山本七平botまとめ/【戦場のほら・デマを生みだすもの③】/「ほらやデマ」は戦場の残酷さや苦痛から逃れようとする心理的操作による自己防衛として発生する

山本七平著『私の中の日本軍(上)』/戦場のほら・デマを生みだすもの/84頁以降より抜粋引用。
4
山本七平bot @yamamoto7hei

①強制収容所なみの苦痛を強いても、一日の行軍距離は四十キロが限度(実際にはこれも不可能)だが、この距離は、東名高速の神風夜行便のトラックが時速百二十キロを出すというのが本当なら、わずか二十分で鼻歌まじりで到達できる距離である。<『私の中の日本軍(上)』

2013-12-08 12:39:05
山本七平bot @yamamoto7hei

②従って太平洋戦争とは、新幹線と大名行列の競走のようなものだが、この競走を東アジア全域という想像に絶する広い場所で、前述のような身体的条件のものが、強いられて歩きまわされたら、その一人一人が一体どうなってしまうか想像してほしい。

2013-12-08 13:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

③普通の生活をしている人が突然こういう状態につき落されれば、発狂しても不思議ではない。 しかし実際はそうはならない。 これは強制収容所と同じであって、人間には、驚くべき適応力がある。

2013-12-08 13:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

④しかし適応しているという事は異常になっている事なのであって、まず始める事が、無意味な苦痛を無理に意義づける事である。 簡単にいえば、強制労働なら耐えられなくても、同じ労働量がエヴェレスト登頂なら耐えられるのと同じで、そこで、そういう心理状態に無理に自分をもって行こうとする。

2013-12-08 14:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤従って、現実が苦しくなればなるほど、その目標は高くなっていき、前人未踏、古今未曾有で、全体的には、ついには、八紘一宇などという宇宙的規模の誇大妄想狂的な目標にまでなっていく。

2013-12-08 14:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥だが、エヴェレストの頂上は実在するが、この架空の目標は実在しないから、いわば、現実の苦しみを逃れるための、妄想の世界への逃避にすぎないわけである。 そしてこれは、逃避の一方法・一方向にすぎない。

2013-12-08 15:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦苦しみが増せば増すだけ、人間はあらゆる方法で、あらゆる方向に逃避し、また妄想の世界に半ば意識的に「遊ぶ」ことによって、苦痛を逃れようとするのである。

2013-12-08 15:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧それが軍隊におけるほら・デマ・妄想であって、これは狂い出さない為の安全弁だったともいえる。 こういう心理的操作による自己防衛は絶対に軽視できない…勝者として歩いている日本軍と同じ道を同じ状況で同じ距離だけ歩いた敗者の行軍「バターンの死の行進」とを同一視できないのも事実である。

2013-12-08 16:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨これは前述のようにエヴェレスト登頂と強制労働を同一視できないという意味だけでなく、敗者は妄想が逆転してさらに苦痛が増すからである。 私がこれを体験したのは、いわゆる「アパリの地獄船事件」のときであった。

2013-12-08 16:39:06
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩この事件は 「バターンの死の行進の復讐」 といわれ、現地では有名な事件(私はおそらくそんなことではなかったと思う)だが、当時「アメリカにべったり」であった日本の新聞には一行も報ぜられなかったと思う。

2013-12-08 17:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪事件の細部は『ある異常体験者の偏見』に記したが、こういう場合のほら・デマ・妄想は、恐怖へ恐怖へとエスカレートして行く。 いわば妄想が自分を助けてくれず、肉体的苦痛のほかに、妄想との格闘が加わってくるから、二重三重の苦しみとなる。

2013-12-08 17:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫こういうときに起る妄想はまことにすさまじいが、このケースは今回は一応除外しておこう。 以上の状態は不思議に思われるかも知れないが、その実態は、ある点までは現在の社会から想像できることではないであろうか。

2013-12-08 18:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬ただ今の社会がそれと大きく違う点は、いわばほらの吹き手が一つの職業として確立していることであろう。 妄想の世界になかば意識的に「遊ぶ」のなら、いわゆる残酷映画・ポルノ・低俗番組・低俗記事がある。

2013-12-08 18:39:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭軍隊、特に戦場では、今なら巻にあふれているこういう「娯楽」は皆無だが、人間はたとえ前述のような状態に陥らなくとも、「遊び」がなければ生きて行けない。 苦痛から逃避するには「架空のエヴェレスト」とともに、この「遊び」も必需品なのである。

2013-12-08 19:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮従って互いにこの必需品を供給し合う事、即ちほらを吹き合い、妄想をまことしやかに語り合う事は一種の「遊び」であって、いわばお互いに残酷映画やポルノや低俗番組や低俗記事を供給し合っているのである。 そしてその内容が、今のそれらより更に更に低俗で残酷で荒唐無稽なのは言うまでもない。

2013-12-08 19:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯「管理社会」とか「人間を歯車にする」とかいう言葉があるが、これが最も徹底していたのは軍隊であって、その徹底ぶりは戦後社会の比ではない。

2013-12-08 20:08:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑰そしてこれが徹底すればするほど、また現実の苦痛が増大すればするほど、残酷映画やポルノや低俗番組顔負けの、ものすごいほらやデマがとびはじめるのである―― 斬り殺した、やり殺した、焼き殺した、人肉を食った、等々々々

2013-12-08 20:39:03
山本七平bot @yamamoto7hei

⑱しかし、おそらくこれらと同じような内容は、現在でも、常に、どこかで何らかの番組なり劇画なり映画なりが取り上げている主題であろう。 そしてそれらは、あたかもまるで事実であるかのように演じられ描写され描かれている――

2013-12-08 21:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑲しかし、もちろんだれもそれを本当のこととは思っていないのだが、この場合、「あれは現実ではない」などという者がいたらかえってそれがおかしいように、兵士のほらやデマや妄想を、それは現実でないといって論破する人間がいたらかえっておかしいのである。

2013-12-08 21:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑳しかし一方、そういうほらやデマや妄想を収録して、 「これが戦場の現実だ」 と主張する人間がいたら、それは「人斬り」劇画を現実だと主張するのと同じことで、これも少々おかしいと言わねばならない。 「嘘と知りつつ本当のこととして見、かつ聞く」 これが娯楽への態度であろう。

2013-12-08 22:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

21】戦場は確かに非常に残酷だが、その残酷さは、これらのほらやデマとは全く違った残酷さである。 そしてもう一度いうが、これらのほらやデマは、その残酷さに耐えられない人間の逃避なのである。

2013-12-08 22:39:06