウンド上のニンジャの恐るべき瞳がギラついた。目だけではない。その右肩から指先は、不穏な薄紫の燐光を放っている。おそらく、ニンジャ腕力を強化する何らかのエンハンスメント・ジツだ。「普段、奴は手加減している……キャッチャーがモータルの時はな……」8
2013-08-22 22:22:57キャッチャーニンジャは煙を吐きながら続けた。「プロテクターをつけようが、非ニンジャの屑には到底、奴の全力投球を受けきる事ができんからよ……ミットを、鎧を貫通して、背中から抜けちまう。奴は今夜、全力だ。絶望しろ。奴は……サブスティテュート=サンは暗殺野球のプロフェッショナルよ」9
2013-08-22 22:29:43「奇遇だな」それまで黙っていた打者が、その時初めて答えた。「私もオヌシらを、このスタジアムから生かして帰そうとは思っておらん」……バットを構えたのは、赤黒装束に身を包んだニンジャであった。彼のメンポ(面頬)には、恐怖を煽る字体で、「忍」「殺」の文字がレリーフされていた。10
2013-08-22 22:37:46ニンジャ投手とニンジャ打者の視線がぶつかり合った。鋼ヘルメットのつば越しに、赤黒のニンジャは……ニンジャスレイヤーは、マウンド上の敵の全挙動を追う。彼らは既にアイサツを済ませていた。マウンド上のニンジャの名はサブスティテュート。キャッチャー役のニンジャの名はフォートレス。 11
2013-08-22 22:51:55アマクダリ側のベンチには腕組みしたヤクザが満載されている。彼らは皆同じ顔をし、同じ姿勢で、無表情にグラウンドを凝視している。クローンヤクザ、それも野球用にサイバネ強化された個体群だ。対するニンジャスレイヤー側のベンチは?……無人である。 12
2013-08-22 22:58:33スコアボードのLEDは送り火めいている。一回表。この時点でまず、ニンジャスレイヤーは辛くも命を拾った形である。一球も投げられていない現時点で、既に戦いは始まっている。ナンシー・リーがかろうじて行った介入行為。UNIXシステムの一部をハッキングし、先攻をもぎ取ることができた。 13
2013-08-22 23:04:55ニンジャスレイヤーが後攻であれば、どうなったか?ニンジャスレイヤーは独りだ。ゆえに、投球を受けるキャッチャーがいない。試合は続行不可能となり、ニンジャスレイヤーは自動的に敗北する。当然アマクダリもその算段に嵌めるつもりであった筈だ。だがその目論見は破られた。 14
2013-08-22 23:08:27依然として状況は予断を許さない。圧倒的不利なゲームのスタートラインになんとか立つ事ができた、それだけだ。ナンシーはアマクダリの防衛システムによってbanされ、これ以上の工作は行えまい。「お前後悔するぜ」フォートレスが笑った。「大人しく失格処刑されていれば楽に死ねたッてよ」15
2013-08-22 23:14:17サブスティテュートが片脚をほぼ真上、垂直に高々と上げた。砂埃が舞い、その輪郭がぼやける。ニンジャスレイヤーは己の心臓の鼓動を聴いた。ゴウ!砂埃が渦を巻き、次の瞬間には、フォートレスのミットがズシリと音を立てていた。フォートレスはキャッチ姿勢のまま1フィート後ろへ滑っていた。16
2013-08-22 23:20:13「……ストライク!」アマクダリ審判がボディランゲージを繰り出しながら叫んだ。フォートレスはサブスティテュートへボールを投げ返した。「こういう事だ。そして、今のはちょっとした遊びよ。お前、これからジゴクを見るぜ」「……」ニンジャスレイヤーは再びバットを構えた。 17
2013-08-22 23:25:13サブスティテュートが高く脚を上げた。砂埃が渦巻く!「イヤーッ!」ゴウ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバットを振りぬく!SMASH!ボールは斜め後方へ高く跳ね上がった。フォートレスはフェイスガードメンポを引き上げ、素早く振り返ってボールを目で追う。ボールは後部客席に落下! 18
2013-08-22 23:31:40「ファウルボール!」アマクダリ審判が判定した。「……」フォートレスがボックスへ戻るニンジャスレイヤーを睨んだ。ニンジャスレイヤーは彼を一瞥した。「遊びとやら、いつ止める」「フン……減らず口を叩けるうちに叩いとくがいいぜ」サブスティテュート第三球!「イヤーッ!」 19
2013-08-22 23:35:48ゴウ!砂埃が渦巻く!ナムサン!極めて強力なニンジャ動体視力の持ち主であれば、この第三球がニンジャスレイヤーの頭部を照準していた事に気づいた事だろう!早くも遊びは終わりなのだ!「イヤーッ!」SMASH!ナムアミダブツ! 20
2013-08-22 23:38:04「死……何ッ!?」フォートレスは目を見開いた。彼の目に映ったのは、上半身を思い切り反らしながらバットを繰り出したニンジャスレイヤーの姿である。ボールは?まっすぐにサブスティテュートめがけ弾丸めいて飛んでゆく!ピッチャー返しである!危険球を躱しつつ打ち返したのだ!「バカな!」 21
2013-08-22 23:41:59サブスティテュートは一瞬ミットを構え、この殺人ピッチャー返しの捕球を検討した。だが彼はそれをしなかった。「イヤーッ!」回転ジャンプによってボールを危うく回避!この状況判断は妥当である。この近距離でニンジャの打球を取るのはリスクが高すぎる!彼は二塁手を振り返る!「アバーッ!」22
2013-08-22 23:47:14サイボーグ二塁手ヤクザの脳天が爆ぜた。即死!ナムアミダブツ!血を噴きながら死のダンスを踊る彼の横を、赤黒い風が行き過ぎた。それは一塁を既に蹴ったニンジャスレイヤーだ!そして二塁手の脳天を貫通した打球はやや勢いを弱め、フォローに入ったセンターヤクザの手前地面で浅くバウンドした。23
2013-08-22 23:54:13ニンジャスレイヤーは走る!二塁打?三塁打?それは敗北を意味する。出塁すれば次の打者がおらず、失格となるからだ!センターヤクザは三塁手ヤクザめがけボールを投擲!なんたるニンジャではないがサイバネティクスとクローンヤクザの身体能力によって非凡な肩の力!ニンジャスレイヤーは加速!24
2013-08-22 23:58:50