【twitter小説】砂の魚#3【幻想】

砂漠で釣りをしている一人の男。水も無いのに彼はなぜ……? 不思議な男の物語。小説アカウント @decay_world で公開した物語です。この話は#4まで続きます
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減衰世界 @decay_world

 レジルとミレウェは早速領主の館へと赴いた。オアシスの建物は土を固めてできた粗末なものであったが、領主の館は煉瓦で出来ており、漆喰が白く眩しい豪華な建物だった。門番に魚の件を話すと、中へと通してくれた。 51

2013-08-30 16:26:09
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 領主の敷地は外の森やオアシスの街中と違い豊かな下草が生えていた。レジルは旅の中で知っている……この植物たちは南国の珍しい草花だ。砂漠に自生しているようなものではない。なるほど、領主は収集癖があるらしい。 52

2013-08-30 16:33:10
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 草原のような庭を横切り領主の館に入る。館の中は汗が乾くほど涼しい。空調設備か、魔法がかかっているのだろう。いずれにせよかなり豪勢な設備だ。レジルとミレウェは広間に通された。すぐ壇上に領主が現れる。 53

2013-08-30 16:37:06
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「おお、そなたたちか、魚を持ってきてくれるのは!」  レジルはクローキのことを手短に説明した。もうすぐ魚が釣れそうなこと、彼は森で釣りにかかりっきりになっていること。しかしそれを聞いた領主は顔を赤くして怒り始めた。 54

2013-08-30 16:42:56
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「ふ、ふざけるな! 砂地で魚が釣れるわけが無い! そんな馬鹿なことを言っておらんでさっさと生きた魚を持ってこんか!」 「しかし、確かに砂の魚はいるというのです」 「嘘に決まっておる!」 55

2013-08-30 16:47:59
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 領主は怒り狂い、壇上の花瓶を掴んでレジルに投げた。花瓶はレジルの目の前に落ち破片と水を撒き散らして砕け散る。だがレジルは微動だにせず領主を見上げていた。ミレウェは困ったように両者を見ておろおろしている。 56

2013-08-30 16:54:44
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「……たしかに馬鹿げた話かもしれないですな。ただし領主どの、あなたの要求も同じくらい馬鹿げたものであることを認識すべきです。こんな砂漠で魚を求めるというのは、砂地で魚を釣るのと同じような物ということを」 57

2013-08-30 17:00:43
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 領主は怒りに震えていたが、やがて大声を上げ家来に命令した。 「馬を用意せよ! その馬鹿者を、一目見てくるわ!」  家来はそれを聞くと、慌てて奥へと行ってしまった。領主はクローキの元へ行くらしい。そして元の尊大な表情に戻る。 58

2013-08-30 17:04:26
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「貴様ら、その男のもとへ案内せよ」  それを聞いたレジルとミレウェはお辞儀で応えた。領主は煙草をポケットから取り出すと、家来に火をつけさせてぷかぷかと煙を吐いたのだった。 59

2013-08-30 17:12:49
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「お前か、砂から魚を釣ろうとする愚か者は」  森の奥、日だまりに領主、レジル、ミレウェ、そしてクローキが一堂に会した。領主は相変わらず尊大な態度で馬上からクローキを見下ろす。 60

2013-08-30 17:20:16
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「愚かにもいろいろあってな……我儘を言うのと自ら追い求めるのは違うさ」  領主は一層怒りの表情を深くした。いままで領主の前に出てくるものはみな領主にへりくだり、領主の言うことに従ってきたものばかりだ。 61

2013-08-30 17:28:00
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 領主は今にも叫びだしそうだったが、ふふんと鼻を鳴らし煙草を掴んだ。そして火をつけ大きく煙を吐き出す。 「そうか、お前は気づいていないのだな」  クローキを見下ろしながら、そう続けた。 62

2013-08-30 17:35:31
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「追い求める? 違うな。お前は自分に我儘を言っているのだ。魚が釣れるはずだと自分を騙し、無理難題を押し付け、どこまでも無駄な道を歩いておる。釣れるはずが無いのにな!」 63

2013-08-30 17:42:08
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 クローキは黙ったまま釣り糸の先を見ている。だが、彼の額には僅かに汗がにじんでいた。 「そもそも私は領民の者どもに水を分け与えている……これは立派なことだぞ? 水が無ければひとは生きていけないのだからな。お前はどうだ? 砂地で魚を釣ってどうになる?」 64

2013-08-30 17:46:10
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「自らの我儘のいいなりになってお前が好き勝手している間、私は民のために水を分け与えているのだぞ? そこはどうなのだ? お前の道の先には何がある? 荒れ地に続く道など無いにも等しいのではないか!」 65

2013-08-30 17:55:35
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 クローキは黙ってそれを聞いていた。竿を握る手に力が込められたが、彼は釣り糸の先から決して目をそらさず、声の一つも上げなかった。彼はじっと黙ったまま、釣りを続けていた。何を言い返すよりも、それは彼の信念を現していた。 66

2013-08-30 18:02:35
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「どうした? それが間違っているというのなら、今すぐ魚を釣って見せよ。出来ぬだろうがな、ハハハハッ」  そう言って、領主は手綱を引き日だまりを去った。後には彼の吸った煙草の嫌なにおいだけが残った。 67

2013-08-30 18:07:07
減衰世界 @decay_world

 レジルもミレウェも黙っていた。何か慰めの言葉を言おうとしたが、クローキはフフッと笑って言うのだった。 「そのくらい分かっているさ……ただ魚は必ず釣れる。それだけさ」 68

2013-08-30 18:11:27
減衰世界 @decay_world

 結局その日から3日が過ぎた。クローキは……変わらず、変わらず釣り糸の先を見つめていた。レジルとミレウェはクローキに水や食料を持って来てやった。クローキはほんの少しパンを齧っただけでまた釣りを続ける。 70

2013-08-30 18:24:05
減衰世界 @decay_world

 街ではクローキのことが囁かれた。何かを成し遂げてくれるか、それはわからない。領主は相変わらずクローキを馬鹿にしているようだった。しかしそんなこともクローキは全く気にしていないようだ。 71

2013-08-30 18:29:39
減衰世界 @decay_world

 彼はいつも釣竿を握り、決して手放すことは無かった。そんなクローキをレジルとミレウェはいつも見守っていた。クローキは二人にここを去らないのか聞いてみる。レジルはにこやかに笑って言った。 72

2013-08-30 18:36:42
減衰世界 @decay_world

「ここから私たちが去ってしまったら、あなたの道が閉ざされてしまう……そんな気がするんです。私たちは応援していますよ」 「……ありがとう、信じてくれて」 73

2013-08-30 18:41:09