血液採集者

霧の荒野で見世物を見ていた観光客のフィルとレッド。彼らは奇妙な生き物と、それを生活の糧にする職人たちを観光します。ツイッター小説アカウント@decay_world で公開したファンタジー短編です
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減衰世界 @decay_world

 灰土地域には様々な変わった職業があり、それを見世物にしてさらに金を稼ぐ職業もまた存在した。観光客のフィルとレッドはそうした見世物の宣伝を聞きつけ、はるばる遠方から灰土地域の辺境へと足を伸ばした。辺境といっても、火山灰の厚い石ころだらけの荒野という風景は変わらない。 1

2014-05-16 17:12:15
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 その日は霧の薄く立ち込める肌寒い日だった。フィルとレッドの二人は灰土地域の北、帝都の東の地にある何もない荒野にいた。この辺りは日照時間も少なく作物がほとんど育たない。そのため、苔や羊歯が生えている荒野があるだけで街も村もほとんど無い寂れた場所だった。 2

2014-05-16 17:17:32
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「なぁフィル、帝都からちょっと離れただけでここまで寂れてしまうものなんだな。ここからモスルートまで何もないのかい?」 「もう少し東に行けば南からの交易路とぶつかって賑やかになるって聞いたけど……」 二人は荒野のど真ん中にしつらえられた観客席で話をしていた。 3

2014-05-16 17:22:51
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 観客席は何もない荒野にぽつんと設置されていた。鉄と木でできた頑丈なものだが、露や風に晒されてかなり古びていた。鉄には赤く斑に錆が浮かび、体重をかけるとギスギス音がする。観客席は5段ほどになっており、それは集合写真を撮るときの台によく似ていた。観客はまばらだ。 4

2014-05-16 17:28:23
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「さぁ、そろそろ枯木獣を追い立ててここまで連れてきますよ、体高20メートルはある巨大な生き物です。そろそろ見えてくるはずです。そろそろ……先遣隊の連絡では順調にこちらへ向かっているそうです! そろそろですのでお待ちくださいませ!」 小太りの司会者が場を持たそうとしている。 5

2014-05-16 17:36:23
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「そろそろってもう30分もたってるじゃないか……」 フィルは暇そうにしている。いつも読んでいるガイドブックがあれば暇つぶしになったのに……彼は少し残念に思った。そのとき観客の一人が望遠鏡を構えながら立ち上がった。「枯木獣だ! 霧の向こうにいるぞ! 目が光っている!」 6

2014-05-16 17:42:37
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 フィルとレッドは目を凝らして霧の向こうを見る。すると、ボンヤリと巨大な影が現れた。それはあっという間に霧を割って姿を現す。足音はほとんどしない。何故だかすぐに分かった。蹄が宙に浮いているのだ。牛のような生き物だ。水牛のような立派な角が生えている。肌は白く、脚は奇妙に細い。 7

2014-05-16 17:47:52
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 近づくにつれ、枯木獣はゆっくりと走るスピードを落としてきたようだ。ボーンボーンと鍋を叩くような足音が止まった。ゴォゴォという激しい息の音が遠く聞こえる。顔は牛骨のように痩せていた。身体の表面はまるで枯れた白樺のようにひび割れて、白くかすんでいる。巨大な生き物だ。 8

2014-05-16 17:52:52
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 枯木獣は灰土地域に20匹程度しかいない。いつからいるのか分からないが、一説では濁積世と呼ばれる地質年……つまりは、人類の時代が始まったころ生まれたと言われている。子を生んだ記録も無ければ、死んで骸を晒した記録も無い。まるで山か何かのようにそこにあって、ありつづけてきた。 9

2014-05-16 17:58:21
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「さ、いまから始まりますよ、血液採集者たちの技をご覧ください! 彼らはロープをバリスタで打ち込んで、枯木獣の肌に接近します。そこで肌に穴を開けて、血液を採取するのです。バリスタの除幕です!」 司会者の合図で、荒野に置いてあったバリスタからシートが外される。 10

2014-05-16 18:03:16
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 バリスタは巨大な機械で、クロスボウを大きくしたような姿をしており、車輪で動かせるようになっている。けん引する蒸気自動車のボイラーに火が入り、動き出した。すでに枯木獣は目前まで迫っている。枯木獣の目の前に小さなグライダーが見えた。あれで誘導しているのだろうか。 11

2014-05-16 18:07:40
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 そこからの流れは速かった。「射出!」 蒸気自動車から身を乗り出す血液採集者が合図をすると、バリスタから大きな矢が放たれた。矢にはロープが繋がれており、地上と枯木獣とを繋ぐ。矢は枯木獣の胴体に命中したようだ。確実に刺さっているようだが、痛がる様子はない。 12

2014-05-16 18:14:42
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 すぐさま血液採集者はロープに機械をセットして、自分の腰とを命綱で繋ぐ。あっという間に血液採集者は機械の力でロープを上っていった。古代は機械など無く、人力で上っていたと言うのだから凄い話である。血液採集者の背中には大きな機械が背負われていた。服は革のような丈夫なものだ。 13

2014-05-16 18:25:39
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 あっという間に枯木獣の肌へ辿りついた血液採集者。彼はすぐさま背中の機械を肌にセットしたようだ。すると、大きなシリンダーが持ち上がり、あっという間に深紅の鮮血で満たされる。枯木獣は悲鳴一つ上げない。痛みを感じていないのだろうか、目の前のグライダーを視線で追いかけている。 14

2014-05-16 18:30:35
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 そして血液採集者は血液を入手できたようだ。肌に突き刺した機械を取り外すと、ロープを伝ってスルスルと降りてきた。後はロープが切られた。バリスタの矢を突き刺したまま、枯木獣はゆっくりとこの場を立ち去っていった。司会者が言うには、バリスタの矢は体液で腐食してしまうらしい。 15

2014-05-16 18:35:47
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「フィル……なんか小さいし、あっという間だったし、よく分からない見世物だったね……」 「いや、レッド、本番はここからだぞ」 司会者は帰ってきた血液採集者と握手をし、スーツケースを開く。そこにはたくさんの薬瓶やアンプルが並んでいた。どれも赤い薬品が詰まっている。 16

2014-05-16 18:47:44
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「さぁ、お待ちかね! 物販コーナーです! 枯木獣の血液、採りたて生からお求めやすい加工品まで、種類はさまざま! 効能は滋養強壮、難病治療さまざま! 是非!ぜひ!」 司会者が商品の説明を開始する。「なるほどね……これを買わせたかったのか」 「商売ってやつさ」 17

2014-05-16 18:54:55
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「いちばん安いやつでも買っておくか」 「見るだけだと損な気がするのは何故だろう……」 灰土地域では、今日も商売人がたくましく生きている。 18

2014-05-16 18:59:28
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――血液採集者 (了)

2014-05-16 19:00:54