ハウス・オブ・サファリング #2

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(あらすじ:ミヤコナ・ハイスクールの卒業パーティーで、学園のスター、生徒会長、成績優秀、ヤブサメ部のエースであるユミトは、意中の女子生徒に想いを伝えた。横笛部のコモモだ。勇気を振り絞ったユミトの告白に対する返事はYESだった。二人に幸あらんことを。不如帰)

2014-01-20 22:06:19
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ユミトはコモモのどこが好きなのか。理詰めで突き詰めれば突き詰めるほど、想いの本質からは遠くへ逸れてしまう事だろう。だからユミトはコモモに「あたしのどこを好きになったの?」と訊かれる事を恐れてすらいた。ぎこちない答えになるに決まっている。そのせいで自分の気持ちを疑われでもしたら。1

2014-01-20 22:13:27
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それはコモモのあまり長くない睫毛であったり、笑い方であったり、内気なようで実際そうでもない、意外な豪胆さ、モズ・シックスのようなグループを軽蔑しているところ、一方で同様にチャートの常連であるカクシマスの事は「例外」と言い訳しながら熱を上げているところ、そうした物事の積み重ねだ。2

2014-01-20 22:20:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

さいわい、コモモは「あたしのどこを好きになったの?」と問い詰めてくるような事はなかった。ただ楽しそうにしていた。それがまたイメージ通りで、ますます好きになった。ユミトがコモモと会話した事など皆無に近かったが、先入観も多分に含まれたコモモのイメージと実物の乖離はほとんどなかった。3

2014-01-20 22:27:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ねえ、それじゃあ、あたしももう少し自己紹介をしようかな」コモモが不意に切り出したのは、翌週の事だった。二人はキスもまだだ。ユミトは少し焦っていたから、コモモが一層打ち解けてくれた事が素直に嬉しかった。「自己紹介?」「うん。結構、『気易い仲』になってきたと思うんだ。あたし達」 4

2014-01-20 22:32:34
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「そりゃ嬉しいよ」「明日の夜、校門の前で待ち合わせしよう」「何時?」「ウシミツ・アワーね」コモモはオバケじみた仕草をしておどけた。「へえ?大丈夫なの?」ユミトは尋ねた。「ほら、親とか……」尋ねながら、彼の心臓は早鐘のように打っていた。これはもう、メチャクチャに間違いが起こる! 5

2014-01-20 22:41:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

別れてから家へ帰り、平常心を保って親や妹と当たり障りのない快活な会話をし、フートンへ潜り込み、繰り返し寝返りを打ち続け、殆ど一睡もせずに迎えた翌日、約束の時間が訪れるまでの彼の周りの空気は泥のように重く、1分が1時間にも感じられた。 6

2014-01-20 22:48:40
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「お兄ちゃん、ダッセ!」家を出ようとするユミトの背中に、妹が揶揄を投げかけた。諸々お見通しなのだ。「せいぜい幻滅されないようにしないとね!使い物になるといいね!」ユミトは無言でザブトンを掴み、投げつけて、逃げるように家を出た。(((クッソ……俺はヤブサメ部だ!決める!)))7

2014-01-20 22:52:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ユミトの速度はどんどん上がり、ほとんど走っていた。「アーッ!アーッ!火の用心!」奇声をあげてチギリキを連打する防火説法モンクとすれ違った。この時間帯にこの道を通る変わり者だ。防火説法モンクはユミトを一瞥した。「……ボンノ」モンクがユミトに呟いたように感じた。当然、幻聴である。 8

2014-01-20 23:00:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

曇天を透かして月が見える夜だった。名前を知らないありふれた鳥の鳴き声が街路樹の松の木から聴こえてきた。ハイスクールの影が見えた。ユミトは一度立ち止まり、息を整え、街路のカーブミラーを使って髪型、身なりを確認した。そして自信に満ちた足取りで、無人の校門の前に到達した。 9

2014-01-20 23:04:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ドーモ。ユミト=サン」コモモは15分遅れで校門にやってきた。「ドーモ」「早いね!さすが王子」「関係無い」ユミトは笑った。コモモの服は、ジーンズと、ピタピタのTシャツ。思わずユミトは凝視した。コモモが視線に気づいた。ユミトは慌てて、「Tシャツの絵、カブラ・ノヴァっぽい」10

2014-01-20 23:13:49
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「そうだよ、カブラ」コモモはTシャツを引っ張って見せた。歯を剥き出しにして泣いている戯画動物の絵で、ナイーブアートを狙ったセンスだ。カブラ・ノヴァは内省的・前衛的ロックバンドで、「わかっている奴」にとっては経典だ。「むかしのEPのジャケだよ。カブラ、好き?」「好きさ!」11

