ニチョーム・ウォー……ビギニング #4
ノタゴ、テガタ、かつての自治会長キリシマを初めとする無頼の者たち……あるいは、オールドオイラン、スモトリ、トランス者……紫煙と音楽の中、ニチョームを背負う無頼の者たちは、実にリラックスしていた。今はそこに二人のニンジャ……ザクロ=ネザークイーンとヤモトも加わったのだ。 1
2014-05-08 22:32:20「デッドフェニックスとはな」テガタは唸るように言った。「どうもコソコソしてやがると思ったが。あの野郎ときたら、外道ぶりも底なしよ」「放っておきゃあ、遅かれ早かれこういうことも起こる」キリシマは言った。「俺らが呑気し過ぎたのさァ……」 2
2014-05-08 22:41:59「ディクテイターの奴が好き放題しているのも、アタシらが手を上げられない事をわかっているから」ザクロは言った。「そういうこった」キリシマが認めた。「だが、他所のヤクザをニチョームに引き込むとなりゃァ、俺らの話も違ってくる」「……」一座が静まり返り、物騒な目線をかわした。 3
2014-05-08 22:46:05「実際お手柄だぜ。ヤモト=サン」テガタが凄まじい笑みを浮かべた。ヤモトは無言だ。これから始まるのはイクサだ。それはいつ、どのように始まるのか。「悪いニュースばかりッてわけでもない」キリシマはキセルの灰を落とした。「今日の会合は、その件の承認をお前らから得たかったッてえのもある」4
2014-05-08 22:57:25「どうせロクなグッドニュースじゃねえんだろう」ノタゴが苦笑した。キリシマは頷き、ザクロを一瞥した。「物騒な連中の引越し相談でよ。お前らの承認が得られ次第、具体的な調整に入る段取りさ」「アタシは実際迷っていた」ザクロは言った。「だけど、今は、一人でも多く力が欲しい」「違いねえ」5
2014-05-08 23:00:46「ディクテイターの野郎、すまし顔で帰って来やがるかな」「アタイだって事、気づかれてるかもしれない」ヤモトはおずおずと言った。キリシマはヤモトの肩を叩いた。「どっちでも構わねえのさ。奴は言えねえ。それを言ったら、認める事になっちまうからだ。こういうのは札の切り合いよ。任せときな」6
2014-05-08 23:10:03美しいサイバネ接合者のオブツダンとセンコウがサケを注いで廻る。キリシマは一同を見渡す。「俺らに打診して来たのは、アマクダリに追われたニンジャどもだ。当然、そいつらを迎え入れれば、アマクダリとの敵対は待ったなし。できるだけ隠しはするがな……総督野郎をブチのめし、自治を取り戻す!」7
2014-05-08 23:19:22「ニンジャか」「ああニンジャだ」「アマクダリとやらかした」「……」一同は再び互いに目を見交わした。ヤモトは膝の上で拳を握った。やがて誰かが言った。「いけるかもしれねえな」「ああ、いける、いける!」「やるならデカく行こうや」皆が酒杯を掲げた。キリシマは和紙を拡げ、ハンコをついた。8
2014-05-08 23:25:30皆、キリシマにならって、和紙にハンコをついていく。他言無用。裏切り無用。ハンコ契約は命よりも重い制約だが、躊躇う者はいなかった。ハンコを持たぬヤモトは、親指を噛み、指紋を赤く押しつけた。「で、そいつらはいつ来る?」「今は俺も知らねえどこかに潜伏中よ。段取りを決めて、呼び込む」9
2014-05-08 23:29:56……だがその「時」が訪れたのは、彼らの想定よりも、ずっと早かった。つまり翌日の未明だった。秘密の酒家会合がはけ、キリシマとザクロが帰還したディクテイターと剃刀めいて剣呑な長時間の応酬を行い、夜が訪れ……そして朝日を待つ時間、街中に鳴り響いたアラームが、彼らを目覚めさせたのだ。10
2014-05-08 23:39:55これは、押しかけた「彼ら」自身にも相当に不本意な事だった。潜伏地が予想以上の迅速さをもってアマクダリに襲撃され、狩り出された格好だ。彼らに与えられた選択と調整の時間はあまりにも僅かだった。だが既にニチョームの腹は決まっていた。ディクテイターの召集に応えた者達はすまし顔だった。11
2014-05-08 23:44:55「何よ、こんな朝もはよから呼び出して」ザクロは欠伸をしながらディクテイターを睨んだ。クローンヤクザ数名を従え、ディクテイターは尊大に胸を反らせた。「緊急の出動要請である!アマクダリ・セクトとして貴様らの忠誠を見せる時が来たぞ、役立たずども!」彼は腕の「天下」腕章を強調した。12
