ミケランジェロの雪だるま。
- hashimoto_tokyo
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めりさんと言えばあの名作「ルネサンスついったー列伝」。
本編開始
雪なので、雪の話を。ミケランジェロは若いころ、ピエロ・デ・メディチの依頼により、メディチ宮の中庭に巨大な雪だるま…もとい、雪像を制作したことがある。1494年1月の話である。
2014-02-08 17:17:42このエピソードの初出はミケ自身が口述筆記させたというコンディヴィのミケ伝(1553年)。注文主のピエロの描写はなかなか辛辣で、父ロレンツォのリーダーとしての資質とか、芸術に対する理解の深さとか、そういったものをいっさい受け継がなかったダメダメっ子としてあらわされている。
2014-02-08 17:20:35ロレンツォ・デ・メディチが亡くなったのが1492年で、有名なサン・マルコの彫刻庭園で彼と劇的な出会いをして依頼かわいがってもらっていたミケランジェロ(この話の信憑性も議論の余地はあるが)は、だいぶ落ち込んでミケ父の家に戻り、時間をかけて心を癒し、→
2014-02-08 17:23:10→やっと4ブラッチャのヘラクレス大理石像を制作したところだった。そのヘラクレスが完成するやしないやのうちにピエロはミケを呼び戻し、命じることといえば「雪だるま作って」なのだから、ミケとしてはイラッと来たのかもしれない。
2014-02-08 17:24:12いずれにせよミケ制作の雪像はおおいに評判よく、これがきっかけとなってミケはふたたびメディチ家の御用達芸術家となった。コンディヴィによれば、ピエロはミケと同時期にスペイン人の馬手も手に入れたとか。この馬手はイケメンなうえに軍馬より速く走れるというので、ピエロのお気に入りだった。
2014-02-08 17:28:20つまり、コンディヴィがここで強調したのは、ミケランジェロがピエロのお気に入りのひとりとなったのは、ピエロがミケの才能を認めたというよりは、「俺が集めた最強の人びと」コレクションのひとつとなったにすぎないというとこなんだな。
2014-02-08 17:30:38ロレンツォがサン・マルコの庭園で古代の大理石像を蒐集したり高い技能をもつ彫刻家を養成したりしてたいっぽうで、ピエロがつくらせるのはいずれ消えてなくなる雪の像なのだから、思わせぶりな対比がされていると思う。古代より現代まで受け継がれる像と、すぐに融けていく儚い像の対比。
2014-02-08 17:33:03この対比が意図的であろうということはそのすぐあとに続く逸話にもあらわれていて、それによると、ピエロの宮廷にいた吟遊詩人カルディエーレが不思議な夢を見たという。なんでも故ロレンツォが現れて、ピエロはまもなく追放の憂き目に遭う、すぐに逃げるように…と告げたのだとか。
2014-02-08 17:37:41この夢について報告を受けたピエロは「からかうなw」と一蹴したが、カルディエーレの友人であったミケランジェロはこの話を聞いてボローニャに逃亡。その後すぐにピエロは失脚し追放された…とこう話にオチがつくわけです。
2014-02-08 17:39:58これに対し1568年に出版されたヴァザーリの『列伝』(第二版)では、やはりミケランジェロがピエロのために雪像を制作したという話は出てくるものの、ピエロの描かれ方がだいぶちがう。ミケはロレンツォの死後もピエロと友好関係を続け、ロレンツォの死をものともせずさっさとヘラクレス像を完成。
2014-02-08 17:43:44ミケはピエロが蒐集したアンティークのカメオや宝石について快くアドバイス、雪像制作の依頼にも喜んで応じ、ピエロは完成した雪像のすばらしさにミケの才能をあらためて認め、ミケ父も息子の技倆に感服せざるを得なかったとかとか…。もうヴァザーリ節オンパレードですよ。
2014-02-08 17:46:31ミケ+コンディヴィの語り方とヴァザーリの語り方を比べてみると、個人的にはミケはやはり詩人だというか、キャラクターの位置づけとかモチーフの使い方が上手だなぁと思う。事実はどうであれ(それはもう現代の我々には分からないし)、物語の構築が秀逸だわぁ。
2014-02-08 17:49:51雪でいろいろつくって遊ぶのはルネサンス期のフィレンツェにとってもめずらしいことではなく、同時代人の日記などを見ると、フィレンツェの若い男の子らは、雪になるたび通りやロッジャのあちこちに雪だるま…じゃなくて雪ライオンをつくったのだとか。
2014-02-08 17:58:43雪でいろいろつくったのは若者らだけではなく、彫刻家たちもこぞって雪で裸体像など制作したという。1409年の日記には、大雪になった際、サン・ミケーレ・ベルテルディ広場に高さ180cmほどのヘラクレス雪像が現れたとの記述がある。明らかにプロの犯行。
2014-02-08 18:04:17雪で制作する彫刻家の話をもういっちょ挙げると、ヴァザーリ『列伝』(第二版)の「バッチョ・バンディネッリ伝」には、若いバンディネッリが友人の画家ジローラモ・デル・ブーダから挑戦を受け、雪で巨大なマルフォリオ像を制作したエピソードが収録されている。
2014-02-08 18:07:58「画家に挑戦を受けて制作する彫刻家」という構図から、この時代には頻出するテーマ、絵画と彫刻のパラゴーネがちらちら透けて見える逸話でつね。
2014-02-08 18:10:23ヴァザーリのことだから、こんな若いバンディネッリがこんなデカい像をなんなくつくりあげたことに皆感服し、バンディネッリ父も金細工を専門とする自身の工房ではなく、彫刻家ルスティチの工房に息子を入れることを許可した…というオチがもちろんついてきますとも。
2014-02-08 18:14:26ちなみにマルフォリオは川の神。たいてい寝そべった姿であらわされる。ローマのカピトリーノ美術館に収蔵されているマルフォリオ巨像を思い浮かべるひともいらっしゃるかと。この逸話が巧いのは、雪像はいずれ融けて水になるというところだよね。これほど川の神にふさわしいマテリアルもない。
2014-02-08 18:15:45ミケランジェロの雪像の話については、19世紀になってからエリザベス・ブラウニングが詩を残している。消え行く雪像に、いまや黄金時代を過ぎ斜陽にさしかかったメディチ家の栄華を、そしてブラウニング自身の生きる先の不透明な国の運命を重ねあわせる。1848年革命前夜であった。
2014-02-08 18:28:10