2014-01-20 23:16:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「好きだと思ってた」コモモは笑った。「王子、カバンにカブラのピンバッチをつけていた事があったでしょ。こんな事覚えてて、あたし気持ち悪いよね。でも、ヤブサメで、王子なのに、って。それで実は、気になってた。その時から」「……へえ」ユミトは感極まった。コモモが手を引いた。「行こう」12

2014-01-20 23:23:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

カブラの2ndアルバムから3rdアルバムにかけての音楽性の変化の是非について話しながら、二人は歩いた。少し離れたところに、車があった。「車?」「そうだよ」とコモモ。「歩いて行けないことないけど、ちょっと遠いんだよね。乗って」コモモは運転席に座った。「運転すンの?」「そうだよ」13

2014-01-20 23:27:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「免許、いつ?」「へへ」コモモは笑った。「すごいでしょ。絶対事故らないから安心してよ。シートベルトしてね」「うん」ユミトは助手席に座り、言われたとおりにした。車が滑るように走り出し、音楽が流れ出す。「ゴーン、ゴーン、ゴーン……」マントラじみた歌唱、歪んだベースライン。14

2014-01-20 23:30:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「この曲、何?」「シゲノミ」コモモは答えた。「昔のバンド……お父さんが持ってたんだ」「なんか、スッゴイね」「だよね」コモモはハンドルを切った。「昔の人ってすごいよね」「ゴーン、ゴーン、ゴーン……エヴリワン……」ユミトはコモモの横顔を見た。ヤブサメ部の自分が、まるで小僧っ子だ。15

2014-01-20 23:36:30
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「これから何処に……その……連れてってくれるんだ?」「タノシイ」コモモは謎めかして呟き、いたずらっぽく笑った。「別に隠してないよ。使われてないボーリング場があるんだ。子供の頃、秘密基地を作って遊んだこと、ある?」「ああ……あるよ」ユミトは頷いた。喧嘩別れした近所の友達……。16

2014-01-20 23:39:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「見て、あれ」コモモが前方の遠くの空を指さした。マグロツェッペリンがホロトリイ・コリドーをくぐっていく。「ちょっといいね。あれはあれで、綺麗」「確かにな」街路灯が前から後ろへ。やがて車が停まった。「ついた」二人は車から降りた。廃墟の駐車場だ。「おお」ユミトは建物を見上げた。17

2014-01-20 23:44:48
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

建物の屋上部には、ダルマペイントを施した巨大なボーリングピンと、「超ボウル」のネオン看板が設けられている。当然今は光っていない。「行こう」コモモが歩き出した。裏口のシャッタードアの前でしゃがみ込み、手をかける。ユミトはコモモを手伝い、シャッターを引き開けた。淡い光が出迎えた。18

2014-01-20 23:49:18
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

シャッターをくぐり、淡い光の漏れる廊下、下り坂を降りていく。鼻孔を刺激したのは独特の植物臭だ。「ハッパ?」「秘密基地だよ」コモモはユミトの腕にしがみついて、見上げた。「朝まで遊ぼう」首に手を回し、おもむろにユミトにキスした。濡れた舌と熱い息が入ってきた。間違いが起こる! 19

2014-01-20 23:53:24
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

3秒!その後、コモモはユミトから離れた。そして手を引き、ぐいぐいと進んでいった。植物臭は一層強まる。目の前には「おマミ」とかかれたノレン。「ドーゾ」少しかしこまって、コモモはユミトへ入場を促した。ユミトは腹を据えた。(((俺は男だ。ヤブサメ部だ。俺は決める!))) 20

2014-01-20 23:57:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「取って喰おうなんて思ってないよ!」耳元でコモモが囁いた。柔らかい息がかかった。アトモスフィアがユミトを駆り立てた。彼はノレンを押し開き、「秘密基地」にエントリーした。煙、キャンドルライト、あちこちの柔らかいソファー、サイケペイントを施された大小のフクスケ、そして他の客達。21

2014-01-21 00:01:59
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「あれ」柱に寄りかかった痩せた女が顔をほころばせた。「コモモ=サン。久しぶり」「ドーモ」「卒業?」「うん、自由」「オメデト」二人はハグした。女はユミトを見た。「彼氏?」「うん、彼氏」「すごいカワイイ。イック!イック!」女は引き笑いした。「ド……ドーモ」「ユミト=サン、行こう」22

2014-01-21 00:06:18
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ボワワワワ……車中で聴いた音楽を更にドロドロにしたようなドローンが場を満たしている。何人かは立ったまま揺れている。ソファーで遠くを見ている者もいる。バーカウンターの奥には「違法行為」の掛け軸。奥にはボーリング・レーン。笑いながらボーリング勝負に興じる集団もいる。23

2014-01-21 00:10:48