【twitter小説】暗中模索#3【ファンタジー】
気づくとメルヴィは狭い部屋に横たわっていた。窓も扉も無く、木の板の壁で仕切られた粗末な部屋。天井から裸電球がぶら下がり、弱弱しい光を明滅させていた。家具も無く、四方の壁には無数の額が飾られている。 64
2013-09-12 16:41:37額の中には黒い絵の具で無造作に塗りつぶされた絵が飾ってあった。その絵は大小さまざまだったが、それも同じように塗りつぶされているのだ。メルヴィはゆっくりと身を起こす。部屋の隅には黒い靄のようなものがあった。 65
2013-09-12 16:45:52靄はぼんやりと人の形をしていた。長い髪の女性で。苦しそうな格好で這いつくばっている。 「誰……?」 メルヴィは恐る恐る声をかけてみる。 66
2013-09-12 16:50:12その瞬間、靄の表面にいくつもの眼が出現し、じろりとメルヴィを見た。メルヴィはひっと悲鳴を上げて後ずさる。だが、やがて眼はゆっくりと閉じ、優しい声が脳裏に響いた。 「わたしは……ベルベンダイン」 67
2013-09-12 16:55:36「あなたが私を呼んだの?」 ベルベンダインはゆっくりと話を始めた。彼女はまずイミドアの干渉を詫びた。イミドアはかなりの力を取り戻しているらしい。それはベルベンダインの予想を越える速さだった。 68
2013-09-12 16:59:07黒い靄はやがて集まり美しい女神の姿となった。肌は青白く透き通り、長い髪がさらさらと床に広がっている。ただ彼女は苦しそうに這いつくばっている。顔を床につけていて表情は窺えない。 69
2013-09-12 17:03:49「ここは月です。月の中にある私の部屋です。メルヴィ、あなたは月を目指していますね。あなたの精神を特別に召喚しました」 月……メルヴィは息をのんだ。メルヴィの秘密にしている夢。それは月へと辿りつく夢だった。 70
2013-09-12 17:06:40「あなたの夢が何故あなたの中に芽生えたか、その理由を考えたことはありますか?」 メルヴィはその問いに答えることが出来なかった。メルヴィは確かに月に行きたい。だが、それはとても本能的な欲求で、理由を考えたことは無かったからだ。 71
2013-09-12 17:09:33メルヴィはその月へと辿りつくことがたくさんの幸せを生む道だと予感していた。それもやはり本能的なものではあったが、それを思うたびメルヴィは幸せな予感に浸れるのだ。そのことをベルベンダインに伝える。ベルベンダインは黙って聞いていた。 72
2013-09-13 16:00:39ベルベンダインはしばらく黙っていた。だが、意を決したように呻きながら、やはり透き通った優しい声で返事をした。 「いいでしょう。メルヴィ。ひとは幸せのために生きるものです」 73
2013-09-13 16:05:31「ただ、覚えておいてください。幸せの根源は本能ですが、あなたの幸せは運命が決めたものです。あなたの夢は偶然ではありません」 ベルベンダインの声色は次第に苦しく、絞り出すような声に変わっていく。 74
2013-09-13 16:09:48「あなたはいわば鍵です。鍵の存在する理由は鍵を開けるためです。それが……ブルーメサイアと呼ばれるものの存在意義です」 ベルベンダインは伏せていた顔をメルヴィの方に向けた。その顔は……黒く塗りつぶされている。 75
2013-09-13 16:15:21メルヴィは息を飲んだ。ブルーメサイア……その言葉はどこかで聞いた。ミクロメガスが教えてくれたのだろうか、そんな記憶がある。メルヴィの夢には運命の思惑があるという。ただ、メルヴィ自身はそんなことは気にしていなかった。 76
2013-09-13 16:19:33おいしい物を食べるのは楽しい。寒い日に熱い紅茶を飲むのは楽しい。景色のいい道を散歩するのは楽しい。好きなひとと手をつなぐのは楽しい。……すべては本能の決めたものだ。誰もそれに疑問を抱かない。 77
2013-09-13 16:24:27それと同じように、メルヴィにとって月への旅を夢想するのはとても楽しいことだったのだ。周りのひとと違う感覚だということは昔から分かっていた。それがはっきりした。そういう意味で自分は特別だったのだ。 78
2013-09-13 16:27:21昔からそれはあまり他の人には理解されなかった。最初の渡り鳥が、何故住処を離れ遠い地へと飛び立ったのか。その理由を考えたことはあるだろうか。それは突然変異的な本能であったろう。馬鹿にされたかもしれないが、それは当人にとっては限りない幸せだった。 79
2013-09-13 16:29:57むしろメルヴィはその運命の思惑に勇気すらもらった。ベルベンダインはメルヴィの夢は仕組まれたものだと語った。それすらもメルヴィにとっては喜ばしいことになる。自分の夢が……誰かのためになるというのだ。月へ行くだけなのに。 80
2013-09-13 16:33:24「思いは力になります。ひとは幸せのためなら無限の力が湧く時があるのです。無限の思いは無限の魔法を生みます。その力を……神々は求めています」 ベルベンダインはゆっくりをメルヴィの方へ這いずってきた。顔は黒く塗り潰されているが、どこか微笑んでいるように見えた。 81
2013-09-13 16:36:28「このことをあなたに伝えるのには勇気が要りました。ただ、あなたが幸せを捨てないように……それは大きな脅威でした。もう……10年が過ぎたのです。時は幸せを消し去ります。時は情熱を腐らせます。時は……諦めを肥大させます」 82
2013-09-13 16:40:04「私は月に行きますよ。それがあなたたちの目的なんでしょ? 信じてよ」 メルヴィは優しくベルベンダインの肩に触れた。そのときベルベンダインの肩が虹色に光り、鈴のような笑い声が小さな部屋に響いた。 83
2013-09-13 16:43:22「メルヴィ、あなたの……私たちの夢を遮る障壁はいくつもあります。あなたの手助けをしましょう」 そう言ってベルベンダインは身を起こすと、両手を広げてメルヴィを誘った。 84
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