モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Autumn III~
- IngaSakimori
- 2295
- 0
- 0
- 1
それから数日後━━土曜日の夜。 「ん……電話か」 固定電話代わりにしている070のケータイを手に取ると、志智は古くさいモノクロ液晶へ表示されたナンバーを凝視した。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:52:35見覚えのない番号だった。おそらく都内だろうとは思われるが、市内でもなければ、フリーダイヤルでもない。 何らかのセールスという可能性もあるが……。 飾り気のないプルプルという呼び出し音が2コール、3コールと続く。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:52:47(まあ、どっちにしても千歳にとらせるよりはいいか) 070のケータイを握ったまま、志智は風呂上がりの髪の毛を一むしり。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:52:57「あれ~? おにいちゃん、電話~?」 「ああ、そうらしい。今出るよ」 ユニットバスのドアが開く音と共に、千歳の声が聞こえた。暖かい空気と鼻をくすぐるシャンプーの匂いもすこし遅れて届く。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:53:05「━━はい、もしもし」 『あっ、あの……えーっと、その。ち、千歳ちゃんのお宅ですか?』 「違います」 ピッ、とお年寄りにもわかりやすい操作音。仏頂面で070のケータイを充電台へ戻すと、数秒後にふたたび呼び出し音が鳴る。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:53:15『あの~……み、三鳥栖(みとす)さんの━━』 「ああ、そうだ。 確かにこいつはウチの電話だが……おいティック、どこから聞いた? 職員室に侵入して担任のパソコンでもあさったか?」 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:53:34『そ、そんなことするわけないじゃないですか! 普通に教えてもらったんですよー』 「嘘をつけ。俺と違って、千歳のやつにはケータイを持たせているんだぞ。 ほとんど使っていないみたいだけどな。あり得ないほど低い確率だが、もし教えるとしたらそっちの番号だろう?」#mor_cy_dar
2013-10-27 13:53:48『うっ……す、するどい』 「本当のことを言え。さもなくば、お前の番号を着信拒否にしてやる」 『や、やめてくださいよぉ!!』 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:54:04椅子から転げ落ちでもしたのか、ガタンという物音がスピーカーの向こうから聞こえてくる。 志智は思わず笑い出したい衝動をこらえていた。そもそも、このシンプルすぎる070のケータイに、着信拒否機能などあっただろうか? #mor_cy_dar
2013-10-27 13:54:10『ええっと……あ、あの……ですね。 ち、千歳ちゃんのケータイの番号が、本当は知りたかったんですけど……千マイルの道も一歩からということで、まずは自宅の番号を教えてもらったんです』 「どうも嘘くさいな……じゃ、切るか」 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:54:20『うううっ!! す、すいません! あの、いきなり千歳ちゃんの番号はハードル高いと思って!! お兄さんの番号を教えてくださいって言ったら、ケータイは持ってないからって』 「それでこの番号ってわけか。なるほど。そういうことなら理解できるな」 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:54:33『あはは……』 いつ電話を切られるかと思っているのだろう。ティックの声は多分に怯えを含んでいたが、志智にとってはなかなか心地よいものだった。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:54:39「で? 千歳になにか用か? まあ、どうせ電話には出さないが」 『ひどいですよ、お兄さん……あの、でも今回は違ってて。 本当にお兄さんの方に用があるんです』 「そうか。まあ、期待しないで聞いてやるけどさ」 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:54:56『心底めんどうそうですね……』 かなりダメージを受けている声でティックは言うと、気を取り直したように息を吸い込む。 正確には、その呼吸音が三鳥栖志智(みとす しち)の耳には届いていた。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:55:09『あの、あした周遊を僕と走ってくれませんか?』 「それは勝負するっていうことじゃ……ないよな?」 『もちろんです。僕はあんまり峠を速く走ることには興味ないんですけど、テクニックは磨いておきたくて。 お兄さんに前を走ってもらって、参考にしたいんです』 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:55:20「別にいいけど、俺なんかが参考になるのかな? お前だって相当うまいじゃないか」 『いやあの……自覚ないかもしれませんけど、お兄さんの走りって物凄いですよ。ちょっと普通の神経じゃ追いつけないレベルですから』 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:55:35(祇園田(ぎおんだ)おじさんの店に置いてあったバイクの漫画だと……こんなときクルクルしたコードに指を引っかけていたよな……) 手元にペンの一本でもあれば、回してしまいたいところだった。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:56:02「まあ、一緒に走るのは構わないぜ。明日か━━何時ごろがいい?」 『そうですね。姉さんにも聞いたんですけど、紅葉見物でけっこう混むみたいですから、朝一で行きませんか?』 「それも悪くないな。分かったよ。じゃあ、七時半に道の駅な」 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:56:18『あ、それと、ええとあの。 もし良かったらでいいんですけど、千歳ちゃんと少しお話したいなあ、なんて━━』 「じゃあなー」 無慈悲に切話ボタンを押すと、志智の鼻孔にふたたびシャンプーの香りが届いた。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:56:29「おにいちゃん、電話だれから? 亞璃須(ありす)さん?」 「なんでこんな時間にあいつと話すんだよ……ティックの奴さ。 明日、いっしょに走ることになった」 「へえ~、いいなあ。 また大多磨に行くんだよね。きっと紅葉が綺麗だよねえ~」 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:56:47「そうだな……」 弾けるような肉体にバスタオル一枚を巻いたまま、千歳は志智の前でニコニコと笑っている。 軽くかがんだ拍子に、100万ドル札が挟まれていそうな谷間がのぞいたが、兄は特に何も感じなかった。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:57:00「む~……おにいちゃんの鈍感……」 「ん? 何か言ったか?」 「なんでもありませーんっ」 心なしか足音荒く千歳が自室へ入っていく。するするという衣擦れの音をかき消すように、遠くからウォンウォンとやかましいマフラーのサウンドが響いてくる。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:59:04(暴走族ってわけじゃないんだろうけど……どうもああいう手合いは、な) 明日の出発は早い。さっさと寝ておくにこしたことはなかった。 #mor_cy_dar
2013-10-27 13:59:19