ロボット兵器の登場はは戦争の様相をどのように変えるのかをめぐる、地政学者・奥山真司と怪人・山田洋行のまじめな応答
- rshibasaki
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つい一ヶ月前のことだが、イギリスのある老舗シンクタンクが発行している毎年恒例の「防衛装備ガイド」のようなものが届いたので中身を見てびっくり。去年までは通常兵器が半分以上を占めていたが、この最新号では6割以上が無人機たちのオンパレード。時代の流れを感じました。
2010-10-09 00:40:45@masatheman 無人兵器が時代の潮流というのはわかるんですが、無人兵器同士の戦闘になったら”精神的な要素”ってどこへ行ってしまうんでしょうね。
2010-10-09 00:44:22@yamada_youkou そうなったら単なる「ゲーム」と一緒になってしまいますね。もちろんルボウの言うような「精神」も消滅して、「物欲」(利益)だけになってしまいます。
2010-10-09 00:47:53@masatheman 戦争がゲームと一緒になってしまえば、三位一体も成り立ちませんし・・・そのときこそ新しい「戦争論」が生まれるとか? クレフェルトやメアリー・カルドーの主張ではないけれど。
2010-10-09 00:51:07@yamada_youkou 私の先生の言いそうなことをマネしていえば、「そんなのはそもそも戦争じゃない!」ということになりそうですが(笑)まあそのゲームで操作するプレイヤー同士の「名誉」を競うということになるかも。いや、これじゃ完全にTVゲームそのもの!?
2010-10-09 00:54:20或いは、戦争において精神的な要素は重要でなくなり、また一つクラウゼヴィッツの戦争論から実際の戦争が離れていくとか。 補給やテクノロジーみたいに
2010-10-09 00:54:31@masatheman 先生には申し訳ないのですが、政治の継続と意志の強要は残るでしょうから、やっぱり戦争なのかなぁと思います。でもゲームだといわれても否定できません(笑
2010-10-09 00:58:16@yamada_youkou この一つの方向性を示しているのが、ベックの「リスク・ソサエティー」なのかもしれません。原因と結果が直結している世界ではなくて、副作用の時代ということですね。
2010-10-09 00:59:49「クラウゼヴィッツは補給とテクノロジーの格差を軽視し、精神の要素を過度に重視した」などと論じられる時代がくると考えると・・・ちょっと寂しいです
2010-10-09 01:01:29@yamada_youkou 結局のところ、一方の人間(の集団)がもう一方の人間(の集団)を破壊とコントロールによって自分の思い通りにしたいという要素は残るわけですから、そこは変わらないですよね。
2010-10-09 01:02:32なるほど RT @masatheman この一つの方向性を示しているのが、ベックの「リスク・ソサエティー」なのかもしれません。
2010-10-09 01:03:25@yamada_youkou でもこの「補給とテクノロジー」だって、結局のところは相手の人間(の集団)をコントロールするために必要なものですから・・・この相手(の集団)をコントロールしたいという「意志」があるので、三位一体はくずれない=クラウゼヴィッツは正しいということに(笑
2010-10-09 01:05:20@masatheman 戦争とは、相手のわが意志を強要するために行なう力の行使である、ということですね。最終的にはコントロール願望と
2010-10-09 01:05:34これって今回の尖閣諸島問題につながってくるんですが、本質的なところで問題になっているのは日本と中国のどちらがどこまで本気で「尖閣諸島をコントロールしたい!」という意志を持っているのかというところにすべてが集約されてくるのかと。やる気のあるほうが強い、という鉄則ですな
2010-10-09 01:09:13@yamada_youkou おおっ、ターミネーター同士の闘いというのはたしかに微妙ですな(笑)ただしターミネーターのプログラムには作った人間の「意志」が込められておりますよね。しかし人間が介在しない純粋にターミネーター同士の闘いでしたら「戦争」ではないですなぁ
2010-10-09 01:13:30@masatheman そこで僕は、(人間の)精神力がプログラムのコードに取って代わるのか? それは「戦争」ではないのか? ということが気になります。
2010-10-09 01:15:03@yamada_youkou うーむなるほど、しかしターミネーター同士の場合だったら、人間の意志が入る余地が薄まるような。片方人間だった場合には「戦争」かも知れませんが、マシン同士の場合は微妙ですなぁ。ぶっちゃけ、ゲーム機のデモ画面も「戦争」ということになると言えてしまうわけで。
2010-10-09 01:37:59@masatheman 最終的に最高司令官すらもスカイネットみたいに置き換わると、人間の意志は一切排除され、人間は政治目的の決定ぐらいにしか関与しない(できない)ということになるのかもしれません。これはもう「ゲーム」ですよね。
2010-10-09 01:42:14@yamada_youkou これが完全な判断基準になるのかどうかわかりませんが、「ゲーム」と「戦争」の違いは「まとまった数の人間が政治組織の命令によって殺されるかどうか」という点にあるのかなと。いやー、これも微妙ですな。
2010-10-09 01:46:35@masatheman 「ゲーム」と「戦争」の違い。んー、難しいですね。 戦争を人間の手からロボットに渡さないために、ロボット同士の戦闘を禁止する、みたいな戦争法を設定したSFがありましたが・・・
2010-10-09 01:53:53@yamada_youkou ものすごく単純にいえば「ロボットvs人間」=戦争、「ロボットvsロボット」=ゲーム、ということになるんでしょうかねぇ。そうなると闘いにおける「人間の介在度」がカギかと。
2010-10-09 02:01:28