原子炉の運転年数を原則40年に制限するのは安全性とは無関係、というお話

私は古くなった原子力プラントをどうやって安全に運用していくか、というところを専門(のひとつ)にしていて、この件については繰り返し書いています。ボケ老人よろしく同じ話を何度も繰り返すのも芸がないので、過去に自分が書き散らしたツイートやそれらをまとめてもらった(他力本願)ものを検索で掻き集めてまとめました。
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今回改めて言及しようと思ったきっかけはこのツイート。

森雪 @Premordia

はっきり言って、40年寿命を基本(1回延長で60年までは一応可)とした現在の基準は技術的に根拠に乏しく、世界的にはとても恥ずかしい内容になってます。。。(^_^;)

2013-10-17 20:52:02
Flying Zebra @f_zebra

原子炉の運転を原則40年に制限する事には技術的な根拠がなく、安全には寄与しないという事については過去に何度か書いている。プラントの高経年化対策を専門としている者からすれば自明の事も、直感に訴える「古い物は危険」というシンプルな思い込みの前に、一般にはなかなか理解されない。

2013-10-18 12:27:48
Flying Zebra @f_zebra

原子力に限った事ではないが、新しい設計というのは経済性などと共により高い安全性を目指しており、一般的には設計が新しいほどモノとしての安全性は高くなる。ただ、複雑なシステムではシステム全体の安全性はその運用に大きく左右され、モノとしての安全性がそのまま活きるわけではない

2013-10-18 12:29:10
Flying Zebra @f_zebra

例えば自動車では、20年前の自動車に比べ現在の自動車には様々な安全対策が施され、車体としての安全性は間違いなく高くなっている。では、事故を起こす確率、そして起こした場合に人や物に与えるダメージはどの程度改善されているのだろうか。

2013-10-18 12:30:34
Flying Zebra @f_zebra

身近なリスクを定量的に評価するのに便利なのが、保険というシステムだ。保険会社は保険料を徴収し、代わりに顧客のリスクを肩代わりしている。保険料はリスクに応じて算定されるため、正確なリスク評価は保険会社の生命線だ。査定部門には、扱う分野の専門家が揃っている。

2013-10-18 12:31:34
Flying Zebra @f_zebra

2年前の震災・原子力災害の直後、東北の人はがん保険に加入できなくなるといったデマが流れたりした。言うまでもなくそうした事実はない。保険会社は直感や思い込みで査定しているのではなく、ビジネスとして、厳格に科学的なリスク評価を行っているのだ。では、自動車保険はどうだろうか。

2013-10-18 12:32:43
Flying Zebra @f_zebra

ご存じの通り、保険料は「運転者」の年齢や事故歴などで変動するが、「自動車」については一部の例外を除いて保険料には影響しない。これは、運転者の年齢その他が事故のリスクと有意な相関を持つのに対し、自動車の種類や年式には事故率との有意な相関がないことを示している。

2013-10-18 12:34:27
Flying Zebra @f_zebra

実際に、自動車事故の原因の大半は運転者の操作に起因するもので、自動車の設計や装置の不備によるものはほとんどない。事故が起きた場合の影響には差がありそうだが、事故の発生率に比べるとインパクトが小さく、統計には出にくいのだろう。

2013-10-18 12:34:46

事故が起きた場合の影響というのは「事故が起きる」という条件を付けた条件付き確率(あるいは期待値)の話であって、事故が起きる確率の「運転者」による揺らぎが大きい場合、条件付き確率に多少差があっても全体の期待値、つまりは保険会社が支払わなければならない保障額の期待値にはあまり影響しない、ということです。
あまり条件を細分化しすぎるとそこで手間(=コスト)ばかり掛かってしまうので影響の小さなものは無視する方が合理的です。

Flying Zebra @f_zebra

一部の例外とは、例えばエアバッグの装備である。エアバッグは、シートベルトを正しく装着しているという前提で事故の際の乗員へのダメージを有意に下げるという統計がある。そのため、いくつかの保険プランではエアバッグ装着車については保険料を割り引く特約がある。

2013-10-18 12:36:09
Flying Zebra @f_zebra

言うまでもなく、シートベルトは乗員の安全と更に強い相関があるため、装着が法律で義務付けられている。二輪車のヘルメット、後部座席のシートベルトなどのように、安全対策上有効な事が明らかになれば新たに法律で規制される場合もある。