2014-05-08 23:49:52「たった今アマクダリ・アクシスから通達があった。サークル・シマナガシを名乗るクソカスの愚連隊どもが、下水路を追い立てられ、ニチョームに向かって来ておるとの事!よって警戒を重点!ニンジャだがどうせ大したことはない。アクシスの精鋭によってズタボロの満身創痍よ。働けよ?貴様ら!」13
2014-05-08 23:54:30ディクテイターは手元で鞭をピシリピシリと弄んだ。「で?そのへん歩き回ればいい?」ザクロが尋ねた。「バカすぎる!」ディクテイターは大仰に呆れてみせた。「何をバカな……役立たずすぎる!そのへん歩き回るだ?ナメるなよ?戦略だ、こういうのは。奴らは地下から来る!そこでマンホール!」14
2014-05-09 00:00:15彼は道路脇に立つニチョーム地図に指を走らせた。「ここだ、このマンホールだ。わかるか?奴らはもはや他の区域へ出られぬ状況にある。よって、このマンホールをあらかじめ包囲してだな……」「交替で張り込むってわけ?」「今日は重点警戒だ。お前ら全員でしっかり見張れ。待機しろ」「ウェー」 15
2014-05-09 00:05:36「……遠くがうるせえな」キリシマが言った。何らかの作業音である。ディクテイターは鼻を鳴らした。「ああ、言い忘れておったが、愚連隊の侵入に対処すべく、本日よりニチョームは検問体制を敷く。許可無き地域移動は禁止だ。貴様ら全員がな。防護隔壁があったおかげで、封鎖もスムーズだ!」 16
2014-05-09 00:10:05「なんだそりゃあ。住人に一言あってしかるべきだろうが。昨日もそんなふざけた話は出なかった」「バカ!」ディクテイターはキリシマを侮辱的に指さした。「つい先頃のニュースに従い、急遽決定された事項である!電撃的作戦だ、これは!何も俺の言った事が理解できないバカを発見だ!」 17
2014-05-09 00:13:17招集市民を従えたディクテイターは地図上のポイントへ移動、包囲体勢を整えた。「アー、言っておくが、俺はお前らの事を全く信頼しておらん。お前らは臭ェーからだ。クローンヤクザをここに監視役として立てる。24時間、包囲体勢を維持せよ!」「メシもここで食えと?」「テメェーで考えろ!」 18
2014-05-09 00:17:30ザクロとキリシマは互いを見て肩をすくめた。「じゃあ、俺は司令室に戻る!後はよしなに、」「待って」ヤモトがマンホールを指さした。ディクテイターは振り返った。「あン?」……十字路の中央にあるマンホールが、ガタガタと音を立てた。「んフッ!」ディクテイターは笑いをこらえた。「的中!」19
2014-05-09 00:21:57包囲者達が息を潜めて見守る中、マンホールが内側からずらされた。中から手がズイと突き出し、アスファルトに触れた。「撃ち方!」ディクテイターが装飾ピストルを抜き、命じた。クローンヤクザ達が一斉にアサルトライフルを構えた。……髪の長い男が地上に這い出した。 20
2014-05-09 00:25:46男は身体の埃を払う仕草をし、伸びをした。「……アー……朝の空気……実際新鮮な……」そこでようやく包囲者達に気づいたか、周囲を見渡し、そのままホールドアップした。「イヒヒヒ、悪いね」「あいにくゲームセットだ。さァて。何匹這い出してくる。貴様らゴミクズ共」ディクテイターが凄んだ。21
2014-05-09 00:28:46「ちょっと待ってね」男は鷹揚に答えた。「何人だったかな……今出てくるから……」BLAM!返答代わりの威嚇射撃である。男の頬に赤い痕が刻まれた。「調子ィーに、乗ってやがるゴミ虫は何匹かなァー?」「……」男は虚ろな笑顔を崩さず、包囲者達の顔を見ていく。ザクロは無言だ。 22
2014-05-09 00:31:43実際、これを見守るニチョームの者達に余裕はなかった。検問体制の構築は寝耳に水。そして、誰もが得体の知れぬ脅威の予感を肌で感じ取っていた。マンホールの蓋が動いた時、まるでそれは地獄の釜の蓋がずらされたように思えたのである。「つまりだ、つまり」ディクテイターが続けた。 23
2014-05-09 00:34:19「つまりつまりつまり、この俺、ディクテイター様の指揮下、我が町ニチョームのボンクラどもが、秩序を乱しに現れた劣等ゴミクズ野郎どもを袋叩きにしてしんぜ……」「イヤーッ!」マンホールの蓋が弾かれ、垂直に何かが飛び出し、宙から包囲者達を睨みおろした。敵意と攻撃性に溢れる金色の目で。24
2014-05-09 00:37:00