2013-10-18 12:37:05

3.11後の原子炉で言えば建屋の水密扉、空冷式非常用ディーゼル発電機などがこれに相当します。

Flying Zebra @f_zebra

原子力プラントに於いても、ずっと昔に運転が認可されて問題なく運転してきたプラントでも、新しい規制によって追加の設備を義務付けられる場合がある。車検では20年前の車も3年前に納車された車も同じ基準で審査されるが、原子炉の安全審査も基本は同じだ。

2013-10-18 12:37:50
Flying Zebra @f_zebra

車検の基準が厳しくなれば(排ガス規制など)、新しい車は特に何の対策も必要なくても古い車だと色々お金を掛けて対策しなければならなかったりする。古くなればメンテも大変で、状態を維持するには手間もお金も掛かる。でも、基準を満たせば車検は通るし、保険料も上がらない。

2013-10-18 12:38:53
Flying Zebra @f_zebra

趣味でクラシックカーを維持するような場合は手間や費用は度外視だろうが、「勿体ない」からと古い車に乗り続ける場合は、どこかの時点で余分なメンテ費用が新車の価格を上回り、その時点が経済的な寿命となる。その判断をするのはオーナーだ。

2013-10-18 12:39:09
Flying Zebra @f_zebra

何らかの事情で経済寿命を過ぎて維持したとしても、経済的な合理性が低下するだけで、安全性が低下するわけではない。だからこそ、冷徹に厳格なリスク評価をしている保険会社も(車検は通っている前提で)古い車の保険料を上げたりはしていないのだ。

2013-10-18 12:40:40
Flying Zebra @f_zebra

原子炉でも、40年以上前のプラントも、最新型のプラントも、規制で要求されている安全性のレベルは同じだ。古いプラントは安全性が低くても許してもらえるなどと言うことはない。ただ、高経年化プラントに特有の劣化事象があるため、それについては別途審査されている。

2013-10-18 12:40:58
Flying Zebra @f_zebra

例えばコンクリートの塩分浸透による強度低下、原子炉容器の中性子照射脆化、配管の高サイクル熱疲労などは長年の時間経過や運転履歴の積み重ねによって生じる劣化事象で、新しいプラントでは問題とならない。これらに対処するため、高経年化技術評価が行われている。

2013-10-18 12:43:31
Flying Zebra @f_zebra

日本では、運転開始から30年目を迎える時、その後は10年おきに高経年化に特有の事象について評価し、その結果で次の10年間の運転が認可される。他の国でも、だいたい似たような制度になっていて、法律でプラントの「寿命」を縛っている例は稀だ。

2013-10-18 12:44:12
Flying Zebra @f_zebra

古くなった機器や設備は取り替えればよいが、原子炉容器やコンクリートの建屋を取り替えるというのは技術的に不可能ではないにしろ、経済的には意味がない。つまり、プラントの寿命がこれらの寿命を越えて続くことは、現実的にはあり得ない。

2013-10-18 12:44:52
Flying Zebra @f_zebra

供用中の取替を前提としていない機器はほとんどが60年の供用を想定して設計されているが、ある程度安全率を見込んでいるため、これまで国内で30年目、40年目の高経年化技術評価を終えたプラントの評価結果を見てみると、これまでの傾向が続けば60年を越えても十分に使えそうだ。

2013-10-18 12:46:24
Flying Zebra @f_zebra

実際には、プラントの経済寿命は別の要因によってもっと早くに訪れる。古くなれば点検の頻度を上げる必要があるし、型落ちになった部品は入手が難しくなる。30年以上前に建てられたプラントの多くは、40年から50年の間が現実的な経済寿命となる

2013-10-18 12:46:53
Flying Zebra @f_zebra

新しい設計のプラントであれば60年を越える供用期間に対しても技術的なトータルコストは低く抑えられるが、経済寿命には地元対応などのコストも影響するため、今後の社会情勢に大きく左右され、一概には言えない。

2013-10-18 12:47:43
Flying Zebra @f_zebra

現在の法律で原子炉の運転が原則40年間に縛られているのは何か技術的な根拠があるわけではなく、純粋に政治的な理由によるものだ。少なくとも、技術的な根拠については一切説明されていない

2013-10-18 12:48:49